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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ワームホールの先星

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ワームホールの先星⑱

「しゅごいしゅごい〜!アタチの勝ちぃ〜!」


紅い靴の女の子がピョンピョンと飛び跳ねる。

ポンポンッという小さな足音が、霧の中で軽やかに、しかしどこか残酷に響く。

赤いエナメルの靴が霧の水滴を弾き、血のような艶やかな光を放ち、スカートのフリルがふわりと舞い、甘い香りと土の匂いが混じり合う。


「ほれ、願いは見事に叶いましたぞ。さてさて、これからそなたに与えられる試練は…」


「そんにゃの、後で聞くわよ!」


女の子がネズミ声を苛立たしげに遮った。

声に棘のような苛立ちが滲み、霧がわずかに震える。


「貴方達、ソイツが二度と現れて来ないようにバラバラにして食べちゃってよ!」


女の子の命令と同時に、まるでその言葉が世界の法則を捻じ曲げたかのように、空気が激しく震えた。


小さな竜巻が突如として霧の中に出現した。

白く濁った霧を巻き込みながら、鋭い螺旋を描いて高速回転を始める。

その中心は暗く、底知れぬ闇を孕んでいる。


一方、足元からは荒々しい波が実体化し、透明でありながら力強い水の奔流が地面を這うように盛り上がり、紫色の花弁を貪欲に飲み込んでいく。


散らばっていた無数の紫色の花弁が、一斉に浮かび上がった。

花弁は最初、優雅に舞うように見えた。

しかし次の瞬間、竜巻の強烈な吸引力に引き寄せられ、激しい渦の中で無残に引き裂かれていく。


ゴオォォオオッ!


柔らかな花弁の縁が裂け、細かな紫の破片が飛び散る。

ねじ曲がり、折れ、潰されながら、まるで生き物がもがいているかのように暴れ狂う。

美しい紫色が、渦の中で次第に濁り、バラバラと崩れる落ちるに薄く広がっていく。


ザッパァアンッ!


荒々しい波がそれに追いつき、花弁を容赦なく叩きつけ、引きずり込み、泡と一緒に飲み込む。


バサバサバサバサ…ッ!


波の音と竜巻の咆哮が重なり、低く重い響きが霧全体を震わせる。


花弁の1枚1枚が、霧の奥深くへと強引に吸い込まれていく様子は、まるで存在そのものを抹消されているようだった。


もう止めてッ!

可哀想!!


堪えられなくなった私は、必死に叫んだ。


——つもりだったけれど、声は出ない。


大輪の花が無惨に扱われる、その様子をただ黙って見る事しか出来なかった。


最後に残った数枚の花弁が、必死に抵抗するように宙を漂ったが、竜巻の先端がそれらを捉え、瞬間的に高速回転させて粉々に引き裂いた。

紫の微かな光の粒子が一瞬だけきらめき、すぐに白い霧の中に溶けて消えていく。


やがて、紫色の痕跡は完全に霧の奥底へと葬り去られ、ただ荒れ狂う風と波の残響だけが、暫くの間、辺りに不気味に漂っていた。


霧が少しずつ薄くなり、空気がわずかに軽くなった。

でも、その軽さは決して安堵ではなく、更なる悪夢の前触れのように感じられた。


すると、紅い靴がこちらに向かってゆっくりと歩み寄って来た。

しゃがみ込み、顔を近づけて覗き込む。


長いピンクの髪を大きな白いウサ耳リボンで結い上げ、小さく丸い耳には大きなピンクの球ピアスを光らせ、ピンクと白のエプロンドレスは柔らかく広がり、胸元には金色の鍵のペンダントをかけた、小さな女の子。

レースのソックスに包まれた細い足には、例の紅いエナメル靴がぴったりと収まっている。


ただ、その顔——大きく丸い紅い目が、3つもあった。

左右の目と、額の中央に1つ。

全てが大きく見開かれ、金色と黒が混じった異様な瞳孔が、こちらを真っ直ぐに射貫く。


その視線は胸の奥深くまで突き刺さり、息を止め、心臓を締め付ける。


紅い瞳は霧の中で異様に輝き、まん丸として幼いのに、まるで獲物を値踏みする獣の目のようだった。

紅い瞳が、霧の中で異様に輝く。


あまりの異様さに息が止まりそう。


「ホラ、アンタも寝惚けてないで食べなちゃいよぉ!」


女の子はこちらに向かって両手を差し出す。


差し出されたのは、両手いっぱいのミミズだった。


ヌラリヌラリと光沢を帯びたピンク色の体が、ゆっくりと蠢き、互いに絡まり合っている。

土と腐植質の生臭い匂いが、湿った霧に混じって鼻腔を強く刺激する。


女の子の細くて小さい指の隙間から、数匹のミミズが溢れてポトリポトリと落ち、地面に落ちたものは身をくねらせながらゆっくりと這い始める。

表面の粘液が霧の光を受けてヌメヌメと光り、気持ち悪いほど生き生きとしている。


女の子の紅い目が、3つとも笑っている。金色の瞳孔が細く収縮し、愉悦に満ちている。


「早く食べなさいよ〜。お腹空いてるんでしょ?」


声は甘く、しかし底冷えのする響きを帯びていた。


逃げ出したくても、体は依然として透明な糸で縛られたように動かない。


代わりに、視界の端から何かが伸び出る。


木の枝みたいな、茶色い蔦みたいな何か。


複数の蔦が重なり合い、震えながらもヒトの両手のような形を無理やり作っている。

表面はザラザラと粗く、所々に苔や細かな棘が生えている。


その不自然な"手"が、女の子からミミズを受け取った。

ヌメヌメした感触が、絡みつく。

ミミズの体温と粘液が、蔦の表面に染み込むように伝わってくる。


視界が、蠢くピンク色の塊でいっぱいになる。


今から、食べるの?


ミミズを?


食べたくない。


怖い。


吐き気が込み上げる。


でも、お腹がぐぅぅ……と、獣のような音を立てて鳴いた。

同時に喉が渇き、口の中がカラカラに乾いている。


女の子の紅い目が、3つとも、ニヤリと笑う。


「ほらぁ、早くぅ。」


蔦の手が震えながらミミズを口元へ運ぶ。

柔らかくヌメヌメした感触が唇に触れ、強引に舌の上へと落とされる。


土の味と、苦く生臭い汁が一気に広がった。

ミミズの体が舌の上でくねり、喉を通り抜ける感触がゾッとするほど生々しい。


喉の奥で蠢く感覚、胃に落ちていく重み。


それでも、止まらない。


蔦の手は次から次へとミミズを掴み、口に押し込んでいく。


食べ続ける。


お腹が満たされていくのに、心は逆に空っぽになっていく。


胸の奥で何かが軋む音がする。


忘却の淵に沈めていた筈の感情が、ゆっくりと浮上してくる。


「…もっと食べたい。」


私の声が、霧の中で小さく、乾いた音を立てて零れ落ちた。


紅い靴がピョンピョンと嬉しそうに跳ねる。

女の子の甲高い笑い声が、霧の奥に長く尾を引いて響き渡る。


視界が、白く、ゆっくりと溶けていく。

胸の奥で、何かが、ポロリと落ちた。

涙か、吐き気か、それとも――忘れた筈の、大切な何か。


霧が、全てを冷たく、容赦なく飲み込んでいった。


白いヴェールの中で、私はただ、蠢く闇と甘い腐臭の中に沈んでいった。


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