個人レッスン
碧衣さんが来てから二週間が経った。
相変わらず毎日無表情で淡々と仕事をこなすだけ。
いくらフレンドリーに話し掛けても反応薄いんだよねー・・・。
人と関わるのあまり好きではないんだろうか?
慣れるまではツキノン達への差し入れは一緒に行くことにして、今も鳴ちゃんの部屋にいるんだけど、みんなが色々話し掛けても一言二言返事するだけ・・・。
ツキノンと鳴ちゃんも少し疲れて来てるみたいに見えた。
そんな日々が続いたある日、それは起こった。
その日は用事があって、差し入れに行けなかったので仕事終わりに鳴ちゃんの部屋に向かうと・・・
廊下の端から何か鋭い声が聞こえてきた。
あの場所はあたしがツキノンと二人でよく話す場所だ。
角からのぞくようにして見てみると・・・
ツキノンと碧衣さんだ!
どうやらツキノンが碧衣さんに何か言ってるみたいだけど・・・
「いいかげんその態度、どうにかなりませんか?」
ツキノンの声はいつもと違って穏やかじゃない。
イライラを含んだような声色だ。
「鳴くんもキャロさんもあなたと仲良くなろうと頑張っているのにどうして何も応えようとしないんですか?」
「・・・別にそんなこと頼んでないですから」
と顔色一つ変えず冷静な態度で言う。
長身の見目麗しい二人が向かいあってると絵になるなー。
碧衣さんのカッコが執事だからまるで男同士で見つめ合ってるように見えて少し危なげ・・・。
「あなたには社会性というものが備わってないみたいですね」
「・・・・!」
あっツキノンってば、碧衣さんを壁際に追いやり始めたよ!
まさかまさか・・・また変貌しちゃった??吸血鬼ツキノンに。
あたしはハラハラしながら様子を見ている。
「僕が教えてあげましょうか?」
と碧衣さんの顔の横に手をついた。
きゃー!
至近距離まで詰め寄ってて、見てるこっちがドキドキしてきちゃう。
あたしもあんな風にされてたのかと思うとちょっと恥ずかしくなってくる。
されてる側とこんな風に見る側とじゃ感覚が全然違うなぁ。
碧衣さんは今どんな表情をしているのか、見たいのにここからじゃツキノンの腕に隠れて見えない。
「個人レッスンして欲しかったらいつでも相手してあげますので」と妖しい目をして怖いくらいに優しげな声で言う。
「け、けっこうです!」
と言う碧衣さんの声はいつもと違って動揺が見えた。
「だったらもう少し努力してください」
「・・・・」
「次会うとき楽しみにしてますから。場合によっては・・・個人レッスンです」
とツキノンは碧衣さんの耳元で囁くように言い、身を翻しまた鳴ちゃんの部屋に戻って行った。
はぁぁぁぁ・・・・
なんだか緊張の糸が今切れたみたいにホっとしてる。
碧衣さんは壁際にもたれたまま全く動かないし。
もしかしてだいぶびびっちゃったんじゃ??
あたしは思わず碧衣さんの元に駆け寄った。
「あ、碧衣さん大丈夫??」
「え・・・あ、はい」
なんだかボーっとしてる。
いつもの冷たい感じではなくて、ちょっと魂が抜けてしまってるような・・
「ツキノン、あー言ってたけど、無理はしなくていいからね!自然体でいいので!」
「・・・はい・・・すみません」
碧衣さんすっかり元気を無くしてしまったみたいでちょっと心配になる。
「驚いたよね・・?ツキノン、悪い奴じゃないんだけどたまに感情的になるとあんな態度出すんだ」
「たまに?今までもあったんですか?」
「うん」
「あの人は危険な匂いがします・・・私と同じ匂い・・・」
「え??」
「いえ、何でもありません。ただ、先ほど言われた言葉は一方的で腹は立ちましたけど、一理あるなって思いました。」
「?」
「私、確かに社会性が欠けてると思います。よく言われるんです。無表情で愛想がないって」
その顔は少し悲しげに見えた。もしかして気にしてるのかな?
「いいんじゃないかな?そのままで」
「え?」
「それがあなたの個性でしょ?」
「・・・・」
「あっもうとっくに定時過ぎてるよ!碧衣さん帰らないと」
「・・・そっか、無駄な時間ではないんだ・・・」
「え?」
「こうしてお話しする時間は無駄じゃないんだなって今気付きました・・・。今日は定時では帰りません・・・もう少しお話したいです」
「碧衣さん!」
初めて碧衣さんが歩み寄ってくれた、そんな風に思えた。
次の家庭教師の日。
あたしと碧衣さんは今日は一緒に差し入れに行くことができた。
碧衣さんと少しずつ話ができるようになってきたから、今日のティータイムはいつもより盛り上がるかもしれないと期待していたのに、
なんだろう・・・この感じは。
碧衣さんがなんとなくあたしたちの輪から少し距離を置いているような・・・?
あれー??おかしいなぁ・・・。
「碧衣さんって休みの日は何してるの?」とあたしが聞く。
「一人で出掛けたり家で読書をしたりしてます」
「へ~どんな本読むの?」と鳴ちゃん。
「色々読みますがホラーが好きです」
「えー意外」とあたしと鳴ちゃんが声を合わせて言った。
話は前よりもはずんでるし、碧衣さんの言い方も前より温かみを感じる。じゃあこの変な距離は・・・?
「おすすめは何ですか?」
とツキノンが話し掛けると碧衣さんはかすかにびくっとなった。
「・・・えっと・・・」と言葉を急につまらせる。
そんな碧衣さんの態度を見てピンと来た。
あー!そういうことか!
碧衣さんツキノンと距離をとってるんだ!
今の立ち位置もツキノンから一番離れた場所にいるし。
原因は・・・あれしかないよね。この前の一件・・・。
もーツキノンやり過ぎなんだよ~!加減を知らないからー。
「あっ私そろそろ帰ります」
と定時になったとたんまた碧衣さんはさっそうとドアの方に歩いて行き出て行った。最近は定時を気にしなくなったのに、やっぱり明らかにおかしい。
「ツキノン!」
「何ですか?」
しれっとした顔しちゃって~!
仲良くしてもらおうとしてあんな行動に出たのに、逆に避けられちゃってどうするんだよ~!
あたしたちのことを思ってしてくれたのは嬉しいけど、そのことでツキノンが嫌われちゃったら何の意味もないよ。
「いいの?あんな風に距離置かれて。これからも続くよ?」
「うーんさすがにやりにくいですね」とすぐさまあたしの言いたいことを悟るツキノン。
「はい、それなら行ってらっしゃいませ」とあたしはわざとらしく一礼をする。
「行ってまいります」とツキノンもあたしにノッかって恭しく一礼し素早く部屋から出て行った。
「何なに??何が起こってるの?」
と鳴ちゃんが見るからにわくわくしたような顔で聞いてくる。
「行かせたものの気にはなるなぁ・・・鳴ちゃん!お得意のあれやろう!」
「へ??」
「後つけよう!」
「・・・ラジャ!!」
そうしてあたしと鳴ちゃんも部屋を出て、この前と同じ場所へ向かった。
ツキノン今度はちゃんとやらなくちゃダメだよ~!
やっぱりその場所に二人はいた。
あたしと鳴ちゃんはバレないようにこっそりのぞく。
ちょうど背の高い観葉植物が置いてあるからそれの陰に隠れて見ることができるんだよね。
「修羅場だ修羅場♪」
「鳴ちゃん、しー!」
二人の会話が始まる。
「そんなに僕の事怖いですか?」
「別に怖くありません」
「じゃあどうして避けるんですか?今も僕の目を見ない」
「さ、避けてなんか・・・」
あー!またじりじり詰め寄ってるー!
ダメだってまた怖がらせちゃうよ!!
「ツキノンいつもと雰囲気違う・・・」
と鳴ちゃんが驚いてつぶやく。
あっそっか。鳴ちゃんはこういうツキノンは見たことないもんね。
鳴ちゃんの前ではツキノンはいつも穏やかだから。
再び二人の方を見る。
「けど、キャロさんたちとは少し仲良くなってるみたいですね。安心しました」とツキノンはいつもの穏やかな口調で言った。
そうそう!その調子だよツキノン!
「僕とも同じようにしてくれると嬉しいのですが」
「そんな言葉は私には通じないから!」
碧衣さんの様子がいつもと違う・・・。
やけに感情的になってるように見える。口調が強いし顔つきも少し気迫がある。
「え?」
「望んでないでしょ?私の事なんてどうでもいいと思ってる。全てはあの二人の為。あなたの頭にはそれしかない」
「・・・どうやらあなたは相当頭が切れるみたいですね」
「・・・・」
「けど仲良くしてもらわないと困るので、・・・無理にでも」
きゃーーー!
また迫ってる(ように見える)!!
「仲良くしてくれますよね?」と妖しげな目で碧衣さんを見つめる。
「・・・・」
「ハイと言わないと口に噛みつきますよ?」と顔を覗き込む。
「!!」
「言わないってことはいいんですね」とそのまま顔を近づけていく。
きゃーーーーー!!ダメーーーーーツキノン!!
あたしは顔を覆いたい気分だった。ハラハラドキドキし過ぎて。
「・・・・・わ、分かったよ!!」
「・・・よろしい。ではまた次のレッスンでお会いしましょう」
そう言ってツキノンは碧衣さんの元から離れこっちに向かってきた。
ヤバい!!
鳴ちゃんの部屋に戻るには今あたしたちのいるところを通らないといけないんだ!
アタフタしてたらもう近くまで来ていた。
なんとかこのまま気付かず通り過ぎてくれないかなぁなんて甘いことを考えたんだけど、ツキノンがそんな甘いわけがなかった。
「二人とも悪趣味ですよ」
きゃーー見つかった!
ジローっと半分呆れた顔でこっちを見てる。
「ごめーん気になって!」
「はぁ・・・もういいですよ。っていうかすみません。またやらかしてしまいました。
あの子を前にするとどうもあーいう態度をとってしまいます・・・。すみませんが後のフォロー頼みます。」
「・・了解」
ツキノンがかなり反省してるように見えたから咎めることができなかった。
「ツキノンって実はドS だったんだ!今まで全く気付かなかったよ~」と鳴ちゃんはいつも通り明るい声で言う。
ツキノンがドS??
そっか!そうだよね。今までそんな風に思わなかったけど、考えてみたらさっきのツキノンはかなりドSな態度だった!
「ついにバレてしまいましたか」と力なく笑う。
「いいじゃん、なんかカッコよかったし。これがギャップってやつかー」鳴ちゃんは相変わらずお気楽に感想述べてるけど、
ツキノンのドSはかなりタチが悪いんだからね!!
ここではあたしが一番の被害者!
なんてったって・・・・
「キャロ、急に黙ってどうしたの?なんか顔赤くない?」
「えっ!い、いや何でもないよ。それより碧衣さんが心配だから行ってくるね!」
「お願いします。じゃあ僕はここで」
「うん、またね~」
はぁヤバいヤバい、吸血鬼事件を思い出しちゃった。今から思うとあれはかなり刺激の強い事件だったよ・・・。
それより碧衣さん大丈夫かな??
今度こそ本当に魂が抜けてたらどうしよう!!
「碧衣さーん!生きてる??大丈夫~?!」
「・・・・」
「碧衣さん?」
碧衣さんうつむいて肩を震わしてる・・・。
よっぽど怖かったんだ・・・。
「もう大丈夫だからね、あたしきつく言っとくから!もうドSなことしないようにって!」
「キャロさん・・・その必要はありません」
とうつむいたまま小さな声でつぶやくように言った。
「え??」
「・・・あの野郎・・・」
ん??今ハスキーな低い声が?
一体どこから??
「あの野郎、もう勘弁ならねーーー!」
と碧衣さんがバっと立ち上がる。その手にこぶしをきつく握り締めて。
「へ?!」
あ、碧衣さんの声だったの?!
ってか声だけじゃなく雰囲気もいつもと全然違う。
全身メラメラ怒りで燃えているような・・・
あたしは床にペタンコ座りしたまま、ポカンとした顔で碧衣さんを見上げた。
碧衣さん、もしかしてキレた・・・?
「次会ったらぶっ殺してやる!!」
やっぱりキレてるー!
いつもの冷静な碧衣さんは今どこかにいってしまってるみたい。
なんか今の碧衣さん正気を失ってる感じで怖いよ~~~~。
あたしのことも今は全然見えていない感じでどこか遠くを睨むように見てるし。
「碧衣さーーーん」とあたしは泣きそうな声で呼んだ。
すると碧衣さんはハッとなって
「・・・・あれ?私、今・・・」
あっ急に雰囲気がまた変わった!炎が消えたような?
いつもの碧衣さんに戻った?
「碧衣さんあたしのこと見えてる?」
「は、はい・・・す、すみません。私今我を失ってたみたいで・・」
よかったーー!いつもの碧衣さんだ!
「ううん、いいの。ちょっとびっくりしたけど」
「ほんとすみません、たまにあるんです・・・こういうこと」
「そうなんだ・・・」
「引きましたよね・・・」と少しシュンとなってる。
「ううん、違うの、碧衣さんよっぽどツキノンに腹が立ったんだなぁと思って」
「・・はい・・ムカついてます・・・とても屈辱です。どうやら私の分析は当たってるみたいで。」
「分析?」
「はい。私どうやらドSには弱いみたいで・・・それは私がSだから」
「え!!」
「SはドSに弱いんです。この方程式分かります?」
「・・・全然・・・」
ってか碧衣さんのS発言に今すごく驚いて思考停止しちゃったよ。
でもそんなあたしにかまわず話を続ける。
「いいですか、Mは実はSに強い。だってSの行動に喜べるから。
でもSはSの行動に弱い。だって喜べないし、むしろムカついてしまう。どSの行動にはなおさらです。ムカつくどころかとまどってしまって身動きすらできなくなる。情けないですが私の今の状況がそうです・・・」
と碧衣さんはやるせない顔で溜息をついた。
「ふむふむ。なんとなく分かった気がする。」
碧衣さんの説明はなかなか分かりやすかったな。
なんか今度はあたしが碧衣さんに個人レッスンされてるみたい。
「ただ勝機はあります」きらっと碧衣さんの目が光った気がした。
勝機??
「え?何々?ツキノンに勝つことができるの?どうやったら?」
碧衣さんは一呼吸置いた後、
「・・・自分がどSを超えた存在になることです」
「!」
どSを越えた存在???
なんか想像もつかないんだけど・・・。
「けどそこまでいくと変態の領域に入っちゃうかもなんで、とりあえずこっちも負けないようにどSな態度で攻めることですね!」
「それが勝機・・・あれ?でもさっきMはSに強いって言ってなかった?そんな超人みたいにならなくてもMになればいいんじゃ??」とあたしは疑問に感じたことを言ってみた。すると・・・
「それは私も考えました・・・でも絶対無理です!それこそ屈辱です。演技でもあいつのどSを喜ばないといけないなんて!そんな醜態さらせません。だから私はどSを超えるしかないんです!」
と熱く語られた。
そこまで言うならもうどSを超えてもらうしかないみたいだな。
それってでも大変そう・・・。
「碧衣さんうまくやれる?」
「いえ、私もあまり自信ないですね・・・。実際どSに勝てるかどうか・・」
「あのさ・・・さっきから何の話してんの?」
どっきー!!
その声は・・・バッと振り返ると・・・
「響!」
バイトから帰ってきたんだ!
今のもしかして聞かれてた??
「SとかどSとかっておまえら変態女子?」と完全に呆れた顔をしてる。
ぎゃーーーー聞かれてたみたい!!
響に聞かれるなんて最悪だーーー。
「おかえりなさいませ。響様、つまらない話を聞かせてしまって申し訳ございませんでした」と碧衣さんは急に仕事モードに切り替わる。
さすがだなぁ。いつものクールビューティー執事になってるよ。
この二人はもう何回か屋敷で顔を合わせたみたいで、前に響もそう話してた。執事のカッコを初めて見たときはさすがに驚いたって。
「二人の邪魔をしてはいけないですし、私はここで上がらせていただきますね。お疲れ様でした」
と一礼し、またいつものように風のごとく去って行く。
えー!!!
今この状況で帰っちゃうの?!
響にフォロー一切なし?!
しーーーーん・・・。
なんて言い訳しよう?
あたしがちらっと響を上目遣いで見ると・・・
「おまえってどっちなわけ?」
「え?」
「だからSかMか」
「!!そ、そんなの分からないよ!」
考えたことないし!
「ふーーん。じゃあオレがはっきりさせてやろうか?」
「え?」
響? なんか・・・・俺様モードになってない??
気のせい??
「あっ!」
腕を急に掴まれて引っ張って行かれる。
えーーーーー!何なの一体!?
響の部屋に入るや否や
「きゃっ!」
ベッドに押し倒された!!
響は上に乗っかり、あたしの両腕をそれぞれつかんで動けなくする。
そして顔を近づけてきて至近距離で止めた。
「どう?こういうの、嬉しい?」
かぁぁぁぁぁぁ・・・
嫌だ、試されてるの?
「う、嬉しくない」
「ほんとに?」
とあたしの首元に顔をうずめた。
「!!」
「ほんとのこと言わねーとこのまま襲う」
「!!」
きゃーーーーー!!
そんなこと言われたって、
ほんとのことなんて恥ずかしくて言えるわけない。
本当は・・・・・なんて
「言って?」
「だから嬉しくないって言って・・・」
「嘘つくその口にはお仕置きだな」
「んっ・・!」
いつもより強引なキス
身も心もとけてしまいそうな気になる。
しばらくして・・・
「よかった?」と意地悪な声で聞いてくる・・・
あたしは観念してしぶしぶうなづいた。
すごく恥ずかしくて響の目は見れない。
「やっぱおまえはMだな」
「響は正真正銘のSだよ」
とあたしはスネて言う。
碧衣さん、さっきの分析あたしにはあてはまらないかもしれない。
響に勝ってる気なんて全然しないんだよ。
むしろ負けてる。
あたしは響には敵わないよ。




