23相反する思い
「今日はずいぶんと楽しそうですね。社長からのお話がそんなに良いものでしたか?」
永徳が運転する車に身を沈め、目をつむって今後のことを考えていた実乃梨に、声がかけられる。永徳から実乃梨に話しかけるのは珍しい。
「そんなに顔がにやけていましたか?」
もしかして、顔がだらしなく緩み、見ていられないほどひどい顔になっていたのだろうか。自分の顔をスマホカバーについているミラーで確認するが、普段から見慣れている自分の無表情な顔が映っているだけで、楽しそうには見えなかった。
「なんとなく、そう思っただけです。僕の気のせいだったのかもしれないので、気にしないでください」
「はあ」
「なんだか、栄枝さんがこの場からいなくなりそうな気がして、少し心配で」
楽しそうにしていることが、この場からいなくなることと、どういう関係があるのか。要領を得ない永徳の話に首をかしげる。二人の間に気まずい空気が流れる。その後、二人の間に会話はなく、ラジオの音だけが社内に響いていた。
車は駐車場につき、永徳がスムーズに駐車を終えた。実乃梨はエンジンが切られたことを確認すると、外に出ようと扉に手をかけるが、すぐには外に出ようとせず、そのままの状態で、永徳に視線を向けて話し出す。
「永徳さんが私を心配してくれるのは、護衛の任務をしているからですよね」
「突然、何を言い出すのですか?」
「私のことを必要以上に心配していただく必要はありません。おそらく、週末までにはすべて終わっていると思いますから」
「いったい何のことを……。もしかして、僕たちに隠していることがあるのですか?」
永徳に昨日の《《彼女》》との電話や派遣社員のことを実乃梨がどう考えているか、正直に話すわけにはいかない。実乃梨の直感が話すなと告げていた。
その代わり、社長に嘘をついた時とは違い、すらすらと言葉が口から出てくる。
「何もありませんよ。私が嘘をつけるような性格ではないことは、護衛をしていて気付いているでしょう?しいていうなら、派遣社員の子が私の会社に明日来るということです。社長から聞いていると思いますけど。護衛されるだけで進展がないと、新しいことに目が行ってしまって。不謹慎ですけど、新しく来る派遣社員を想像して、興奮してしまいました」
「ええと……」
永徳は真面目な人間だ。きっと、今までの護衛の仕事でも、依頼者のことを仕事以上に気にかけていたのだろう。仕事をしている内に情が移るタイプなのかもしれない。昨日以前の実乃梨だったら、心に響いたのかもしれない。しかし、今の実乃梨には、永徳の真摯な言葉でも心には響かない。
「永徳さんって、確か、婚約者がいますよね。そんな大切な人がいるのに、よく私の護衛を引き受けましたね」
不老不死とは言え、実乃梨の見た目は三十代。永徳の婚約者が快く承諾したとは考えにくい。きっと、仕事だからと、無理やり自分の気持ちを押し殺して、永徳を仕事に送り出したに違いない。
今日の実乃梨は、他人が自分の心配をしていることにいら立ちを感じていた。そのため、永徳のことを責めてしまう。
「ここでその話はヒドイです。それに、その話はどこで」
「永徳さんみたいな人を女性が放っておくわけがないからです。簡単なことですよ」
話の途中であるが、実乃梨は車から出ることにした。ドアを開けて外に出ると、陽がだいぶ沈みかけていて、夕焼けと夜の闇が絶妙に混ざり合った、不思議な光景が目に入る。今の実乃梨の気分にぴったりに思えた。心配されることの嬉しさと、今の自分にそんなものは必要ないという、相反する考えが混ざり合った色合いだった。
「では、私は家に入ります。明日からもよろしくお願いします」
実乃梨は自分から話しかけた会話を終わらせることにした。この会話を続けていても、不毛なだけで時間の無駄だ。相手も同じことを思ったのか、強制的な会話の終了に文句を言うことなく、そのまま二人は別れた。
その日の夜も、実乃梨はなかなか眠りにつくことができなかった。




