十日目(四)
「今もまだ、死にたいと思っているのか?」
私はマヅチの手の下にある自分の拳を握った。
「あの時も言おうとしたんだけどね、マヅチ、私は死にたいんじゃなくて、生きたくないの。違い、わかる?」
彼は答えなかった。
「私はね、夜が来るたびに、幸せの定義とか生きる意味とか、そんなことを考えては孤独と恐怖に襲われて不安に駆られる、そういう過ごし方はもう嫌なの。でもね……私に普通に生きる道はないから、ずっと苦しみながら過ごさなくちゃいけないでしょ? そんな未来、私は生きたくないの」
途中、再びこみ上げてきた涙に一度言葉を詰まらせてしまったが、きっと言いたいことはマヅチに伝わっているだろう。
「一番つらいのはね、この痛みなの……」
胸を押さえた私の手が熱くなっていた。また、あの身体の真ん中を貫くような痛みがジンジンと私の胸を締め付けている。強い悲しみを覚えた時に、こうして物理的な痛みが生じる。
「ねえマヅチ、どうしたらこの痛みは消えるのかな……どうしたら、生きたいって思えるのかな」
私は涙をこらえて尋ねた。
こうしてまた、私はマヅチに頼ることになる。確信した。もうきっと、私はマヅチ無しには生きていけない。
「ごめん、俺にもわからない」
私は瞼の力を抜いて、足元へ視線を落とした。
「でも、生きる理由なら……」
「わかるの?」
私は隣を見た。
彼は首を振った。
「イサナの生きる理由なら、与えられるかもしれない」
与える……? 私には新鮮な考え方だった。
「イサナはさ、もしこの世に人間が独りぼっちでいたら、どういう理由で生きていけなくなると思う? 食べ物があっても、寝るところがあっても、たぶん、その人は生きていけないよね」
「寂しいのに、誰にも支えてもらえないから?」
それ以外に思いつかなかった。
「もしくは、誰のためにも生きることができないから」
その答えを聞いた瞬間、私はなぜだか、それはマヅチの口から出るのにとても自然なものに思えた。ふさわしい、の方が近いかもしれない。
「イサナはまだ自分自身を受け入れられないかもしれない。だから自分が生き続けるには理由が欲しい、そうだろ? もし何か大切な生きる理由が必要なら……俺のために、俺のためだけに生きてくれないか? それとも、俺なんかのためじゃ無理か?」
マヅチは眉を寄せて深刻そうに私を見つめていた。
真面目に訊いてくる彼の態度に、私は笑ってしまった。
「ううん、きっとできる。マヅチとレンジュ、二人のためだと思えば、生きられる気がする。二人なら、大切に思えるから。そっか……マヅチとレンジュが、私の生きる、大切な理由……」
私は泣き虫だとからかわれたくなくて、両手で顔を覆った。
「イサナ?」
私があの日飛び降りることができなかったのは、絶望に閉ざされたと思い込んでいた真っ暗な未来に、二つの小さな光の粒が残っていたからかもしれない。
それは目の前の道を照らすには心もとないが、見て見ぬふりをできないくらいには、私の目の前で眩しく輝いていた。
「私にも……まだ生きる理由があったんだね」
マヅチは私が落ち着くのを待ってから、「そろそろ戻ろう」と腰を上げた。
「うん」
マヅチに続いて私も立ち上がったその刹那、背後でカサカサと音がした。
私は飛び上がりそうになりながら振り向いたが、少し離れた背後の茂みは葉の形さえわからないくらい暗くぼんやりとしていた。もうそこに生き物の気配はなかった。
「大丈夫だよ。この島に人間より大きい動物なんかいないから。もし襲ってきても俺が撃退してやるよ」
マヅチは気楽そうに笑って力こぶを叩いて見せた。小心者の私を気遣ってくれているようだった。
周囲の物音に敏感になりながら、私たちは闇に没した木立の間を歩いた。気恥ずかしくて手を繋ぎたいとは言えなかったが、マヅチの半歩後ろを歩く私は、無言で彼のオレンジのTシャツの裾を摘まんだ。気付いた彼は、すぐに私に合わせて歩調を緩めてくれた。
拠点に着くと、火の傍らでレンジュが心地よさそうな寝息を立てて眠っていた。私たちはレンジュを起こさないよう、足音を忍ばせて床に就いた。




