第38話 ヤバいからお前の力も貸してくれ!
一瞬、宙に浮いたような感覚に包まれる。だがすぐに視界が開けた。
見わたすかぎり灰色の石づくりの空間。天井の高い回廊の柱の間から、夜空がみえている。
どうやらここは、どこかの城の中——それもかなり高地にある古びた要塞のような場所だった。
周囲には、先ほどまで共にいたメンバーの姿。どうやら、レイの転移術にまとめて巻き込まれたようだ。
転移後にレイがふらつき、床にひざをつく。
ハクがすぐに駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「レイ、大丈夫か?」
「うん……ちょっと、疲れただけ……」
ハクは彼女の身を案じて言った。
「連続の転移で、しかもこの人数だ。これ以上は無理をするな」
「うん。ありがとう、兄さん……」
レイは力尽きたようにその場で倒れこむ。
そのやりとりを目の端で捉えながら、俺は背筋を走る恐怖を感じていた。
——やばい。
ハクたちの背後、そこには数十体のモンスターが列をなして控えていた。
ここは完全に敵の本拠地。地の利も、戦力差も、圧倒的にあちらにある。戦う? いや無謀だ。絶対に勝てない。
「リシア逃げるぞ!」
俺が即座にそう告げると、リシアも素早くうなずいた。
「えぇ!」
その時——藤原が静かにつぶやいた。
「ハク」
その一言で、ハクは魔法が使えない藤原の意図を読み取り、黒き剣を抜く。
そして、俺たちの逃走経路を断つように黒の衝撃波を放ってきた。
「食らうがいい!」
「くっ!」
俺も振り向き剣を抜く。そして白の力を宿し同じく波動を放った。
だが——“あれ”がある。藤原の持つ封龍玉の存在が脳裏をよぎる。
……全力は出せない。その迷いが結果に出た。白の波動は黒に押し負け、俺とリシアは吹き飛ばされて床を転がった。
「ぐっ……リシア、大丈夫か!?」
「えぇ、問題ないわ……!」
ハクが静かに歩を進めてくる。
(……考えろ。考えろ俺。どうする!?)
「チェックメイト、かな。黒瀬くん」
藤原がまるで勝利を確信したかのように言った。
ハクが剣を振り上げる。
「少し眠るがいい。偽物!」
その刹那——
「「凪っ!!」
リシアの叫びが、空気を裂いた。
同時に——
『私の力を貸します。どうか、切り抜けて』
声が、聴こえた。次の瞬間、俺の中から溢れ出たのは——白ではない。黄金に輝く、まばゆい光だった。
その波動はハクの身体を軽々と吹き飛ばし、彼の仮面を粉砕した。
「っ……これは!! う……っ」
ハクが転がった瞬間を逃さず、俺は剣にその力を宿す。
ユーリスが目を見開いた。
「……この力は……暖かくて、力強い」
藤原の動揺も隠せない。
「今の感覚。まさか……お前なのか……ルミリア……!」
その時、吹き飛ばされたハクが、呻きながらもモンスターに命令を下す。
「……防御陣形……!」
即座に、赤い瞳を持つモンスターたちが前に出て、俺の前に“壁”を築き始めた。
だが——構わず、俺は剣を振るう。
黄金に輝く一閃が、強靭なモンスターの壁を斬り裂き、すべてを吹き飛ばす。
その衝撃で、藤原とハクまでもが後方に大きく押し流された。
——技を放ったあと、俺の体から、精霊が抜けていく感覚があった。この力は、長くは保てない。
「今だ、リシア!」
「えぇ!」
俺たちは部屋を飛び出し、暗く静まり返った回廊を走りだす。その背後では、藤原の怒りの声が響いていた。
「ルミリア……。精霊となってまで……一体どこまで私の邪魔をする……!」
仮面を砕かれ、乱れた白髪で顔を覆ったままのハクが、再び立ち上がる。藤原はハクに命令を下す。
「ハク。絶対に奴らを逃がすな。すぐに私の前へ連れてくるのだ」
「あぁ。わかっている統魔」
すると——
ユーリスが座り込んでいた無防備なレイを抱きかかえ、凪とリシアが向かった方へ飛び出した。
「ユーリス!? 何のつもりだ……!」
ハクが声を荒げる。
ユーリスは、静かな声で言った。
「今の彼の力を見て確信したよ……。僕はやはり、君ではなく彼に賭ける」
その言葉にハクの目が細くなる。
「……母親がどうなってもいいというのか?」
あくまで冷ややかに突きつける問いに、ユーリスは一瞬だけ視線を落とす。だがすぐに、穏やかな笑みと共に言い返した。
「もう、僕は迷わない。父も——きっと母も。僕が選んだこの道を、応援してくれると信じてる」
その言葉に、ハクの眉がわずかに動いた。
「くっ……レイをどうするつもりだ!」
「危害なんて加えないさ。僕たちが無事に逃げきるまで、預かるだけだよ」
ユーリスはそう言って、静かにレイの身体を抱きかかえ直す。そして——少しだけ口元を吊り上げて彼らしく言った。
「おっと、卑怯だなんて言わないでね。こういうやり方は……君たちから学んだことだから」
その皮肉めいた一言に、ハクがわずかに歯噛みした。
「ぐっ……! 食えぬ男だ」
次の瞬間、ユーリスは火の渦が巻き起こす。
「《火炎暴風》——!」
烈火の竜巻が壁を作る。
ハク「くっ!」
その炎の壁を尻目に、ユーリスはレイを背負ったまま回廊の奥へと駆け出した。
「ここから脱出するには、僕の力が必要だ……! 待っていてくれ!」
* * *
ユーリスが残した火の竜巻がうねりながら吹き荒れる中。ハクは一歩足を踏み出すと——黒き剣を振るう。
火の暴風は切り裂かれ、霧散する。
「すまん統魔。ここまで想定外が続くとはな」
剣を収めながら、静かに吐き出すハクの声に、藤原は肩をすくめるように答えた。
「あぁ、本当にね。だが……ユーリスが彼らの元へ向かったことで、皮肉なことに彼らがこれから向かう場所もわかるね」
視線を回廊の先に向ける藤原。
ハクは深くうなずいた。
「わかっている。……統魔はここで待っていてくれ。あいつらの始末は、この俺がつける」
言い残すと、彼は白きローブと髪を翻し、回廊へと足を踏み出していく。
一人残された藤原は、手に持つ《封龍玉》を見つめていた。
微かに、だが確かに——脈動を感じた。
「……惜しかった。あと一歩で、完全に封印は解けていたのに。ルミリアめ」
玉の中に渦巻く禍々しきエネルギー。その奥から、何かが目覚めようとしている気配がした。
そして藤原は、誰に向けるでもなく、静かにつぶやいた。
「だが、もう封印は解ける。あと少し。魔龍の力さえあれば……時間とともに魔龍は甦るだろう
フフ、フハハハハハ!!」
不気味な笑いが回廊にこだました。
☆今回の一言メモ☆
第0話から凪の心に呼びかけ続けている人物と藤原統魔のいうルミリアという人物は同一人物です。




