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二十一日目(一)

「マヅチの様子はどう?」

 私は実を岩壁に打ちつけて外皮を剥くレンジュの背に尋ねた。

「まずまずかな」

 曖昧な返答で、私の不安は消えなかった。

 マヅチの風邪はいつまで続くのだろうか。もう体力も、病魔によってだいぶ削られているに違いない。

「最近はほとんど眠れていないみたいだけど、浅い眠りについている間は、熱にうなされてイサナのことばかり口にしているよ」

「私のこと?」

「うん。『イサナ、心配するな』って」

「こんな時でも、私の心配なんだ……」

 そんなの私のセリフだよ、マヅチ。私の心配なんていいから、早く元気になってよ……

 殻の上部に孔を開けたところで、レンジュは立ち上がった。

「ところで、イサナ」

「ん?」

 レンジュは心底申し訳なさそうな顔で言った。

「実は今、俺は薬を作るのに手いっぱいで……接触を禁じておいて悪いんだけど、薬が切れそうになったら遠くの薬用植物を取ってきてくれないかな」

「いいよ」

 私は快く答えた。

「全部マヅチのためなんでしょ?」

 レンジュは儚げに笑ってありがとう、とだけ言った。

「今必要なものはある?」

「うん。急ぎじゃないけど、二、三種類」

 私はその日からたびたび、レンジュから頼まれた薬効のある植物を取りに広大な密林内を忙しく駆け回るようになった。拠点の傍を通るたびに、マヅチの咳き込む声を耳にするたびに、私はマヅチの様子を確認したいという衝動を覚えた。

 そしてついに堪え切れなくなった私は、ある時拠点の傍の鬱蒼とした木々の合間から、マヅチたちの様子を密かに窺った。

 私の目が捉えたのは、いろいろな意味で凄惨な光景だった。

 竈で何かの薬を作るレンジュの様子は、私と喋る時とはまるで異なり、遠目にもわかるほど異様だった。死人のように青ざめた無表情で、背後でマヅチが明らかに以前より悪化している激しい咳をしても、見向きもしなかった。マヅチが嘔吐していることに気付くと、ようやく表情を取り戻して慣れた所作で対応を始めた。

 私は怖くなって泣きながらその場を離れた。マヅチはとても快方へ向かっているとは言い難い状態だし、ストレスからか、レンジュもおかしくなっている。何もかもが、狂い始めている。

 私の世界は、今にも崩れてなくなりそうだった。



〈死ぬ直前の人間って、どういう風に見えると思う?〉

 わからない。私は死ねなかった人間だし、人が死ぬのを見たこともないから。

〈どういう経緯であれ、きっと死を目前にした人間は皆、それを知らない人にも本能的にわかる、共通の死の気配のようなものを纏っていると思うんだ〉

 どうしてそう思うの?

〈あの二人からそれを感じたからだよ〉

 そんなわけない! 気のせいだよ! マヅチもレンジュも、私を残して先に死ぬなんて、そんなの絶対にあり得ない……

〈あの二人から漠然と死の気配を感じたのは君自身だよ?〉

 だから、それが気のせいだったの。私が疲れていただけ。

〈マヅチは病死、レンジュは精神に異常を来して自殺する狂死ってところかな〉

 やめて……二人は絶対に死んだりしない。

〈それが君の願望〉

 願望なんかじゃない。マヅチは風邪なんかで死んじゃうような弱い人間じゃないし、レンジュだって私を残して勝手に自殺するような人間じゃない。

〈この島に漂着した最初の夜、早々に君が知ったのは何だった? 二人の『弱さ』だよ。自分が生きている間は絶対に死なないなんて、そんな人間いるはずがない。君が思っているほど、二人は強い人間じゃない。だから、君のそれは願望なんだ〉

 嫌だ……やめて……私の願望が叶ったことなんて、一度だってないのに……

 今の私の世界は、二人が連れてきてくれたところなの。私がこの世界にいるのは、二人がいるからなの。二人が私の手を引っ張ってくれているから、私はこの世界を歩けているの。二人がいなくなったら、ううん、どちらか一人でもいなくなったら、私はきっと、二度と立ち上がれない。

〈差し詰め君たちは一蓮托生、墓石は三つ一緒に並ぶってことだね。この島が君の墓地にならないことを祈るよ〉


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