0話 瀬戸内の鬼
「瀬戸内には鬼が出る」
反射的にピクリと体が動いた。机に突っ伏していた顔を上げると、既に帰りのホームルームは終わっており、放課後の喧騒に包まれた教室の出入り口付近で、話し込んでいる生徒がいた。
「いやお前、小学生の怪談じゃないんだからさ」
「本当だって。見たんだよ、昨日!女の鬼を!」
「女の鬼ィ?角でも生えてたのかよ」
ツーブロックの男が髪を掻きながら嘲笑うように、必死に主張するマッシュの男と話している。
「生えてた……かどうかはわからんけど、けど本当にいたんだって」
「瀬戸内の鬼って、あれ迷信でしょ?ていうか、観光用に作り出した話なんじゃないの?」
二人の間に割り込むように声を挟んだのは長い黒髪を毛先だけカールさせた女だ。
「流石に鬼はいないでしょ」と二人が言いながら話が落ち着くようだ。一方、マッシュの男は納得できないようで「でもさぁ」とまだ食い下がっている。
その様子を横目で見ていた俺はおもむろに立ち上がり、机の上の筆箱と机の中の教科書類をまとめて鞄に入れて帰り支度を済ませる。鬼か何か知らないけど、どうせ心霊スポットに行ったのだろう。そういう軽はずみな行動をした自業自得だよ、と心の中で非難する。
鞄を背負い、教室から出ようとしてハッとする。そういえば日直だった。黒板の前に立ち、日付を明日のものへと書き換える。
二〇二五年七月一八日。
明日で高校二年生の一学期が終わり、明後日からはついに待ちに待った夏休み。刺すような日差しを受ける窓に、何食わぬ顔でゴーゴーと鳴るクーラーで冷やされる教室で期待に胸が踊る、そんな日だった。




