10話 不定形、先生見習いをする
鐘の音が鳴り、生徒達は各教室へと戻ってゆく。
生徒達は、見知らぬ大人が校内に居る事からか、教室に入っても先生が来るまで、物珍しそうにマドゥを見ていた。
バーモンに連れられ、校舎を見て回る。
通常の教室が3クラス。それが2学年分。単純に1階が1年生で、2階が2年生だ。
他には購買部と、作業部屋が一つづつある。
木造2階建てなので大して時間はかからなかった。
「2年で卒業なんですね」
「はい。と言ってもこちらだけですけどね。通常の授業はもう1つの方の校舎側で行います」
つまり、もう1つの校舎は、また別の学校だということだ。
こちらの[グランツ魔法学校]は、通常の学校とは別に、魔法に特化した授業を行っている、いわば専門学校になる。
「白い制服がウチの生徒。黒い制服が、一般の[グランツ領学校]の生徒です。当然あちらのほうが生徒数も多いので、校舎も大きいというわけです」
「なるほど。ところでもう1つの建物は?」
「あれは食堂です。マドゥさんがやる予定の授業の後が丁度昼休憩なので、食べていっては?」
「良いんですか? 私まだここの職員じゃないのに」
これ幸いにと食いつく。
人間の食事は美味しいという事を知ったが故だ。
「……お金は要りますよ?」
「あ、それは解ります」
流石にそこまで知らないというわけではない。
そもそも、狩り以外で食べ物が無償提供されるという認識も無い。
「あ、でも授業の後に来て欲しいって言われてたから……」
「では今のうちに食事にしましょうか? 私もご一緒しますよ」
「じゃあ、お願いします」
窓を開け、空間魔法を用いて飛び降り、着地する。
が、バーモンが付いてこない。
不思議に思い、2階を見上げるとバーモンは居なかった。
少しして、校舎の玄関からバーモンが、その重そうな身体を揺らして走ってくる。
ここで、ある発想が浮かぶ。
「もしかしてバーモンさん、飛べないんですか!? 先生なのに!?」
驚いて尋ねる。
七色の魔力を持つバーモン。
魔法学校の先生ということも鑑みるなら、弱いながらもモーフと同じ多属性魔法使いだ。
そんなバーモンが息を切らして答える。
「何の魔法を使ったかは知りませんけど、普通人間は飛べません!」
「先生なのに……」
「先生でもです! それに僕は多属性魔法使いなので、大それた魔法は使えないのです」
多属性魔法使いは弱い。これは初耳だった。
モーフが見た魔法術書は魔法の種類と使い方が少し載っていた程度だったからだ。
だが、学生に教える立場の人間が、この程度も出来ないという事に少しショックを受ける。
「とりあえず無事で良かった。マドゥさんは華奢な体つきしてるんだから気をつけてください」
「はぁ……」
無属性魔法の身体強化も回復も出来る。どころか、肉体の組み換えすら出来るモーフには、この心配事は届かなかった。
食堂で食事をとる。ちょっと早めのランチセットだ。
バーモンは大盛り。
マドゥの体格ではあまり食べ物が食べられない。味覚ある食事というのはモーフにとっては喜ぶべきことなのだ。
なので、バーモンくらい食べれたなら良いのになと、心の中でよだれを垂らす。
食後、鐘の鳴る時刻までもうすぐということで、少しだけ授業の打ち合わせをした。
相手は2年生になりたての学生達。
戦闘はNG。お互い実力を知らない為だ。
高度過ぎる魔法はNG。今回マドゥが見せた空間魔法による空中操作等がそれに当たる。
後は臨機応変に。
突然決まったことなので、これくらいしか摺合わせが出来ない。
こう考えてみると、校長はいい加減だという事が伺える。
休み時間の鐘が鳴ったので、運動場に先に出る。
しばらくは誰も来なかったが、少しして、白い学生服に身を包んだ生徒がわらわらと集まってきた。
集まった者から、バーモンの横にいる謎の女であるマドゥに対して、誰だこいつ? の目線を投げかける。
次の鐘が鳴る頃には全員集まった。
集まった人数は22人。
「では授業を始めます」
バーモンがそう宣言するが、生徒から直ぐに待ったがかかる。
「その前に先生。そっちの女の人は?」
そう質問するのは、金髪の男子生徒。目が細いあまり、開いているのかどうかが判らない。
「それは、これから説明します……えー、さっきから居るこの方。ご存知の人もいるかも知れませんが、そのあまりの実力からか[忘却の魔女]という二つ名まで付いた、マドゥさんです」
生徒達が騒つく。
顔は知らないながらも、情報だけは知っている者。そこから、知らない者へと驚きは伝播していった。
「静かに! で、そのマドゥさんが先生になる……かもしれないので、とりあえず授業を受け持ってもらうことになりました。皆、挨拶!」
生徒達は「よろしくおねがいします」を乱れ飛ばせる。
はっきり言う者からボソボソと言う者まで様々だ。
「ではマドゥさんからも挨拶をお願いします」
「はい。よろしくおねがいします。マドゥです。噂にも聞いたかもしれませんが、私には記憶がありません。ですので、常識というものがもしかしたらズレていたりするかもしれませんが、皆さんに教えられることがあれば教えていきたいと思うので、お互いに教え合うような良い関係でいましょう」
生徒達は、マドゥの不思議な挨拶に戸惑うものの、肯定の意を示した。
モーフは初めて、人間にモノを教える立場に回る。
そこには期待と不安。綯い交ぜになった感情だが、大きく期待の方が勝っていた。
これより、忘却の魔女の授業が始まるのだ。




