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一人の運転好きとして

自動車雑誌の編集者である高城は往年の名車や最新のスーパーカーを乗り尽くし、「車は文化であり、血統である」と信じて疑わない保守派であった。


ある日、そんな彼の乗るヴィンテージカーが故障により、積載車で運ばれていった。原因は分からない。困り果てている高城を見た整備工場の主任はニヤニヤしながら代車のキーを差し出した。


高城と主任は代車の置いてあるガレージまで歩くが、置いてある代車を見た高城は汚い物を見る目で呟いた。


「冗談だろ…俺にこれを転がせというのか…」


彼の眼前には1台の韓国車が鎮座していた。それはかつて自分が「魂の無い模造品」とこき下ろしたヒョンデ社製、ジェネシスクーペ3.8Lだった。


「高城さん、食わず嫌いは良くないですよ。コイツ、結構面白い車ですから。」


主任はそう言うと、事務室へと消えていった…




翌朝、仕事の為に都内から箱根へ向かう道中の彼は不機嫌そのものだった。


内装のプラスチックの質感を指で叩いて確認しては鼻で笑い、センターコンソールのデザインを「何処かで見たことがあるような造形だ」と毒づいた。彼にとって、この車に乗っていること自体、プロとしてのキャリアに傷がつく行為に思えた。


「歴史も血統もない、ただ部品を寄せ集めただけの機械だ。何が面白いものか」


しかし、箱根のワインディングに差し掛かった時、事態は一変した。小雨が振り始め、路面はハーフウェット。高城はこの「魂の無い模造品」の実力を暴いてやろうと、あえて乱暴にコーナーに飛び込んだ。


だが、車体は裏切らなかった。


3.8L V6エンジンは、予想を裏切るほどキビキビ動き、図太いトルクで後輪を路面に押し付けた。ステアリングから伝わってくる路面状況は驚くほど正確で、大柄なボディが自分の手足のように動く。


「意外とやるな…」


高城は無意識に批評家としての顔を忘れ、一人の「運転好き」に戻っていた。


シフトダウンのたびに上がる咆哮、限界域での粘り、そして電子制御に頼り切らない、ドライバーの腕を試すかのようなスリリングな挙動。そこには、彼が愛した古き良きスポーツカーの感触が皮肉にも、この「模造品」に宿っていた。




その後、立体駐車場の最上階に車を停めた彼は、エンジンを切ったあともステアリングからしばらく手を離せなかった。


「俺は…俺は何を見ていたんだ…?」


彼は、この車を「韓国車だから」「歴史が無いから」という理由だけで切り捨てていた自分を初めて恥じた。この車を造った名もなきエンジニア達が、どれほどの情熱を持って「走る楽しさ」を具現化しようとしたか。


その熱量はステアリングを通じて、確実に彼へと伝わっていた。




数日後、愛車の修理が終わったという連絡が入った。


高城はジェネシスを返却する際、主任に鍵を返し、ボソリと呟いた。


「…悪くなかった、いや非常に良かったよ。」


「バカ言え、俺のプライドが許さない。……だが、次に雑誌で書く時は、もう少しマシな言葉を選んでやるさ」


歩き出した彼の背中は何処か晴れやかだった。


ガレージに残されたジェネシスクーペは相変わらず誰からも注目されないまま、ただ静かに次の「理解者」を、待っていた…

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