第81話 ジレンマ ―正体―
空気が裂けるような轟音と共に、広範囲の風属性魔法が渦を巻いて二人に襲いかかってくる。
轟く風、唸る魔力――
木々がしなるほどの暴風が、真っ直ぐに二人を飲み込もうとしていた。しかも――角度的に、エアリアには見えていない。
(マズい――!)
「エアリア危ない!!」
「え?」
俺は反射的に彼女を押し倒し、魔法の攻撃範囲から外れた。
「大丈夫か!?」
「っ! 一体なんなのよ!」
気づくと俺達の周囲には風の刃の渦が巻きあがっている――。
その風の刃が俺達を切り裂こうと接近してくる。
俺は反射的に白の力を使う。
発動した俺の力は夜の闇を一瞬、明るく照らした。
――その広範囲に及ぶ魔法は、まるで幻のようにかき消えた。
一切の音も残さず、ただ霧が晴れるように魔力が消失していく。
「……あ、危なかった!」
俺の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
彼は本能的に、力を――白の力を解放していた。
今までも幾度となく発動したこの力。
あらゆる魔法を無効化する異質な力が、ここでもまた俺を守った。
「今のは……?」
エアリアが呆然とつぶやく。
「大丈夫だったか!」
俺はかばっていた彼女に声をかけながら視線を落とした――しかし、そこで目にしたのは、あの華やかな歌姫とはまるで別人の姿だった。
――黒髪、そして黒目。――日本人だったら見慣れたその姿のはずが、もはや違和感を覚えさせた。派手なステージ衣装ではなく、この世界の日常の装い。
やはり彼女は紛れもない日本人だった。
「……そうか。今の俺の白の力の影響で、エアリアとして見せていた視覚魔法が消えて……」
彼女が纏っていた歌姫“エアリア”の姿は、魔法による演出だった。
今そこにいるのは、ただの一人の日本人の少女だった。
それに彼女も気づいた。
「……あれ?どうして!? エアリアの姿が……」
困惑した声で自らの姿に焦る。
「落ち着け!」
俺は彼女の肩に手を添えて言った。
「それより――どこから撃たれた!?」
俺は空を警戒するように辺りを見渡す。
消えた魔法の余韻と、いまだ見えぬ敵の気配が、静寂を異様に重くしていた。
暗闇の向こう――
そこから、ゆっくりと、まるで“音”すらも拒絶するように現れた。
黒いコートのような羽織。その裾が風に揺れ、闇と溶け合うようにたなびく。
「まさかハク達の……?」
俺の背筋に、ぞわりと寒気が走った。
記憶の底に焼きついた――あの男たちの姿。
反射的に足が一歩、後退る。
その光景に隣の少女も戸惑っていた。
「なに……あいつ?」
男は黙ったまま、ただ一歩、また一歩と近づいてくる。
俺は一つの考えにいきついた。
「……違う」
俺がつぶやく。
「あれは彼らの仲間じゃない。そもそも魔法を使ってた。……風属性の」
少し肩の力を抜いて、仮面の男から視線を外す。
「……ええっと、エアリア?」
隣にいた少女が、俺を睨むように振り返る。
「翠川 碧よ! でも、すぐに“エアリア”の姿に戻るから!」
そう言うと、彼女、碧は早々と詠唱を始めた。
しかし――彼女の詠唱に対して魔力は反応しない。
「……っ! なんで反応しないのっ!」
「ごめん。もしかしたら俺の“白の力”の影響かもしれない。調整して使う余裕がなかったから。君は少しだけ魔法が使えないかも」
「はぁっ!? 何なのよそれ! 聞いてないんだけど!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないって!」
言い合いになる俺達――だが。
不意に空気が凍った。
「……見たぞぉ……」
闇の中から、その男の粘つくような声が響いた。
「エアリア・リュシエール。……お前のその姿、正体を……はっきりと、見たぞ……!」
彼の目がギラつく。
「これでお前の“人気”も、“地位”も……全部、終わりだな……」
その声は夜の中に不気味に響いた。
「くっ……見られた……」
翠川 碧の顔が、蒼白に染まっていく。
「ここまで……ここまで隠してきたのに……」
俺はその表情を見て、胸を締めつけられるような痛みを感じた。
「……ごめん。おれの力のせいで……」
彼女は何も返さない。ただ俯いて唇を噛みしめる。
その静寂を嘲るような声が破った。
「それに隣のお前……。ふっ、まさかのお土産付きとはな」
男は肩を震わせて笑う。
「まさかハクが言っていた、“魔法を消す黒髪の人間”がここに現れるとは……こいつは想定外に大収穫だ!
それに、まさか本当にここまでハクと瓜二つとは」
その言葉に、俺の血の気が引いた。
(……しまったコイツ。あいつらと繋がって……!)
「お前……お前は、ハク達の仲間なのか!」
「まぁ、俺と奴らは単に金での協力関係にあるだけだ。お前が魔法を消すことができることも、事前に情報は入っていたのさ」
俺は喉が焼けるような緊張を感じていた。
(どうする……? この男は俺が魔法を消すことを試したのか。この男はハク達が金で雇っている情報屋の類と考えるのが妥当だろう)
(……この男は俺達を殺すのが目的の男じゃあない。だったらこちらも何もできない……)
視界の隅で俯く碧の姿が映る。彼女は俺に言った。
「殺して……!」
その言葉は、何よりも鋭く、俺の耳を切り裂いた。
「……な!?」
彼女の顔を見ると――翠川碧は涙ぐんでいた。だがその瞳には、強い決意があった。
「早く……早くアイツを……! でないと……っ!」
男が嘲るように手を広げる。
「いいぜぇ? やってみな、小僧……! その背中の、大した剣でな――俺を! 殺してみろよ! こんな市街地の真ん中で! 殺人を! やれるもんならな!」
足が震える。
(……そんなことできるわけない。もちろんするつもりもない。でも碧は自分の正体を知られた動揺が大きいのだろう)
「……ごめん碧。俺にはできない……」
沈黙が降りる。
その言葉に、碧が叫ぶ。
「……なんでよっ……! 事情は知らないけど、君だって困るんでしょう!?」
俺はその声に、目を逸らしながら答えた。
「……ごめん。そうだけど、それでも俺には……無理だ……」
「……けっ、しらけちまったぜ」
情報屋の男が嘲るように笑う。
「黒瀬凪とか言ったか。お前ならわかるだろうが。どうせ俺も、お前らを殺せねぇんだよ。俺はあくまでも金で雇われる情報屋。――奴らにはくれぐれも、お前たちを生かしておけと言われてるからな」
その言葉に、俺の中で予感が確信へと変わる。
(……やっぱり。コイツに“俺たちを殺す理由”はない)
男はゆっくりと背を向けながら続けた。
「俺としては、お前らの居場所を“教えるだけ”で充分だしな」
そして、夜の風の中にその影が消えていった。
「……ふぅ、とりあえず引いてくれた……な」
男の気配が完全に消えたのを確認し、俺はようやく力を抜いた。
しかし――
「なんでアイツを殺さなかったの!? 帽子を深く被るくらい警戒してたんでしょ!?」
俺は顔をしかめながらも、静かに答える。
「……確かに困る。でも――俺が戦うのは、何かを“守る”ときだけなんだ」
沈黙。
やがて碧は、かすかに震えながら言葉を吐き出した。
「……私が魔法が使えていれば……」
俺の表情は変わった。
「その先は言うな! もし、君がそんなことをしてたら――俺が止めてた!」
碧は目を見開いたが、すぐにその目を逸らし、唇を噛みしめる。
「……何よ。何も知らないくせに……っ!」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「おい、まだ話は――」
「来ないで!!」
その声を最後に、碧は夜の闇に走り去っていった。
俺はただ、その小さな背中が遠ざかっていくのを見つめるしかなかった。
「……前途多難。だなあ」
☆今回の一言メモ☆
現代を生きる人は大なり小なり変身願望があると思います。自分のなりたい理想像があるはずです。それを叶えてくれる魔法という夢の力には依存してしまいそうですね。とある理由から日本人には魔法を使う才能が高いレベルで備わっています。地球には魔力という概念がないので、魔法は使えません。




