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*モノローグ4*

 疲れているのか、自分の街のパノラマには思ったほど感慨深いものはなかった。ただ、雑然と住居が並び、その間を縫うように冷たいコンクリートの道路が伸びているだけ。

 晴れ渡った空は、私を皮肉の笑みで見下ろしているようにも見えた。どんよりと曇って雨でも降っていれば、少しは気分も高まったかもしれなかったのに、とは思ったが今さらどうしようもないことだった。

 もしここから私が飛び降りたら、誰か泣いてくれるのかな……

 頭の中で誰かが嘲笑して、私は虚しさに目頭が熱くなった。

 ほんと、どうして生まれてきたんだろうな、私……

 不意に背後で誰かが階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。勢いよくドアが開き、一人の少年が鼻息荒く現れた。

「マヅチくん……どうかしたの?」

 私は微かに口の端を上げて尋ねた。

「教室にあったイサナのランドセル、空だった」

 彼は呼吸を整えながら、いつになく静かな口調で言った。

「うん。何ももってきてない。もう必要ないから」

 マヅチは険しく目を細めた。

 責められているような気がして、私は視線をそらした。

「どうしてここがわかったの?」

「他はもう全部探したよ」

「先生や他の――」

「イサナ」

 彼は有無を言わせぬ声で遮った。

「いつまでそっち側にいるつもりだよ」

 私の瞼から涙がこぼれた。

 私はフェンス越しの彼に言った。

「マヅチくんが私のことを探しにきてくれるとは思わなかった」

「当たり前だろ。友達なんだから」

 マヅチは即答した。

「友達じゃなかったら、探しには来なかった?」

「俺たちはもう友達なんだ。そんなこと考える必要ないだろ」

「あるよ!」

 私が声を荒げると、マヅチは反射的に警戒したようだった。

 視界が涙でぼやけた。

「前まで私の友達だった人は、みんな友達じゃなくなった。私がみんなと違うから。みんな、最初から友達じゃなかったんだよ」

「俺のことも、そんな風に思ってたのか……?」

 私は目を拭きながら「うん」と返した。

「……イサナが死ぬなら、俺も死ぬ」

 彼が発した言葉に、私の心は驚きと、そして怒りでいっぱいになった。

 私なんかのためにどうしてそこまで言うのかと思う反面、そんな安っぽい言葉で私の気を引こうとしているのかという気持ちもあった。

 でも、目の前の少年の真摯な眼差しに私のそれらの思いは冷めた。

「……マヅチくんまで死ぬ必要ないよ」

「いや、もう決めた。俺はこれから一生イサナの隣にいることにする。だからイサナが死ぬなら俺も死ぬ」

「何で……何で私のためにそこまでするの!?」

 どうして、私なんかのためにそこまで優しくできるの?

「俺だって死にたくない。だからできればこっちに戻ってきてほしい」

 答えになってないよ……

「戻ったって意味ないよ。もう私は生きていけないもん……きっとまたすぐに自殺しようとして、今みたいにマヅチくんに迷惑かけることになるに決まってる」

「迷惑かどうかは俺が決めることだ。俺にとっては、イサナが勝手に死ぬことの方がよっぽど迷惑だ」

 私はマヅチがここまで情に厚い人間だということを今まで知らなかった。

 気付くと、私は泣きじゃくっていた。

「俺にはイサナが何で死にたいのかわからないけど」

 死にたいんじゃなくて、生きていたくないんだよ。

 しゃくりのせいで、声は出なかった。

「もしイサナが苦しんでるなら、俺が守ってやる。イサナを苦しめる全てから。ずっとイサナの傍にいて、何があっても絶対に俺がイサナを守る」

 だからこっちへ戻ってきてくれ、彼はそう言った。

 私は恥じらいも何もかもを捨ててフェンスをよじ登った。どの道飛び降りる勇気なんてなかった。

 私が反対側へ降りると、マヅチが私の背中に両腕を回した。二度と離すまいとするように、きつく抱きしめられた。

「気付いてやれなくてごめん……」

 マヅチの声は湿っていた。彼もまた泣いているようだった。

 私はマヅチの腕の中でこぼした。

「私、もう生きていたくない……頭の中が……おかしくなってる」

 その後、私は自分がいじめられていることだけをマヅチに伝えた。狂った頭の中のことは、自分でもどう説明すればいいかわからなかったし、説明したくもなかった。

 マヅチは一切の揉め事を起こすことなく、私への嫌がらせをなくして見せた。彼はレンジュと協力して、私と他の子たちとの間を取り持った。みんなと仲良く話せるようにとまではいかなかったが、少なくとも、彼らと互いに無視し合う関係は二人のおかげで潰えた。

 あの日をきっかけに、私とマヅチの関係は友達の枠を超え、レンジュもまた私の家族に等しい大切な存在となった。

 二人の助言に従って、私は母親とも少しずつ言葉を交わすようにした。そして中学に上がる頃には、私は二人以外にも友達と呼べるような存在ができ始め、それまでのことは過ぎ去った悪夢として捉えられるようにまでなっていた。

 中学に上がって二年目の夏、私とマヅチはレンジュから彼の故郷への旅行に誘われた。

 私は、自分の根本は何一つ変われていなかったのだと知った。


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