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首椿  作者: 真崎いみ
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第6話

高校生のときの夢を見た。それは美術で行った木工の時間のことだった。


木の板を切りわける作業中、同級生の女の子が左手の人指し指の先を切断してしまった。元々緊張感のある作業だったが、その感覚に耐えきれず手が震えてしまったらしい。順番を次に待つ健は、間近にその瞬間を目撃した。


パッと彼岸花の花が咲くように鮮血が散り、一拍遅れて女の子の悲鳴が上がった。

教室は騒然として、授業は中断された。その喧騒に紛れて健は、床に小さく転がった肉片を拾い上げて制服のポケットに隠した。

救急車が呼ばれる自体にまで発展し、ことは最大限に大きくなったことをよく覚えている。


その日の放課後に至るまで、何度か制服のポケットを上からなぞった。そして確かにある、生の肉片に密かに興奮と期待を抱いていた。まるで体温を失わない、熱の塊のように愛しく感じていた。

帰宅する家は施設で、内部では一人になれる時間は少ない。

健は一対一で肉片に向き合いたいと思っていたので、わざとゆっくり帰る支度をして遠回りをすることにした。

町外れの公園のベンチに座り、日が暮れるのをじっと待つ。夕焼け小焼けのメロディーを模したチャイムが、古いスピーカーから流れ出る。間延びしたその曲調はいっそ恐怖をかき立てる。良い子は帰る時間だ。

一番星が光る頃、公園にたった一人。健はようやくポケットから肉片を取り出した。

「…。」

あの子は、指の欠損を気にして生きていくのだろうか。

健は女の子の今後の人生に思いを馳せる。いつか他人に歪な形をからかわれることがあるとて、強く生きて欲しいと思う。彼女が過去を生きた証だから。

一頻り感傷に浸ると、あとは純粋にこの肉片に興味がわいた。

まじまじと見つめると、公園内を照らす一本の照明灯の光にその女の子の血液の赤が、黒く変色して浮かび上がった。まるで黒曜石のようだと思う。触れると、ざらりと粉末状になって血の塊が散ってしまった。残念に思いつつ、手のひらに転がすと肉片の指紋が肌に引っかかる。

「これ、口に入れてみていいかな。」

誰に聞くわけでもなく呟いて、あーん、と口を開けて肉片を放り込んだ。

「…、」

舌で転がすと口腔内の熱で、血の塊が解けるようだった。鈍い鉄のような味を濃く感じる。涙は血液から作られるとはよく言ったものだ、たしかに塩辛くもあった。

前歯で啄むように肉片をかじり、皮膚の硬い感触を確かめると今度は思い切って奥歯で噛み潰してみる。意外に噛み切れない。グミの弾力が強く、跳ね返すようだった。しばらく口の中で転がしていると、唾液でふやけていくのがわかった。

ふーん、と呟きながら健はベンチから立ち上がった。もう施設の門限は過ぎている。帰ればきっと職員に怒られるだろう。それでもいいと思える時間だった。

飲み込んでしまうのが惜しくて帰路につく道すがら、ずっと肉片を口に含んでいた。

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