もう一人の兄弟
確か、この辺りのはずだった。
陽の差す活気のある街並みを見回しながら歩く。
兄さんか姉さんで間違いないはずだった。
苗字が出ているのだから。
十代半ばほどだろうか、まだ若い。
服装は白い小袖に黒いゆったりとした上着を来て、下は灰色の袴だ。
体つきは、この歳にしては育ちのいい方だろう。
くせのない長い黒髪を頭の後ろで結っておろしている。
端整な顔立ちでぱっちりした目の瞳は黒いが、それは片眼だけで、左目には黒い眼帯をつけている。
どこかの誰かさんに似た服装だ。
「流石に洛陽は栄えてるね。涼州とかとは大違いだね」
ぼそり、と呟く。
少女にしては、少し声は低いのか。
眼帯の少女はお昼も前の洛陽にいた。
いつも通り、大通りには人が往来していて落ち着きがない。
店は客を呼び、客は昼飯の店を探している。
しかし、少女は別に飯店を探している訳ではなかった。
「ここ、かな?」
私は一つの家の前に立った。
洛陽の街並みに並ぶにしては、ちょっと質素な家かな。
ここに黒薙さんって人が住んでいるらしいんだけど。
だけど、人の気配がしない。
周りは気配で沢山だけど、この家だけなにも感じられなかった。
「おい、そこの」
訝しんでいると、投げやりな声が私を呼んだ。
横に顔を向けると、官軍の隊長らしい身なりの男が二人の兵を引き連れていた。
「なんでしょう」
そちらに体を向けつつ、左手で腰の物にそっと触れて確認した。
「この家になにかようか? 誰も住んでいないぞ」
「変ですね。黒薙さんという方を訪ねに来たのですが」
「お前、黒薙の知り合いか? なら、ちょっとこっちへ来てもらおうか」
男が指示して、兵がこちらに槍を構えて駆けてくる。
睨みつつ、後ろへ下がる。
物々しい雰囲気に、民たちが私たちの周りから離れる。
「何故でしょう? 私は、なにも悪いことはしていませんが」
「悪いが上の人が黒薙を気に入らないってんでな。俺は黒薙にはなんの恨みもないが、上が言うんじゃ仕方ない。お前はなにか知ってそうだからな、黒薙を追う手掛かりになるかもしれない。だから、来てもらうぞ」
だいたい話はわかった。
兄さんか姉さんかわからないけど、やっぱりこの世向きじゃないね。
「それは私もおんなじかな」
「さっさと捕らえろ!」
ぼそりと呟くのも聞こえないらしい。
男が命ずるのに、兵は槍を振り上げる。
「黒薙流破壊『黒砕(くろさい)』」
また、ぼそりと呟いて左腰に差していた物を振った。
木の折れる音が二つ。
槍の穂先が二つ、根本から折れて地に落ちた。
私の右手には黒い竹刀が握られていた。
「な、なんだぁ?」
二人の兵と男は何が起きたかわからなかったらしい。
「また探し直しかな。ここじゃないなら、どこかな」
もう、男たちを無視して踵を返す。
竹刀を腰に差し戻す。
周囲の民たちもざわめくけど、それも気にしない。
私は黒薙雛菊(ひなぎく)、ここでの名前はまだ付いてないよ。
とりあえず、よろしく。




