22
パーティの後からすぐに公爵邸には数えきれない程の手紙が届くようになった。
手紙以外にもプレゼントや招待状なども届いていたようだが、全てレオリオンが目を通し振り分け、私の元には純粋な感謝のこもった手紙だけが届けられた。
毎日時間をかけてゆっくりと読んでいく。
多くは貴族の子どもが書いた手紙だったが、字の書けない平民の子は似顔絵を描いてくれたり、孤児院の子どもたちの寄せ書きもあったり、さらにはその子たちの親からも手紙が届いたりした。
「見て、四葉のクローバーの押し花が一緒に入っていたわ」
「本当だ、一生懸命探したんだろうね」
「ふふ、“ベル様の元に幸せの花がたくさん咲きますように”ですって。嬉しいわね」
ベッドの上で座っているレオリオンの胸にもたれかかり、私のお腹には彼の手がある。私が小説を読むときの定番の体勢なのだが、今では手紙も読む時もそうしている。
「私は言葉も感情も貧相だから、子どもたちがこんなに言葉が達者なの感心してしまうわね」
「ルルは幼い頃から我慢ばかりしてきたからね。でもその分表情はすごく正直で、何を考えているのかはすぐわかるよ。たまに言葉に出ているし」
そうだったかしら?と首を傾げると、『俺だけが覚えてればいいからね』と私のつむじに口付けを落とす。
「ルルが俺に甘えてきてくれた時なんて悶絶だったよ」
「甘えたことなんてないわ」
「好物なのに『美味しくない』て言ったり、痛くないのに『痛い』って言ったり、本当可愛かったな」
「あれはレオリオンに早く嫌われようとしてわがままを…!」
「うん、もちろん知っていたよ。でもあれはわがままって言わない。甘えるっていうんだ」
あんな嫌がらせの小言が甘えている?それはあまりにもレオリオンの解釈が歪んでいる気がする。すると頭上から『また顔に出ているよ』と楽しそうな声が聞こえる。
「これからももっと俺に甘えて、俺がいないと生きていけないくらい俺に全てを委ねて」
「もうそうなっているわ」
「まだ足りない。もっともっと俺をルナベルの一部にして」
レオリオンと気持ちを通わせたあと、明確に分かったことがある。
私はいつかレオリオンが私を側を離れていくのではないかと怖れていたが、それは全くの杞憂だということだ。
以前から私の世話を焼きたがっているのは知っていたけど、今は仕事を休みひとときも私から離れない。さらには、私に床を歩かせてもくれず、なんならフォークも持たせてくれない。はっきり言って異常だ。
そして日中は何もできない赤ちゃんかのように過剰に世話を焼くくせに、夜は猛獣のように私を求めた。指先までも激しく触れてきては、全身をくまなく愛される。今では彼の方が私の体について詳しいだろう。
それもあってか朝は全く動くことはできず、結局は彼に全てを任せてしまってる。
ついには呼び方までも『ルル』と愛称に変えた彼の暴走は止まることを知らない。
「レオリオンはいつまで仕事休むの?」
「そのことなんだが、近々魔法騎士団をやめるんだ」
「え!何かあったの?」
「ああ、祖父が体調を崩してね。予定よりだいぶ早いが爵位を引き継ぐことになった」
「なんでそんな大事なことを今まで黙っていたのよ!お祖父様は大丈夫なの?」
そんなことになっているだなんて知らなかった。
貴族のことはわからないけれど、当主が倒れ爵位を引き継ぐだなんて一大事に決まっている。しかし、レオリオンは一週間くらいずっとここにいる。どう考えてもこんなことしている場合じゃない。
「祖父は命には別状はない、仕事のほうも魔法騎士団随一の天才と言われているが役職はないから引き継ぎもそこまで大変ではない。それより、俺の優先順位はルルだから。何をどうしてもルルの気持ちを手に入れることが第一優先だった」
「もう私の気持ちは手に入ったんだから早くお祖父様の側にいてあげて」
「三年はかかると思っていた。ルルの全てを手に入れるためには、そのくらいの時間は必要だろうって」
「どうしたの、急に。私が単純って言いたいの?」
「確かに、そうれはそうかもしれない、美味しいご飯で簡単に誘い出せるしね」
顎をぐいっと持ち上げられて少し強引に唇を奪われる。舌がいやらしく歯列をなぞり、魔力が流れ込んでくる。
「ん…」
「気持ちいいことにも大好きで、本当に心配」
「っん、はあ、何、私がレオリオン意外に唇を許すとでも思っているの?」
「そうではないけど、美しすぎる恋人を持つと心配は尽きないものだよ」
国一番の美貌の騎士が何を言っているんだか、この前のパーティでもご令嬢たちにキャーキャーと騒がれていたのはレオリオンの方なのに。
「俺はね、自分の持っているものは全部利用してルルを手に入れると決めていた。人より多い魔力も、突然手に入れた公爵家の跡取りという身分も。この顔だってそうだ。興味はないが情報収集のために貴族たちにも愛想はよくした、民衆の人望を集めたのも全部ルルを手に入れるため」
『当たり前だけどルル以外の人に興味はないから安心して』と囁かれる。もしかして私また顔に出ていたのかもしれない。
「予定では三年、その間に学友でもある王太子が即位し、妹のミシェルもアカデミーを卒業する。その間に月蝕の魔女の全てを手に入れ、俺の妻にし襲爵する。そういう予定だったんだ。でも、もうルルの全てを手に入れた。そう思っていいよね?」
「もう余すことなく全てレオリオンのものよ」
「ああ、夢みたいだ。ルルから気持ちを返してもらえることがこんなにも幸せだなんて。もうルルなしで生きていくことはできない」
レオリオンの手のひらが怪しく私の体の線をなぞる。これは彼の悪癖だ。
何か私にお願いがある時、彼は決まって私を体から落とす。もうそんなこと必要ないに。もう彼の頼みならなんだって聞いてあげれるのに。
「レオリオン、大丈夫だから、ちゃんと私に話して、ね。どうかしたの」
彼の頭を優しく撫でると、手が止まり、元のお腹のところの手がおさまる。
『そうだよな、ごめん』と囁くと、起き上がりベッドから降り、私の前に跪く。
「襲爵式に婚約者として出席してほしい」
そう言ってくるだろうとは思っていた。
しかし私は返事を返すことができず、俯いてしまう。襲爵式ではきっとありのままの私でレオリオンの側に立たないといけない。あの気味の悪い黒い姿で。そして私の生家のことも公表しなければならないだろう。自ずと私に関するよくない噂も回る。人間の道理を外れた化け物だと。
レオリオンの大きな手がそっと私の手を包む。
「私、レオリオンの隣に立ちたい。ありのままの自分でレオリオンの妻に相応しいと認めてもらいたい。でもどうしても怖いの。私のことを嫌っている人もいるだろうから、そんな人たちに悪意を向けられたら逃げたくなってしまう」
「ああ、大丈夫だ。ルルが俺の隣に立ちたいと思ってくれているだけで十分だよ」
「こんなにたくさんの手紙が届いて、もう何も怯えることはない、私の存在はマイナスではない、だからもう大丈夫。そう頭では理解しているのよ…!」
「今までそうやって生きてきたんだ。今すぐに価値観を変えて、俺の都合に付き合って欲しいとは思わないよ」
「でも、レオリオンの晴れ舞台だもの。それに婚約者がいない襲爵式はきっとよくないのよね。他の人が婚約者の代わりを務めるのも嫌だし、私頑張りたい」
レオリオンに抱きしめられると、自分の体が震えていたことに気がつく。
自分の生まれのことを考えると拭えもしないトラウマが襲ってくるが、ついに乗り越えるが時がきたのだろうか。
でもきっと大丈夫、レオリオンと一緒ならなんだって乗り越えられる気がした。




