「アクシデント」
灰色の雨が、イングランド中部の工業都市を濡らしていた。
その秋の夜、郵便局員のサイモンは、自宅の古ぼけたソファで温かい紅茶をすすりながら、世界的に有名な自動車テレビ番組を見つめていた。
画面の中で、過激な演出で知られる司会者たちの、狂気的な宴が始まろうとしている。
「今夜のターゲットはこれだ」
派手なジャケットを着た司会者の男が、スタジオの片隅に置かれた1台のシルバーのコンパクトカーを指さす。
それはサイモンが4年前、生まれたばかりの娘と妻のために、なけなしの貯金を叩いて新車で買った韓国製の小さな大衆車だった。
「これは『アクセント』なんかじゃない、ただの『アクシデント』だ。溺れることよりも退屈で、乗るだけで魂が削られる」
スタジオが爆発的な笑いに包まれる。画面は切り替わり、別の司会者が「存在価値がない」と吐き捨て、その車をレースでボコボコにした挙句、スクラップ工場のプレス機で無残な鉄くずへと押し潰していく映像が流れた。
彼は、手の中のマグカップがかすかに震えるのを感じた。
隣で無邪気に尋ねる娘の声を、彼はうまく聞き流すことができなかった。
翌朝の職場は、サイモンにとって針の筵だった。
「おい! 昨日のテレビ見たか?」
同僚の男が、淹れたてのコーヒーを片手にニヤニヤと近づいてくる。彼はいつも、自分の所有する洗練されたフランス製ハッチバックのハンドリングとデザインを自慢していた。
「お前の『アクシデント』、よくあんな粗大ゴミに乗って出勤できたな。鉄くず屋に電話してやろうか?」
周りの同僚たちもクスクスと笑う。当時のこの国において、そのメーカーの車に乗るということは「車へのこだわりを捨てた貧乏人」の烙印を押されることに等しかった。
彼は何も言い返せず、ただ黙って郵便物の仕分けに没頭した。
夕方、退勤する彼の足取りは重かった。職場の駐車場、冷たい雨に打たれるマイカーのシルバーが、心なしかいつもより惨めに見えた。
「……お前は、そんなに悪い車なのか?」
ステアリングを握る手に力がこもる。
確かに、この車には胸を躍らせるような加速も、美しい曲線もない。ただ走るためだけの、退屈な四角い箱だ。テレビの言う通り、自分は間違った買い物をしたのかもしれない。サイモンは深い溜息をつき、キーを回した。
家路を急ぐ途中、空の機嫌はいよいよ悪化し、バケツをひっくり返したような豪雨へと変わった。
ワイパーを最速にしても視界は遮られ、道路はまたたく間に川のようになっていく。
アンダーパスに差し掛かったとき、前方にハザードランプを点滅させて立ち往生している数台の車が見えた。激しい冠水だ。
その中に、見覚えのある濃紺のハッチバックがあった。あの同僚のフランス車だった。
お洒落な車は、電気系統に水が回ったのか、ボンネットから力なく白い湯気を上げて完全に沈黙していた。同僚は土砂降りの中、傘も差さずに途方に暮れて立ち尽くしている。
彼は迷わず、自分の車を泥水の手前で止めた。窓を開け、激しい雨音に負けないよう大声で叫んだ。
「乗れ! 早く!」
彼は静かにギアを入れ、アクセルを踏み込んだ。
「フニャフニャで締まりがない」と自動車評論家に酷評されたサスペンションは、荒れた冠水路の衝撃を泥水ごと柔らかく受け止めた。
非力なエンジンは、水しぶきを浴びながらも、一度の息継ぎもせず、回り続けている。
「信じられない……」
シートにしがみついていた同僚が、呆然と呟いた。
「この子はね、見た目は冴えないさ」
サイモンは前方をまっすぐ見つめたまま、少しだけ誇らしげに微笑んだ。
「でも、一度も僕を裏切ったことはないんだ」
ダッシュボードの安っぽいプラスチックの隙間から、驚くほど熱い温風が吹き出し、車内を一気に温めていく。
車は、嵐の夜の濁流を真っ二つに割りながら、確かな足取りで同僚の家へと進んでいった…




