9話 不定形、学校へゆく
魔法学校。
入口には大きな金属製の門。
入ると、直ぐ正面に構えられている噴水と、手入れされた花々が目に入る。
奥には大きな木造の建物。学生寮だ。
その建物を通り過ぎると、いよいよ本学校が見えてくる。
同じ敷地内に、大小2つの校舎と、もう1つ建物が存在していた。そのいずれもが木造だ。
運動場の端には木製の骨組みに縄をくくりつけたブランコから、少し複雑な形のジャングルジム。それと連結して、揺れる吊橋の付いたアスレチック。端に滑り台。
そのどれもがモーフの心を踊らせた。
モーフは特定の姿になって間もない。不定形の時には木登りすら出来なかったのだ。
フラフラと誘われるようにアスレチックに向かい、2色のバリエーションある制服を着た学生たちに混ざる。
揺れる足場に高揚し、滑り台の疾走感に酔いしれ、ジャングルジムの、登る楽しさというものを満喫した。
他の学生達の目など全く気にならない程に楽しく遊んでいると、1人の学生に連れられて、スーツを着た大人の男性が1人やって来て怒鳴る。
「おい、あんた! ここは学生の……」
怒鳴っている途中で、男はこれがマドゥだと気づき、怒気を鎮めた。代わりに困惑が浮上する。
「えっと……マドゥさん……何してるんですか……」
「楽しんでました」
髪をかきあげ、笑顔で返す。
だが男は首を小さく振りながら苦笑する。
「すみませんマドゥさん。これ学生の為の施設なので……」
「えっ!? じゃあ私は使っちゃ駄目なの!?」
男から飛び出した思わぬ言葉に、衝撃を受ける。
「いや、駄目って事は無いんですが……マドゥさん部外者でしょう?」
「あ、それなんですけど……」
ジャングルジムの端に腰掛け、ここへ来た目的を話す。
「本当ですか!? いや、だと言うなら尚更ここじゃなく中へ来てくださいよ!」
「言いにくいんですが、私そういうの判らないので……」
人間の事は多少は勉強した。それでも圧倒的に知識がないのだ。
それを記憶喪失という形で誤魔化しているので、周りに対しての融通が利く。
「あ……それは失礼しました。ではご案内しますので、ついて来ていただけますか?」
「お願いします」
ジャングルジムから飛び降りて、男に連れられる。
魔法学校側の校舎から入り、校長室と書かれた札の部屋へ。
男がその扉をノックすると、中から入れとの声が聞こえ、それに従う。
校長室内。
奥に大きなデスクが構えられており、その手前には立派な応接テーブルと2人掛けの茶色い皮のソファが対になって置かれている。
天井には吊るされたランプ。壁には数々の書物が並べられた棚。
棚が大きいせいか、少々部屋に圧迫感のある部屋になっていた。
「校長。マドゥさんをお連れしました」
「おお!? という事は!?」
デスクに座ってた校長と呼ばれる人物は、40代程に見える、つり目の女性だった。
顔の右半分に大きな切り傷が残る。
ガッチリとした体格で、髪は長く艶のある黒。邪魔なのかポニーテールにしてあった。
顔の切り傷は目を通過しているので、右目が開いていない。
これ自体は珍しいことではないが、そんな人物が校長をしているということに違和感を覚えた。
が、今はその疑問を横に置いて、挨拶をする。
「どうも校長先生。先日のお話、受けさせてもらおうと思って……まだ良いですか?」
「勿論だよ。早速具体的な話に移ろう。座ってくれたまえ」
言われるままにソファに腰掛ける。柔らかな弾力がモーフを包む。
およそ硬い椅子にしか座ったことのないモーフにとって、これは初めての経験だ。
「良いだろうそのソファ。デスクの椅子よりも値段高いんだよ」
校長が契約書とペンを用意して対面に座る。
「はい。初めて味わいます」
「ハハハ。顔を見たら判るさ。全く緊張してないね」
「今朝も、他のハンターから顔に出やすいと言われました」
「みたいだね。でも、寛ぐのもいいけど、こっちの書類読んでくれたまえ」
言われ、書類に目を通す。
書かれてあることはシンプルそのものだった。
・生徒に危害を加えない
・生徒と恋愛事をしてはならない
・授業は休日を除外し、2日置きに受け持つ
・以上の約束を破った場合、応じた罰を受ける事に同意する
書いてあることから、マドゥ専用に作られた書類である事が察せられた。
「読みました」
「良し。こちらとしても、マドゥさんが何処まで知ってるか知らないかというのが判らない。だから、書類は簡単なものにさせてもらった。後は臨機応変に行こうと思ってる」
「はい。それでいいと思います」
「給料は日払いで良いだろう? 金額は、どうしようか?」
校長の目が鋭くなる。
疑っているというよりは、見極めようとするような、そんな目だ。
「……金貨1枚が妥当なんじゃないかと」
「……大きく出たね」
「魔法の事しか知らないながら、多属性魔法を使える現役ハンターがやるんだからそれくらい有ってもいいかなと思ったんですけど……」
「ちなみに、私の給料がそんな感じだよ」
校長が苦笑いしてそう答える。
「他の先生のお給料は?」
「いや、それは言えない。そして、マドゥさんもそういうのは言いふらさないと約束して欲しい。これは常識。いいね?」
「……解りました」
モーフの知らなかった常識が1つ増えた。
「私は半分。銀貨50で考えてたけど……そうだね。しばらくは銀貨50で受け取っていてくれ。後はマドゥさんの教師としての実力を見て決める。これでどうだい?」
「構いません」
「決まりだね。じゃあ、いつから仕事に来れそうだい?」
「今日からでも」
校長が、また苦笑いを漏らす。
定職に付いていないマドゥは毎日が休日だ。
両親のために遠出もしていない。なので、心の底からいつでも良かった。
「なるほど。じゃあ……そうだね。次の次の音が鳴ったら、運動場に来てもらえるかい?」
「音?」
首を傾げる。
「鐘だよ。授業と休み時間の間に設けているものだ」
「解りました」
「それまでは、空いてる教員に学校を案内させよう」
そう決まり、校長は、校長室から職員室へ繋がる扉から顔を出し、1人を呼ぶ。
「はい、なんでしょう?」
来たのは少し太っちょで、鍛えてなさそうな体つきの男性教員。
顔は大きく、輪郭も丸め。髪は茶の短髪。
そして、これはモーフにだけ判る事だが、弱いながらも七色の魔力を持っていた。
先程のスーツの男性と同じスーツを着ている事から、これが教員服だと知る。
「バーモン先生。こちら、これから同僚になる予定のマドゥさんだ。次の次の授業をマドゥさんに試しに受け持ってもらうことになった」
「そこ僕の授業ですね。解りました。差し当たって、僕はマドゥさんの補佐という形で入れば良いんですね?」
「話が早くて助かる。ついでに校内の案内も頼むよ」
「了解しました」
「じゃあ、マドゥさん。授業が終わったらまたこっちに来てくれたまえ。その時、ちゃんと契約するかどうかを決めようじゃないか」
「……はい」
呆気にとられている内に、話はトントンと進んで行った。
つまり、モーフは次の授業から、お試しで先生になるのだ。
これも社会勉強。
そう考え、バーモンと呼ばれる先生に付いて、校長室を後にした。