忠臣の頼み
「区星は城に拠点を構えている。それを引きずり出さないことには始まらないだろう」
地図を広げて言う。
龐統と黒慰が食い入るように地図を見始めた。
龐統のとんがり帽子と黒慰のあほ毛がつつき合う。
二人とも、軍師という性格がそうさせているのだろう。
立派な一室だ。
部屋の窓から差す光は白い。
月明かりだ。
部屋の中は壁や卓上の灯りが灯されていた。
一室には俺たち、旅の一行が地図を広げた卓を囲んでいた。
自分に叛徒の討伐が来たのは意外だった。
むしろ、高官か誰かの差し金ではないか、と疑った。
「長沙は水路で入り組んだ土地です。走舸を出しましょう。今回の反乱鎮定は私に一任されましたから、それくらいは許可をくださるはずです」
俺の隣にいる、肌の白い細身の少女がはっきりと言った。
自分より一つ年下か。
肩にかかるくらいの真っ直ぐな髪も白く、病弱な印象が強い、しかし黒い瞳の目は意志が強い。
伊籍機伯と依頼してきた少女が名乗った時から、 その疑惑は消えた。
伊籍は荊州牧・劉表が家臣だ。
襄陽に腰を据える劉表に襄陽より南部の長沙の反乱を鎮定するよう、命令されたらしい。
「しかし、肝心の練度がどれほどかわからぬことには、なんとも言えません」
「仮にも正規兵です。訓練をしていない賊を吸収した叛徒ごとき、操る者の器量でどうにもなりましょう」
黒永が伊籍の言い様に眉を潜める。
別に俺は気にしないけど、俺の器量を疑うような言い方をした伊籍に腹を立てたんだと思う。
「──まあ、揚州の孫策や陳留の曹操などに比べたら、私たちの軍は脆弱極まりないでしょうが」
伊籍が諦めたようにため息をついた。
「しかし、それほどの見識があるなら区星を鎮定できるでしょう。何も、私たちを雇わなくても良かったのではないですか?」
「私の用兵技術など、たかが知れています。所詮、私は文官です。武官ではありませんから」
姉さんに伊籍が返す。
区星は朝廷に反乱を起こした叛徒だ。
荊州南部の長沙に反旗を翻し、周辺の賊徒を吸収したのだ。
それをもってして長沙の城を占拠した区星は、城を拠点に周辺を荒らしている。
「見たところ、黒薙さんたちは武勇、用兵共に優れたものをお持ちです。あなたたちの眼も、信用できます。報酬なら払います」
「別に、報酬はどうでもよいのですが。既に引き受けました。断りなどしませんよ」
ちょっと鼻で笑った俺に、伊籍も力無く笑う。
「兵はどのくらいですか?」
黒慰が何か楽しそうに訊く。
楽しそう、というか夢中になっている。
何か考えることがあると、それを考えに考え抜く。
その先の計算尽くした答えは、洗練されたものだ。
熟考の軍師と言えるかな。
龐統も地図から目を離さない。
対して、黒希と黒破と黒永は黙って聞いている。
黒希と黒破は戦場でこそ、その機転が効く。
だから軍議は何か言うことは少ない。
黒永は全部の話を聞いてから、全部の話を検討して意見を言う。
補佐によく向いているのだ。
「長沙の城にいる賊が二千、対してこちらは六百です」
「──事情は、訊きますまい」
周りは驚愕するけど、言った俺と姉さんはそうでもない。
「いえ、単に軍事の指揮権を握っている蔡瑁に嫌われているだけです。今回も、私の厄介払いにちょうど良いと思っているのでしょう」
思った通りだった。
洛陽に仕官していた頃の俺と似ている。
自身よりも高位の人間に疎まれて、このような無茶を押し付けられたのだろう。
荊州牧の軍事指揮官なら、万単位の兵くらい動かすことは可能だろうに。
「私は、まだ死にたくはありません。しかし、劉表様に忠義をここで貫いてみせたいのです。無茶なのは百も承知です。ですが、どうか、この反乱を鎮定してください。お願いします」
頭を下げようとする伊籍の肩を止めた。
とても華奢で、軽く殴っただけで折れてしまいそうな肩だ。
「お任せください。このくらいの賊、この黒薙が打ち破ってご覧に入れます。──翌朝、出陣して軍の動きと動かし方を慣れさせる。行軍しながら区星の引き抜く方法を考える」
黒永以下が返事をする。
兵を操るのは久し振りだ。
腕が鈍っていなければいいけど。




