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21話 不定形、個人授業をする

 



 モーフは、スフィから包帯を取り上げ、スフィを抱えて家へと飛んで戻った。

 帰って早速、特別授業に入る。


「はいじゃあスフィ。今から回復魔法を教える前に、ちょっと防御魔法をやってください」

「え、そんな急にですか!? 教科書とかは!?」

「回復魔法ってそもそも教科書あるの? 私は知らないけど」


 モーフは知らないことだが、回復魔法は使えるものが居ないのだ。教科書などあるわけがない。


「それより、防御魔法。火に対してはスフィの雨みたいな水魔法が効果的だから、それは良いわ。だから、そうね。アースウォールを」

「……」


 しかし、待てどスフィは詠唱を始めない。それどころか申し訳無さそうな顔をしている。


「……出来ないのね?」

「……ごめんなさい」


 スフィは小さな声で謝罪する。

 悪くはない。イメージが出来ていないだけなのだから、教えてやれば良いのだ。


「そうね。じゃあ、盛り上げたい土の周りを四角で囲うから、そこをくり抜いて引っ張り上げる感じよ」


 そう言いながら、地面に魔法で白く色を付けてゆく。




 魔法の便利なところは、イメージさえ出来てしまえば "何故か出来る" という点だ。

 ただ色を付けているだけに見えるこれは、"色は変化する物" という現象を捉えていなければとてもではないができる代物ではない。

 モーフはその変身能力(モーフィング)があるので、変形、変色等お手の物で、寧ろそれこそがモーフの真骨頂と呼べる魔法とも言える。


 色や形状の変化を一々認識している人間は居ないので、意図的にしようとすると逆に難しい魔法になる。

 そして、スフィはまだマドゥのトンデモ魔法に慣れていないので「マドゥさんすごい!」くらいに思考を停止していた。


「はいじゃあまずは詠唱。これが空間魔法である事と、地面を飛び出させるんじゃなくて、引っ張り上げるイメージを強く持って……はい!」

「はい!」


 スフィは、すぅと1つ大きく息を吸う。


「尊き大地よ! 我らを護らん! アースウォール!」


 途端、白く色付いた地面だけが隆起した。範囲指定はバッチリだ。

 ただし、イメージされたのは壁というよりは、四角い鞄だった。その証拠に、頂上に取っ手が付いている。


「……うん。じゃあ次は色指定無しで」


 モーフは手をかざし、ゆっくりと手を下ろすと、隆起した白い壁が元あった地面へと戻ってゆく。

 本来は砕いてそこら辺りに転がしておいて始末するものなのだが、モーフは元に戻せる……というよりは、元に近い感じで変形させることが出来るので、処理は少し魔力を消費するだけに留まる。


「はい。見とれてないで詠唱!」

「すみませんでした!」


 スフィは呆けていた事を素直に謝罪し、訓練に戻る。


「尊き大地よ! 我らを護らん! アースウォール!」




「貴女面白いわね」

「すみません……」


 結果は微妙。

 先程現れたのは壁に取っ手が付いたものだったが、今度現れたのは、壁というよりはスケールの大きな四角い鞄だった。とてもではないが壁とは言い難い。


「スフィは魔力の出力が大きったり小さかったり忙しいわね。防御出来るならこれでいいけど、ちょっと使いすぎね」

「すみません」


 しょぼんとするスフィ。


「謝らなくていいわ。一度出来てしまったのなら、後はイメージ力を鍛えるだけ。じゃあご飯までまだ時間が有るから、回復魔法に移るわ」

「いよいよ……」


 伝説になっている回復魔法。

 それを、こんな見習い魔法使い伝授されるとあっては、たとえスフィでなくとも緊張するというものだ。


「はいこれ」


 モーフは、力んでいるスフィに生き物を解体する用の大型ナイフを手渡す。


「……はい」


 スフィは、少女の身にはズシリと重いナイフを手渡され、訳も分からないままキョトンとマドゥの方を見る。


「さて、その前にスフィ。この魔法は貴女にだけ教えるつもりなの。改めて聞くけど、この魔法……誰にも教えないって誓える?」

「……はい」

「よろしい。今度空を飛ぶ魔法も教えるから、危ないと思ったら直ぐに逃げる癖も付けなさい。いいわね?」

「はい!」


 マドゥの見せる真剣な表情に、スフィも誠心誠意をもって応える。


「じゃあ、回復魔法の基本なんだけど、その対象を知らないと回復させることが出来ません。具体的には、どこに何が有るのかというのを把握しろ……ということです。解る?」

「……はぁ」


 スフィは解っていない返事をする。


「んー……つまり、兎を回復させようと思ったら、兎の構造を知らなくてはいけないの。例えば……」


 モーフは、籠に入れていた兎の耳を掴んで1匹取り出す。

 そして、スフィに渡していたナイフを一度受け取り、兎の後ろ足を地面に押し付けて、そこを断裂させた。




 兎の足から血が滾々(こんこん)と流れ、兎は悲鳴をあげる。


「ひっ!」


 スフィから、兎に負ける程度の悲鳴が上がる。


「ちゃんと見てなさい」

「っ……はい!」


 スフィは突然のマドゥの奇行に狼狽(うろた)えつつも、その言葉に従い、暴れて逃げようとする兎の元へ近づく。


「今は血で見えづらいだろうけど、ここが皮膚。ここに骨。これが筋肉。で、この細いのが血管。白っぽくて細いのが神経」

「……」


 スフィは、何も言わずに食い入るように兎の切断面を見る。

 肉屋に並んでいる皮が剥がれた後の死体としての兎と割り切ったようだった。


「で、大体これらを把握していればそれでいいの。後はそれを元に……ヒール」


 兎の足を怪力で押さえつけ、切断面同士をくっつけて魔法を唱える。

 本当は唱えなくてもいいが、スフィの為に魔法を使ったタイミングを教えたのだ。


「はい。そしたらこのように、兎の足はくっつきます」

「すご……い……」


 確かに兎の足はくっついた。だがそれだけだ。その先が動いていない。


「適当にくっつけた場合、こんな風に神経や血管同士が元通りにくっつかないの。つまり、見た目だけ治ったように見えるってこと。これを防ぐなら、凄まじい集中力で血管同士、神経同士の場所を覚えて、合わせてくっつけないといけない……解るわね?」

「……多分」


 そもそもスフィには神経というものが解っていないので、いくらこの説明をしたところで無駄になるのだが、モーフの授業は終わらない。


「でも、そんな事は実際には不可能よ。じゃあどうすればいいか……解る?」

「いいえ」

「即答は良くないわ。考えないと。それが人間の強みなんだから」


 咎めると、スフィは「すみません」と、素直に謝罪する。


「次からは考えなさい」


 モーフが淡々と叱りつけると、スフィは肩を落としてしょぼんとしてしまう。歳相応の反応だ。




「次ね。今は切断だったけど、実際には潰れてたりだとか、ズタズタだったり、焼けてたりするわけなの。それは解る?」

「……はい」


 スフィは一呼吸置いて返事をした。早速言われた通り考えてから話している。


「元に戻すのが難しい……なら、新しく作ったほうが楽。それが私の使う回復魔法なの」

「……は?」


 予想の斜め上の情報に、スフィは間抜けな声を漏らす。

 そんなスフィをよそに、モーフは再びうさぎの足を切断した。

 今度はもう少し付け根の方をだ。

 兎はブゥブゥと鳴いて一層暴れるのだが、モーフの怪力から逃げ出せない。


「私はもう兎の構造を知っているから、この切れた足はもう要らないの」


 そう言って、横にうさぎの足をポイと放る。

 そして、うさぎの足に意識を集中させ、呪文を唱えた。


「ヒール」


 切断された骨の先からイメージする。

 脛骨、踵骨、足根骨、中足骨、指骨。

 勿論これだけでは骨がポロポロと崩れ落ちるだけなので、同時にそれらを支える靭帯と筋肉も生成してゆく。

 ただ作るだけでは駄目で、伸縮するものとしてイメージしなければ、ただの無機物として配置されてしまう。

 そこへ血管と神経を適当に這わせてゆく。

 これらは一度配置してしまうと勝手に分布されていくメカニズムが有るため大体で良い。

 最後に脂肪と皮、そして毛と爪を配置すれば……。


「……ふぅ……これで完了。多分難しさで言うとこっちの方が難しいんだけど、覚えてさえしまえばこれのほうが良いと思うわ。スフィがなりたいって言った癒し手になるというのなら尚の事ね」


 モーフが兎を籠の中に戻すと、兎は痛がりながらもしっかりと籠の中で暴れていた。

 スフィからの返事はない。

 不思議に思い、振り返り見てみると、スフィは両手を胸の前の宙に這わせていた。

 そんな面白そうな動きを眺めていると、ようやくスフィが口を開く。


「これ……回復魔法っていうか……こんなの神の力じゃないですか!」


 そう。モーフのやったのは所謂(いわゆる)回復魔法ではない。自身の肉体構成に使っている構築魔法だ。

 理論上、知っているものなら何でも作り出せるし、自分に使えば何にでもなれる。


「何してくれたか判らない神様の力じゃないわ。実際に出来るこれはただの魔法よ。魔力は結構使うけど」

「これが本当の回復魔法……無属性魔法の本当の姿……」


 呆気にとられるスフィに対し、モーフは笑って応える。


「その言い回し素敵ね。本当の姿かぁ……魔法にはあるのに私には……」

「マドゥさん?」


 少し物思いに(ふけ)りそうになったモーフだが、スフィに覗き込まれて直ぐに軌道修正をする。


「ううん。コッチの話。それよりスフィ。これから兎の解剖をしなさい。勿論殺してから直ぐ、もしくは生きたまま。そして出来る限り正確に覚えなさい。じゃないと、回復先の姿なんて解らないからね」


 苦い顔をするスフィにそう言い放ち、モーフは1人部屋へと戻る。




 何者にも成れ、何者にも成れない。それがモーフの由来だ。

 自分でつけた名前に苦笑しつつ、自分は一体何者なのかという疑問が浮かぶが、その答は考えど考えど出ることはなかった……。




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