第一章 転生アザラシ
海には、魚がいた。
アザラシは、それを食べた。
魚はうまかった。
満足したので、寝た。
――いつもの一日だった。
その日も、特に変わったことはなかった。
魚を追いかける。
食べる。
泳ぐ。
疲れたら寝る。
それで十分だった。
そして、気がつけば真っ白な空間にいた。
「……?」
アザラシは首を傾げた。
海がない。
魚もない。
寝る場所もない。
そして、目の前には見たことのない女がいる。
「こんにちは」
「……?」
「えっと……あなた、アザラシよね?」
「……?」
どうやら、話が通じていない。
女は少し困ったように笑った。
「私はコモン=サモン。女神です」
「……サーモン?」
「違います」
「……肛門?」
「違います!///」
「そう」
コモンは黙った。
何もしていないのに、少しだけ汚された気がした。
「……ちなみに、コモン=サモンですからね」
「……?」
「なんでもありません」
「あなたは一度、人生を終えています」
「……?」
「て・ん・せ・い!しました」
「……あ……ワモンとか?」
「え?」
アザラシは身体を見回す。
「……あ……ゴマフ」
「……?」
「アザラシにも色々いる」
「ああ……そういうことですか」
コモンは少しだけ納得した。
「あなたには、特別な力を授けます」
「……?」
「まず、長時間潜れる力」
「……」
「寒さにも強くなります」
「……」
「泳ぐこともできます」
「……」
「脂肪による保温能力も――」
「……」
コモンは口を閉じた。
「……これ、もともとできるわよね」
「……?」
「いえ。なんでもありません」
気を取り直す。
「じゃあ、最後に一つ」
コモンは少しだけ真面目な顔をした。
「あなたに、人間の言葉が分かる力を与えます」
「……」
「これなら、人間と話せます」
「……魚とも?」
「魚とは……たぶん無理です」
「そう」
アザラシは、特に残念そうでもなかった。
魚は魚でいい。
「それじゃあ、戻しますね」
「……」
「お元気で」
次の瞬間。
海だった。
波の音。
潮の匂い。
水の冷たさ。
そして――魚。
「……」
アザラシは魚を食べた。
「……んまい」
それから、寝た。
その頃。
海岸から少し離れた場所では、魔族の兵士たちが海を見ていた。
「……何だ、あれ」
「分からん」
「魔物か?」
「たぶん」
「襲ってくるか?」
「寝てるぞ」
「……そうか」
兵士たちは少し離れたところからアザラシを眺めた。
「報告は?」
「どうする?」
「……今のところ、脅威はなさそうだ」
「寝てるだけだしな」
「そうだな」
兵士たちは帰っていった。
アザラシは知らない。
人間も、魔族も、魔王も、勇者も。
この世界には、いろいろいるらしい。
けれど。
アザラシは魚を食べて、泳いで、眠る。
今日も、特に何も起こらなかった。




