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二十五日目(一)

 その朝は、目覚めると私の寝床の前にレンジュが立っていた。私の方を向いて立ったまま、俯いている。

 お腹が空いていて、特に水分の多い果実を食べたい気分だった。

「どうしたの?」

 私が尋ねても、レンジュは返事をしないどころか、表情一つ変えなかった。

 レンジュは無言のまま私に背を向け、歩き出した。

「あ、待ってよ、レンジュ!」

 彼は私をどこかへ導こうとしているように見えたので、私はその背を追った。私に向けられた無言の冷たい背中が怖かった。そんな無感情の状態で、一体私に何を見せようというのだろう。

 彼が案内したのは、焚火の火が消えた拠点だった。

「あれ、火が消えて――」

 私はその先にあるものを見て、絶句した。

 葉の上で仰向けに横たわるマヅチが、目と口を薄く開けたまま、ピクリとも動かなかった。

 心臓の音が、突如うるさいくらいに聞こえ始めた。

「ね、ねえ、レンジュ。マヅチが……マヅチが……早く助けなきゃ……」

 私はレンジュに助けを仰いだが、そこには感情の消え失せた不気味な人形が直立しているだけだった。

「そんな……そんな……」

 マヅチが死んだ?

 私は狂ったような叫声を上げた。



 ――私は目を開けた。

 目と鼻の先に、焦点の合っていない雑草と土が見えていた。

 夢、だったんだ……

 私は横向きになっていた身体を仰向けに直して、もう一度目を閉じた。汗がたくさん出ていて、頭の中がざわざわしていて、心臓は早鐘を打っていた。

 また、マヅチが死ぬ夢……

 私は明晰夢という夢を見たことがない。いつもマヅチが死ぬ夢の中を現実だと思い込んでおり、マヅチが死ぬと、私の心も壊れて私は悲鳴を上げる。本当は「マヅチの死ぬ夢」ではなく、「自分が壊れる夢」を見ているだけなのかもしれない。

「イサナ、大丈夫!?」

 すぐ向こうからレンジュの声が聞こえ、同時に土を蹴って駆けてくる足音が聞こえた。

 私がゆっくりと重い身体を起こした時には、レンジュはすぐ傍に立っていた。デジャヴに思えたが、こちらのレンジュは柄にもなく肩で呼吸をしているし、ちゃんと私の目を感情のこもった眼差しで見てくれていた。混じりけのない、純粋な憂いの眼差しだった。

 彼は呼吸を整えつつ、周囲に視線を走らせながら口を開いた。

「イサナ、どうしたの? 今凄い悲鳴が聞こえたけど……蛇でも出た?」

 私は頭を振った。

「ごめんね、驚かせちゃって。悪夢を見たの……」

「悪夢? もしかして……」

 レンジュは悟ったらしいので、私も隠すことはやめた。

「うん……マヅチが死ぬ夢」

 レンジュは一瞬、ショックを受けたような顔をしたが、間を置かず悲しい瞳を地面に注いだ。

「ごめん。必ず助けるから」

「……うん、ありがとう」

 私は愛想笑いを返した。そうでもしなければ、いらぬ言葉を発してしまいそうな気がした。

「あ、そういえばヤシの実を取りに来たんだけど、イサナも飲む?」

「ううん。私はまだいい。果実で水分はたくさん摂ってるから」

 レンジュがヤシの木に登り始めると、私は「朝ごはん食べてくるねー」と彼に手を振り、水辺を離れた。レンジュに対してここまでまことしやかに嘘をついたのは、これが初めてかもしれない。

 拠点の傍では、相も変わらずマヅチの苦しげな咳の声が続いていた。マヅチを毒する病気は、マヅチを休ませる気など毛頭ないかのようだった。

 私は焚火の横を通ってマヅチに近寄った。

「レンジュ……か……?」

 マヅチは咳が小休止に入ったところで声を発した。呼吸は深めで、やや早かった。疲労の色を表すように、彼は目を閉じたまま仰向けで呼吸をしていた。着ているオレンジの服には、嘔吐物を洗い落としたような痕跡のシミがいくつもできていた。

 私はさらに足を踏み込んで、マヅチの顔を覗き込んだ。今にも吐きそうなほど顔色が蒼く、眠れていないのか、目の下には隈ができていた。

「意外と……もってる……みたいだな……」

 彼は咳き込んだ。

 命、が……?

 そう思ってしまった瞬間、私の目に涙がこみ上げてきた。

「早く元気になってよ、バカマヅチ……」

 私の方を向いて薄く開かれた彼の目が、次第に大きさを増していった。そして私から顔を隠すように腕を目元に被せ、自嘲気味に笑った。

 マヅチはまた咳き込んだ。

「バカはどっちだよ……」

 その涙が私を不安にさせるんだよ、バカマヅチ……

「もう絶対に来るなよ」

「マヅチが絶対に元気になるって約束してくれたらね」

「約束するよ。だから、もう来るな」

 どうも私は拒まれているようだった。あまり長く傍に居ても、かえって休めないかもしれない。

 私はそっと距離を取った。

「イサナ」

 彼が引き留めるように私の名を呼んだ。

「ありがとう」

 私はその言葉を胸の中に大切にしまい、拠点を後にした。


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