第47話 水上都市の王女様
俺の言葉を受けた彼女は言った。
「……変わってますね、ナギさんって」
「よく言われるよ。変わってるって言えばミーナのその"とがった耳"も珍しいね」
「私はエルフですからね!」
エルフ。地球でも聞いたことがある。確か北欧神話かなんかの……まぁあれとは違うと思うけど。
これは本にはあまり詳しく文献がなかった。
「エルフって?」
「エルフはこの世界に生きる多くの種族のうちの一つです。例えばエルフの他に人間、ドワーフ、魔物、精霊、妖精、獣人、最近でいえばモンスターもその括りになりますね。」
「イグナスではあまり出会わなかったな」
俺の疑問にミーナは答えてくれた。
「人間の絶対量があまりにも多くて目立たないのと、エルフの中にも派閥があって人と交流しない人たちもいますので。
「その耳以外は普通の人間の女の子って感じだけどなぁ」
「侮るなかれ! エルフの特徴は人の倍くらいの長寿命と、人を超えるすごい魔法を扱えることなんです! えへん!」
「そうなんだ!」
(なるほど、変わり者も多いんだろうな。そして、ミーナの実年齢を聞くのはやめておこう)
そのとき、ミーナのおなかの虫が鳴った。
「……えへへ。魔法を使うといつもこうで。お腹すきませんか? 家でおにぎり作ってきたんです。よかったら一緒に食べながら、ナギさんのお話聞きますよ」
そう言って彼女が取り出したのは、手編みの布で包まれた、小さな包みだった。
「この世界でも、おにぎりは“おにぎり”なんだな……」
彼女から包みを受け取る。
「いただきます」
俺は白いつぶが輝くそれを頬張った。
「どうですか?」
「……うまっ!」
どの世界でも共通の懐かしい味だった。
「よかったです!」
そう言いながら、ミーナもひとつ口に運ぶ。
おにぎりを食べ終えたころ、俺がこの世界にやってきてからのおおまかな出来事をミーナに語り始めた。
イグナスでの出来事。異世界に来たばかりの自分。出会った仲間たちと、数々の戦い。ミーナはひと言も遮らなかった。
目を見開き、ときに悲しみながら、一語一句を逃すまいとするように、俺の話に食い入るように耳を傾けてくれていた。話し終えたころには、日差しが少しだけ傾いていた。
「――というわけで。気づいたら……あの荷台の上だったんだ」
「……なんだか壮大なお話ですね……。なんて言ったらいいのか、わかりません」
「はは……。だよね。これからどうしようかな……」
「イグナスへ帰るんだったら、この国からだと船を使っていくか、距離はありますが列車を使っていくかの二択かなと思います」
「見ての通り、お金も剣も失くしちゃったからね。これは困ったな……」
「あちゃー」
「もし仮にイグナスへ帰れたとしても、いつどこでハクやハクの仲間たちに襲われるかもしれない。もしそうなったら結局みんなに迷惑をかけることになる」
あらためて俺は、今の自分の状況の前途多難さを痛感した。
「じゃあ私と来ませんか?」
「え?」
「しばらく私のお家で居候しながらそれから、次の手を考えるっていうのはどうですか?」
思ってもいなかった――いや、どこかで“望んでいた”提案だった。
「それに私のお姉ちゃんなら、ナギさんが今困っていることにアドバイスをしてくれると思います」
とにかく今は彼女の好意に甘えるしかないと判断した。
* * *
そのあと、俺たちはミーナの"秘密の場所"から元の道へ戻ってきた。
俺は珍獣の後ろの荷台をのぞき込む。よかった。まだ、静音、いやレイは気持ちよさそうに眠っている。
「この子、ナギさんにとって戦ってきた敵さんなんですよね」
「うん。目が覚めたら戦いになるかもしれないし、この子が"転移術"で逃げるかもしれない。とはいえ道に捨てていくわけにもいかないし、一緒に連れて行ってもいいかな?」
「ナギさんは優しい人なんですね。わかりました!」
再び荷台はゆっくりと進み始めた。
やがて、木々の合間を抜けた先――視界が一気に開け、目の前に現れたのはイグナスとはまるで雰囲気の異なる“街”だった。
青と白を基調とした建物群。丸みを帯びた屋根。何よりも目を引いたのはいたるところに流れる水路。建物の間には水路が流れ、カモのような小さな水鳥が楽しげに泳いでいる。空中には、水の魔法で浮かべられたと思われる“水球ランタン”が漂い、光が反射して幻想的な風景を作り出していた。
「……すごい」
俺が呆気に取られているとミーナが解説してくれた。
「ようこそ、水の都へ――ここが水上都市セルナの中央都市『ナイラン』です」
イグナスでは失ったものも多かった。でも――ここで、きっと何かを得られる気がする。そして必ず現状の問題の解決の糸口を掴んでみせる。
俺達は水の音が聞こえる静かな街をしばらく進んだ。
「ここが私の家です」
そう言ってミーナが示した先に、言葉を失った。
「……は?」
目をこすって見直しても、視界は変わらない。
セルナの優雅な街並みの中でも、ひときわ目立つ広大な敷地。白と青を基調とした尖塔がいくつもそびえ、窓枠には宝石のような装飾が施されている。まるで――そう、小さい女の子が夢に描くお城がファンタジー世界の現実に落ちてきたかのようだった。
俺はあんぐりと口を開けたまま、ミーナに問いかける。
「ミーナって、もしかして……いいところのお嬢さん……とか?」
ミーナは悪戯を仕掛けた子どものように、指先をくるくると髪に巻きながら首をかしげた。
「うーん。あながち……外れてもない、かもです」
「マジかよ……」
やがて城の裏手――石畳の馬車置き場に到着すると、中から姿勢の良い初老の男性が駆け寄ってきた。
燕尾服、手には白手袋。いかにも“ザ・執事”といった風貌のその男は、顔を青くしながら叫んだ。
「見つけましたぞお嬢様っ!! あれほど、無断での外出はお控えになるようにと――っ!!」
ミーナはくるりと振り返り、にこりと微笑んで返す。
「えへへ……つい!」
「つい、ではございませんっ!! まったく、王女であらせられるというのに……!」
「……え? “王女”?って言った今……?」
(やっぱりとんでもない人と一緒にいるんじゃ――)
俺の脳裏にふと浮かんだのは、かつての――いや、ほんの少し前まで傍にいた、赤い髪の最強剣士の姿だった。
「リシアとは……また別の意味で、だけど」
執事の男が、ふと俺の方へ視線を向けた。
「おや……こちらの客人は?」
どうやって説明するか考えてなかった! それを察したのかミーナが言った。
「えーっと、いつもみたいに薬草を取りに行ったら二人とも道で倒れてたの!」
ストレートな説明だった。
「だから私の魔法で治療したの。ねぇトーマス、少しだけうちで一緒に住んでもらっていいでしょう?」
「はぁ……お嬢様。いつぞやお嬢様がアクア・スライムやケルベロスを拾ってきた時も、私は旦那様にお叱りを受けたのを覚えてはおらぬのですか? ちゃんと世話もできないではありませんか」
何を拾ってきてんだミーナ! ていうかトーマスさんも論点そこじゃないだろ! 俺はペット扱いか!
「お願いトーマス! 困っている市人は見過ごさないのがサフィール家の家訓でしょう!」
トーマスはミーナに何を言っても無駄だと観念したかのように
「……そうですね。かしこまりました。お嬢様の客人として部屋は用意させます。」
「急にこんなことになってすみません。僕は黒瀬凪といいます。」
「これはこれは、失礼をいたしました。私、執事を務めております、トーマス・セリオンと申します。以後、お見知り置きを」
丁寧な一礼とともに、彼は王族に使える身として申し分のない所作をとった。
「トーマス。お部屋に案内してあげて」
「かしこまりました。では、黒瀬様。お部屋へご案内いたします」
俺は眠っているレイをおんぶすると、トーマスの丁寧な声に促された。
ミーナは俺に言った。
「私はこの薬草を納屋に置いてきます。先にくつろいでいてください」
トーマスに城の中へ通され、廊下を歩いていくと、一室へと通された。
「どうぞ、黒瀬様」
俺は部屋に通された部屋の内観の豪華さに再び驚きを隠せなかった。
☆今回の一言メモ☆
トーマスのような執事キャラは僕は昔から大好きです。懐が広くて、若くて落ち着きのない画面を締めてくれます。




