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39どうしてくれようか

 ガンっと壁にボールペンが突き刺さる音が個室に響き渡る。壁と実乃梨に挟まれた相沢は、実乃梨の様子がおかしいことにようやく気付く。自分の耳もとに刺さるボールペンを見て、ひいと小さく悲鳴を上げる。


「あ、あの」


「うるさい口をこれでふさいでみる?喉奥に突き刺せば声も出ないでしょう?死ぬことができない今のうちに、死ねない恐怖を味わってみる?」


 実乃梨の顔から表情が抜け落ち、抑揚のない声で相沢に問い詰める。普段の実乃梨との違いに驚くとともに、恐怖を感じた相沢はただ震えるだけだった。


「相手は誰?いや、あなたが男性と接触する機会はそう多くない。ましてや、あなたは《《あの方》》とやらから言い渡された任務がある。そうなると、相手は」


 永徳慎吾


 こっそりと耳元で実乃梨の護衛の名前をささやくと、面白いくらいに相沢の顔が青ざめ、肩がびくっと動いた。これでは肯定しているも同然の反応である。永徳の今日の様子を振り返るが、特におかしなところは見られなかった。永徳もかなりの演技派ということか。


 目の前の震える、《《ただの女性》》となり下がる予定の後輩社員。相沢のことは、自分と同じ不老不死で、自分の命を狙う刺客でありながらも、勝手に不老不死仲間と認識していた。それがこんな形で裏切られた。


 この女をどう処分したら、心が晴れるだろうか。この裏切られた気持ちを消化できるだろうか。



「ねえ」


 わからないのなら、この女に聞いてみればいい。目の前の女が《《ただの女》》になれるとわかった途端、相沢に対しての興味が失せてしまった。しかし、裏切った代償として、それ相応のことをしてもらわなくては。実乃梨の傷ついた心は癒されない。


「私が不老不死で悩んでいて、あなたもそれなりに悩みを抱えているのだと思っていたけど、実際はどうだったの?不老不死といっても、どれくらい生きているかによって、不老不死の程度が違うと思うのだけど、あなたはいったい、何年生きてそこから解放されるの?」


 どうして、不老不死からこんなにも簡単に解放されようとしているのか。実乃梨は生きている年数が関係しているのではないかと考えた。実乃梨はすでに、親も周りの人間もすべて亡くなるくらい長く生きているが、相沢はそうではないのかもしれない。


「あ、あの、本当に、私は不老不死ですよ。それは本当です。この紋様は本物で」


「それは疑っていないから安心して。私が言っている質問に答えてくれる?朝の忙しい時間に、あなたをこんなところに連れ出しているの。さっさと答えて。これを身体に刺されたくないなら、ね」


 壁に刺さるボールペンをちらつかせる。相沢は何かにおびえているようだった。それは目の前の実乃梨か、それとも別の何かであろうか。とはいえ、自分におびえられようとも、すでにいろいろ吹っ切れてしまった実乃梨には関係ない。


「ひゃく……」


 ぼそりと相沢がつぶやいた。実乃梨が目線で言葉を促すと、息せき切って話し出す。


「ちょうど、今年で百歳になります!だからこそ、節目の年だなと思って。これ以上生きていたら、本当に自分の周りに知り合いが一人もいなくなる。そうなる前にどうにかしたいと思ったんです!まだ、私の初恋の人は生きています。だから!」


「なるほど、自分が化け物だということに、いまだに気付いていない、と」


 相沢の行動力が何かわかったところで、実乃梨の相沢に対する処分が軽くなるわけでもない。予定通りに選択肢を与えることにした。


「今更過ぎるわね。その人が同い年か、それより下だとしても、相当な高齢であることに間違いはない。正体を明かしたところで、《《ハッピーエンド》》なんてうまくいくはずがない。現実とフィクションの区別がつかないほど、耄碌しているようには見えないけど」


「高齢であることは否定しません。ただし、先輩が思っているより、私は現実を見ています。だって、私がこれから狙うのは」


「もういいわ。その話を私が聞く必要はない。あなたには今から選択肢をいくつか与えるけど、どれがいいかしっかり考えることね」


 こっそりとスマホで時刻を確認すると、始業からだいぶ時間が過ぎている。とりあえず、今は選択肢だけ相沢に示すことにした。




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