悪女、ソッと目を閉じた
これにて補足番外編の最終話になります。
「今、なんと言いましたか?」
婚姻したばかりの夫、ケイハーヴァン=マーシュガイトラ皇太子殿下をまじまじと見詰めた。
「ん?コマイヌが暴れているらしい。あれは田畑の作物を食い荒らすからな〜。」
何だか、私の疑問にサラッと答えて会話を続けてしまった旦那。
え?今、狛犬って言わなかった?狛犬って神社の入口とかお堂の前に対で鎮座してるアレ?
「リシュリーは一緒に行くか?」
「と、討伐でしょうか?」
恐々と聞くと夫のケイハーヴァンは綺麗な笑顔を見せて頷いた。
狛犬退治…え~と神様のお使い…とかじゃなかった?いや、違うか。でも神社仏閣でお目にかかる神聖な生き物だよね。ん?そもそも生きてるのか?兎に角…何かの生物には違いない。
罰が当たったりしないかなぁ…。
そして討伐地に赴き、コマイヌの正体を見て…げんなりした。何故ならコマイヌとは緑色のマリモのような緑色の丸い物体で、そこそこ知能は高くてビョンビョン弾みながら逃げ回る謎の生き物だったからだ。
そりゃそうか、本物の狛犬がいたらそれはそれでびっくりだもんね。
私の目の前をビョーーンと弾みながら飛び回るコマイヌ達。田畑を食い荒らすので害獣の括りだが、人は襲わないし わざわざ軍が出て行くことなの?
「網から出すなよっくれぐれも傷をつけるな!」
何だか殺さないように…気を付けている感じね。ああ、そうだシツラット大尉に借りた獣図鑑を見てみよう。
「コ…コ、コマイヌ、あった。コマイヌの主食は草木。田畑を荒らす害獣…ん?攻撃的な性格ではないが、外皮を傷つけられてしまうと防衛本能から毒のある体液を放出する。あらぁ…これは怖いわね。」
それで皆で網で捕獲しているのね。だけど網の中ですごく飛び回ってるね~あ、一匹逃げた。ビョーーンと飛びながらこちらに飛んで来たコマイヌを避けようと、防御障壁を張ったらコマイヌが私の障壁に弾き飛ばされてしまった。ドサ…と地面に落ちちゃったコマイヌの様子を見ようと近付いて見ると…。
何だか緑の体毛が毛を逆立てている?あ…黄色い体液かな?もしかして血かしら?怪我を治してあげよう。
私はコマイヌに手を近づけながら魔法を発動しようとした。
「リシュリー?!触るなっ!」
「!」
ケイ殿下の叫び声とほぼ同時にコマイヌから何かが放たれた。防御障壁を張ったが間に合わず胸辺りに衝撃が来る。急いで目線を下げると軍服に緑色の体液だろうか…がベチャッとへばりついていた。
「うわわ…。」
コレもしかして毒?!急いで治療魔法を使うも…あれ?魔法が効かない…私の軍服の上の体液から煙のような湯気が出ている、これ何?
「リシュリー?!早く洗い流すん…っ!」
私はギョッとした。軍服が溶けている?!ひええっ…。
ケイ殿下が走り込んで来て、救護テントの中に押し込まれる。そして、私に水魔法をぶっかけた!
「っうわっ…ぷっ…殿下ちょ…。」
「すぐに洗い流さないと…。」
え?私は水魔法でずぶ濡れの自分の体を見下ろして気が付いた。胸~~~!お腹~~~!しかも結構際どい所まで服が溶けてる?!
「コマイヌの体液は物質を溶かす毒性があるのだ。皮膚に当たれば当然…大丈夫か?」
私は慌てて手で露出している所を隠した。ケイ殿下がご自身の上着を脱いで私にかけてくれた。
「済まなかった。自分達がコマイヌの対処に慣れているからリシュリーに詳しく説明するのを失念していた。」
ケイ殿下はかけて下さった上着の前釦を留めてくれた。足元を見ると…ええ?太腿辺りまで溶けている。
今、気が付いた。ちょっと形は違うがこれは『彼シャツ』という、恋人同士の萌えるアイテムの1つじゃないかしら?うわぁ~勿論彼シャツは初めてですよ。
感動で長い袖を振りながらケイ殿下を見上げると、ケイ殿下は耳を赤くしていた。
「その…結構溶けてしまった…な。」
そうだった…感動している場合じゃないよ。ケイ殿下の上着の下の私の軍服は、溶けてしまってほぼ真っ裸じゃないか!
ソッと足を動かすと、ガサッ…と股の間から衣服が落ちた…。股がスースーする。多分最後の砦の下着が溶けて崩れてしまったんだ。
マッパだ…下半身マッパだ。勿論胸が防御力ゼロも困るけど、下半身はもっと困る気がした。
あ、あれだよ、学校の授業で一時間目が水泳の授業でもう面倒くさいから家から水着を着てきてたりして…着替えの下着を忘れてきたどんくさいアレみたいな感じだよー!
いや…いくら言い訳しようにもマッパには違いあるまい…。
太腿を擦り合わせて、このマッパの心許なさから逃れようとしたが、逆に動いたことによって上半身の溶けた衣服が無残にも、剥がれ落ちてしまった…。
今私は完全なるマッパになってしまった(予想)
「ケイ…その、どうしよう?」
思わず寝所で呼ぶような言い方でケイ殿下を呼んでしまった。見上げるとケイ殿下は、頬まで赤くしていた。
ケイ殿下は突然駆け出すと
「シツラット!リシュリーと先に戻っている!」
そう叫んでから、また救護テントの中に駆け戻って来ると私を抱き寄せて転移魔法を発動した。
魔法で一気に皇城に戻って来た。門前に着いた途端、衛兵に何か言った後また転移をして、今度は皇太子の部屋の中に転移した。
「リシュリーのこんな姿…誰にも見せたくない。」
胸が高鳴る…。優しくケイ殿下の唇が私に触れる。こんな時間からぁ…とか思ったけれど、こんな色っぽいケイ殿下に迫られたら…イヤとは言えない。
「ケイ…来て。」
…。
……。
…非常に背徳感があった。まだお昼過ぎだと言う事と…日の光の差し込む所という雰囲気が私達を更に盛り上げた。
「そろそろ、シツラット達が帰って来るかな。」
「サボっていたら、大尉が文句を言いそうですね~。」
そう言いながらケイ殿下がチュッチュと口づけをくれる。予備で作っていたジェンヌ軍服をクローゼットの中から出してきて、それに着替えた。
まだ寝台の中に居るケイ殿下を起こして、身支度を手伝っていると着替えながらも私に口付けてくる殿下。
「疲れていないか?」
「大丈夫ですよ。」
「いつかリシュリーが、限界と言うまで…どうだ?」
「……。」
ケイ殿下を胡乱な目で見ていると、咳払いをしながら「冗談だ」と言っていたけれど、魔質は本気だった。今更だけど、殿下って爽やかな見た目で結構エロイんだよね。
その日から暫くして医術医院で診察中に治療魔法を使おうとして、上手く魔術が発動しないことに気が付いた。おかしい?こんなこと始めてだ。
医院の先生に
「魔術が上手く練れないのですが…。」
とご相談すると、先生が私の魔質を診て…おっさんなのにキャアと悲鳴を上げた。
「ひ…姫様っご懐妊ですよ!」
ゴカイニン…ん?私が首を捻っていると周りにいたカロンとハレニアが、きゃああ!と更に大きな悲鳴を上げた。
医術医院内に大歓声が起こった。誰かが呼んで来てくれたのかケイハーヴァン殿下が医院に走り込んで来た。ものすごく喜んでいた。正直、びっくりした。こういう喜び方をする人だと思わなかったからだ。
お姫様抱っこで、抱えられたまま皇帝陛下の所へご報告に行き、そのまま自室に連れて行かれた。
「安静にしているように。」
あのね、病気じゃないからさ。私とケイハーヴァン殿下の後を走って追いかけて来ていたらしい、医術医院の先生とカロンとハレニアが取り乱した(だろうね)ケイハーヴァン殿下に説教をしていた。
「悪阻などで体調が優れない時は安静にしてもらいますが、それ以外は無理をしない範囲で普通に生活するものです!」
「はい…。」
「殿下が取り乱してどうされるのですか!」
「はい。」
「何やってるんですかぁ、訓練の途中ですよぉ。」
「すまん、シツラット。」
途中で走り疲れたハレニアをおぶって走ってくれていたシツラット大尉が、最後の留めに叱ってからケイ殿下を連れて行ってくれた。
「殿下浮かれておりますな。」
「はあ、すみません。」
医術医院の先生もお疲れ様です。
それからは、鬱陶しい…ウザい…粘着質な…ケイハーヴァン殿下は私にべったりとくっ付いてきていた。私は大丈夫だ、仕事をしろ!何度もこの台詞を言ったが聞く耳を持たない。
「何かあったらどうするんだ。」
何だこの便利なパワーワードは?だれがこの言葉をケイ殿下に教えてしまったのだ?コレさえ言っておけば私も反論しないと踏んで、すぐに口に出してくる。
お腹の中で魔力が動く。私のお腹が大分出てきたこの頃…。何故だかファシアリンテが婚姻式の招待状を送りつけて来た。
ファシアリンテ17才、お相手は11才の男の子…王妃の実弟の子供…つまり従兄弟だ。年齢も年齢だが、色々と無茶苦茶だ…。
私は関知しないと…ファシアリンテに叫んだけれど、私はケイ殿下に頼んでファシアリンテの従兄弟の公爵子息に、この婚姻は君の意志か?と真意を問うてみた。
彼は…クルファイナ君はマーシュガイトラ帝国への亡命を強く希望した。勿論私達は匿ってあげた。そして連れてきて対面した私達はクルファイナ君11才を見て溜め息をついた。
「可愛い…。」
つい言葉に出ちゃった。
「これはいかんな。」
ですよね~ケイ殿下!
「今度は少年にまでですか?!」
シツラット大尉心の叫び!
皆が可愛くてあどけない美しいファシアリンテに似ているクルファイナ君にメロメロだった。そして彼は内面も天使だった。良かった、不良になってなくて…。私が妄想している可愛い系男子同盟に彼も入れてあげよう。
当然ファシアリンテ達は、夫が誘拐された!とか騒ぎ立ててマーシュガイトラ帝国に抗議だなんだと国境付近で騒いでいたけれど、11才のクルファイナ君が頑なに帰国を拒否しているし、すっかりうちの子状態だし、ケイ殿下にすごく懐いちゃったし…。おまけに軍の皆のアイドルだしね。
ファシアリンテ達はシンボルマークにしたい公爵子息を失って、求心力をさらに失くしたようだった。
庭に笑い声が響いている。
クルファイナ君11才とマルヴェリガ様15才とエキシューレン君16才が、3人仲良くテラスでお茶を飲んでいる。まるで3兄弟のようだね。クルファイナ君は儚げな見た目だけど、結構肝の据わった男の子ですぐに軍属になって皆と働きたいとか骨太な事を言っている。
今も走り込みをしたり剣術を習ったりしているので、将来はマーシュガイトラ帝国の女子人気NO.1軍人になってそうだな~とすでにおばちゃん目線で麗しの美少年を見てしまっている。
「窓際は冷えるよ?」
庭で笑っているクルファイナ君を見ていると、ケイ殿下がひざ掛けをかけてくれた。本当に心配性だね。
「もうすぐ産まれるな…。」
ケイ殿下が私のお腹に手を当てた。お腹から魔力が跳ね返ってくる。赤ちゃんは非常に元気だ。
私はケイ殿下に凭れながら、ゆっくり目を閉じた。
FIN
ブクマ頂きましてありがとうございました^^




