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後編





 はい。という訳で(どういう訳だ?)現在とても素敵な状況を迎えております。

 まあ簡単に説明すると、自分達の身長の軽く5倍ぐらいある妖魔の集合体(  ラ ス ボ ス)と対峙している真っ最中。

 わー、パチパチパチ。



 な・に・も、目出度くも無いわ~~~~~!!!



 内心で滂沱の涙をこぼしながらこんな状況に陥った原因を思い出していたが、そんな事をしてもこの状況は何一つ変化を見せないし変わる事は無い事は分かっていても思い出さずにはいられなかった。同時に、何が何でもこの戦いを生き残って、無駄な足掻きと分かっていてもどうやろうとも、全力で命の危機業務( 当 主 の 仕 事)から逃げ出す決意を新たにしていた。








 そもそもこれが物語の終わりだというのならば、俺にとってあまりにも最低最悪の答えあわせだといえるだろう。



 日常が破天荒になってから気付けばはや一年。

 一日が長く感じられた日々だと思っていたのに、振り返れば一瞬。だがこの一年の変化は目まぐるしかった。

 楽しかったことも、苦い思いをした事も、力無さに涙した事も、自分の力で誰かを救え喜びを感じたことも。

 色々あって成長はしたと思うのだが、正直俺自身立派になったかと聞かれれば、何とも言いがたい、と答えるだろう。

 一年やそこらで何もかもが変わるとは思ってもないし、変われるような器用さは持ち合わせちゃいない。それでも進歩はした……したはず。

 色々やらかした覚えがあるだけに、はっきりと断言出来ないのが悲しいが。

 状況になかなか慣れずポカをやらかしたり、うっかり力加減を間違えて一つの建物を倒壊でなく消滅させたり、変な拾い物をしたせいで騒動を起こしたり……思い出していると、罰として森に放り込まれ死に掛けた思い出まで蘇ってくる。

 あの時は本気で死ぬかと思った。守護役達に助けてもらわなかったら、あの森の中でくたばっていた。

 最初は色々問題があった守護役達との関係だったが、今では遠慮会釈なくやり合うほどの仲だ。

 一人とは脱走仲間となったし、一人とは腕前を競い合うライバルとなった。一人は頼れる兄貴分、一人は尊敬できる人となった。

 基本、日常ではたいていこの4人の誰かと行動を共にしている。というより、奴らの視線が時折監視という気がしてならないのだが、それは気にしない事にした。度々脱走しているのが原因だろうけど。

 仕事の場合でも4人揃う場合と揃わない場合があったりするが、それはもうそのときの状況次第だな。あとは、時折依頼人とか師匠とか下町仲間とか、人外の知り合いとかといった予定外の人員追加があるのはもう蛇足か。


 この仕事をするようになって、人外の知り合いが増えた。

 付き合うようになって色々悩むことも出てきたのだが、一番悩むのが人と人外、果たしてどちらがまだましなのだろうかということだ。

 人外は話を聞いてくれない、というより人外のルールで話を勝手に進めるから、時には人の話に関係ない事を延々と語ってくれる事になるのだ。話して欲しい事と話したい事が合致する事は稀で、ほとんど聞きだすのに色々供物を持って行ったり遊び相手になったり、探し物を要求されたりと、話ひとつ聞くだけで苦労させられるのである。

 一方、人は聞いていながらも普通にスルーする、という高度な事をしてくれるのである。しつこく相手をすれば何とか話を聞いてもらえることもあるが、聞き終わってまるっと無視されることも多々あった。特に親父。いっぺん刺してやろうか、と本気で悩んだのは一度や二度ではない。それ以上に腹立たしいのもいたが、あれは何度半殺しにしても足りない方だ。

 どちらがよりましなのかと問われると、非常に悩ましいところである。



 そして数多くの謎とも出会った。

 筆頭が、何故こんなにも人外とお知り合いになった挙句に色々と巻き込まれ人生が披露される事態になるのか、ということだ。

 人外は何かを知っているらしいのだが、それは人には教えてはならないことだと口をそろえてつぐむのだ。時折、何か同情するような哀れむような視線を向けられるのが気になるのだが、必ずといっていいほどそれ以上に気になる視線を向けられる。


 何かを期待するような、そして何かを恐れるような。


 その理由は決して語られることはなかったし、聞こうとしても語ってくれる事はなかった。

 時が来れば分かる、という言葉のみを返されるばかり。

 だから俺はその何かを含んだような視線より、より詳しい事情の説明が欲しいんだ。



 ああ、そうだ。言い忘れていた。

 あと数日経てば俺もとうとう18となる。

 18歳というのは一つの区切り、と言われても唐突過ぎて意味が分からないだろう。

 詳しく説明すると、俺の18歳の誕生日と共にお披露目をする事となった。

 次代当主としてのお披露目だ。


 失敗した。


 この話を聞いた時の心境を一言で表すならば、これほどぴったりな言葉は無いだろう。

 反骨精神を発揮し我武者羅に日々を過ごしていたのだが、いい加減うんざりしていた。

 日常でも非日常でも命の危機に陥る日々。

 心穏やかになれる日を数えた方が早いぐらい本気で平穏が少なかったために、平凡な日常に戻りたいと心から望んでも仕方ないことだろう。

 だから隙を見て大失敗をやらかし追われることも辞さない覚悟を持っていたはずだったが、根が真面目な性格だったせいなのか、それともお仕置きが恐ろしかったせいなのか。理由はいくらでも浮かんでくるが、今更の話である。

 あと数日も経てば、跡継ぎとして縛られることになるのだ。

 今からでも遅くない、と考えても具体的に何をすればいいのかさっぱり思い浮かばず結局時間だけが過ぎ去った。


 そして、終わりの切っ掛けはいつもの日常の中に隠れていた。


 定例会議の席での出来事だ。

 ここ近年、妖魔の様子がおかしいという話が持ち上がったのだ。

 これほどまでに頻繁に妖魔に遭遇する事はかつてはなかったのである。確かにこの異状には誰もが気付いていた。

 親父も他の奴らも何が原因だろうかと首を傾げていたとき、大型の妖魔の襲撃が報告された。

 いつもどおりであればそれほど大騒ぎする事ではない。

 問題だったのは、その妖魔が向かった先であった。


 <禁域>。


 決して足を踏み入れてはならぬとされる聖域。

 ここに何が封じられ、何が祀られているのかは公にはされていない場所だった。

 親父も詳しくは知らない場所らしく、初代が書き残した書には端的に『資格無き者に足を踏み入れる権利無し』と書かれているのみ。

 その言葉どおり、いくら人を派遣してもこの場所に誰一人として足を踏み入れることが出来なかったのである。

 確かに、以前から一部の妖魔がこの禁域を目指しているのには気付いていた。

 不思議に思いながらも深く理由を考えた事は無かった。

 だが現状、そんな事を悠長に考えている場合ではない。

 妖魔がどこを目指そうと、何を目的にしようと、とにかく妖魔を倒すのが俺の仕事である。心の底から辞めたいけど。

 そういう訳で、いつもどおりのお仕事に向かったのだ。






 かろうじて、と言うべきか。

 いつに無く手ごわい妖魔だったが、何とか倒すことには成功した。

 だが倒したとほぼ同時に、どうやら禁域の結界に踏み込んでいたらしい。

 気付けば見知らぬ場所に立っていた。


 ……違うな。


 どこかで見た事のある風景。

 目の前に広がっていたのは、細く長い道。今は散ってしまっているが、通りの両側にあるのは桜の木だった。

 桜の木の外側はどういう不思議か、闇の深淵が広がっていた。いわゆる異空間?ってやつか。

 既視感に襲われながら守護役達と共に足を奥へと進めた。

 別段、出口に引き返すことは簡単なのだと思う。後ろを振り返れば、少し離れた場所に何か変なモヨモヨとしたものがあったから、たぶんそれが出口なのだろう。

 だが何故、誰一人として足を踏み入れることが出来ないと言われていたはずの場所に踏み入れることが出来たのか。

 奥に進めばその理由が見つかるような気がしていた。それ以上に、なにかに引き付けられる感覚がしていたのもあり、帰るという選択肢が思い浮かばなかったのだ。

 一本道なので迷うことなく進み続け、ようやく開けた場所にたどり着く。

 皆が驚きに息を呑む音を聞きながら、呆然と俺は「あれ、は……」と呻くように言葉を漏らした。

 目の前に現れた見事な桜の木は、季節はずれの花を満開に咲き誇らせていた。

 まるでそこにだけ明かりを灯したかのように、薄紅の色が鮮やかに浮かび上がっている。

 だが俺が気になったのはその部分ではない。

「なん、で……」

 覚えのある桜の木に目を奪われ立ち尽くしていると、木の影から現れた人物が声をかけてきた。


『待っていたよ』


 夢の中と同じく真白の衣装に身を包んだ男性が一人。

 夢と違って彼は面を付けておらず、近づくにつれその容貌がはっきりと見えた。

 穏やかな表情を浮かべた、どこか見覚えのある風貌の青年。


『ここに至ったということは時が満ちたという証。ああ、そんなに身構えなくていいよ。まだ手は出さないから』


 突然現れた不思議な雰囲気の青年に守護者達は戸惑いを隠せず、だが青年の“まだ”という発言に警戒したように各々の武器に手を懸けた。

 だが青年は周囲の剣呑な空気を気にした風もなく俺の前に立ち、


『お帰り』


 と、周囲の驚愕も無視して、俺を優しく抱きとめたのである。

 俺自身も一体何がなんだかさっぱりの驚天動地な状況に大混乱だったが、不思議な事にどこか安心感も抱いていた。

 内心混乱していた俺達に、不思議な青年は説明してくれたのだ。

 ここがどういう場所なのか。彼が何者なのか。


 そして妖魔がなにか、妖鬼師が何なのか。



 とりあえず聞いた話をまとめると、妖魔とは人の影。

 昇華しきれなかった念の成れの果て。澱のようなもの。

 そして切っても切り離せないもの。

 妖魔を完全に滅ぼす手っ取り早い方法があるとすれば、それは人すべてを滅ぼすことだろう。

 そして青年は、妖魔を祓う者だった。

 それもかなり特殊な方法で。


 それが喰らうこと。


 妖魔になる前の澱を喰らい、祓いきれなかった妖魔を喰らう。

 それが青年のやり方だそうだ。

 正直、あんな不味そうなのをよく食えるな、と思ったのは心の底に留めておく。

 そして本来ならば、ここにはもう一人居たのだそうだ。


 その片割れの役割が、切り祓う者。


 これを聞いて察しのいい方は何となくお気づきだろうが、何も言わずもう少し話を聞いてくれ。

 彼が喰らいきれなかったものを、片割れは昇華し切り祓っていたのだという。

 そうやって二人で長い時間、それぞれのやり方で増えすぎる妖魔を祓っていたそんなある日、片割れが唐突にリタイア宣言をしたそうだ。


 何でも惚れた相手が出来たとかで。


 普通は揉めるだろうと思っていたのだが、青年は片割れの逃避行宣言をあっさり許可した。

 それを聴いた瞬間、その場に居た一同が『軽っ!』と思ったのは仕方ないことだと思う。日々必死に妖魔相手に戦っている俺達からすれば、こんな退職理由は軽すぎる。

 そんな俺達の考えはともかく、許しを得た片割れはあっさり人の世に出て行き、そして人との間に子をもうけた。


 つまり、妖鬼師とは片割れの血筋。


『人の血の中で薄れ消えていくとばかり思っていたのに、時としてこのような不思議な事をもたらしてくれる。懐かしい顔に再び出会えるとは思ってもいなかったよ』


 そう言って懐かしそうに笑みを浮かべる青年を、だが俺は微妙に複雑な思いを抱きながら聞いていた。

 何でもその片割れ、俺の夢見た通り女性だったからだ。

 つまり俺が女顔とでも言うのか、と詰め寄りたい気にもなったが、親父にも母さんそっくりと言われ続けているために、なんだか問い詰めづらいため、これは聞かなかったことにした。

 それはともかく、片割れがいない状態でも当初であれば青年一人で対処出来ないものでもなかった。

 外に出た片割れが、外でも変わることなく妖魔を祓い続けていたおかげでもあったからだ。

 だがそんな時間は長く長く続かなかった。

 平和なときが長く続いたのはいいのだが、人が増えすぎたために妖魔もまた増えたのである。

 気付けば喰らう者である青年が、喰らい切れないほどの妖魔が数多く出てくるようになったのだそうだ。

 喰いきれなくなってしまったので、仕方なく急場しのぎで封印し続けていたら気付けばとんでもない数になっていた、という話らしい。


 そして桜の木のそばにある岩が、祓いきれなかった妖魔を封印した場所なのだと言った。


 桜はその封印の限界を示す目印のようなものらしい。桜の色が真紅に染まったとき、封印が限界を迎え壊れるのだそうだ。

 そして桜の現在の色は、薄紅。

 ところどころ、色の濃い部分も見受けられた。



 それらの話を踏まえた上で、いくつかの選択肢を示された。

 選択肢がいくつかあるにも関わらず、選べる選択肢がなかった。

 正直、選択肢が酷すぎる。

 本音を言えば、回答の無い答えがあってもよかったと思う。それがただの逃げにしか過ぎないのだとしても、そんな風に恨みがましく思ってしまうのは仕方の無い事。

 なぜなら数限りある提示された選択肢が、青年が死ぬか、俺が死ぬか、それとも緩やかに結末を見届けるか、力を合わせて妖魔をぶっ倒すかしか無かった。

 青年が死ねば今の状況は一瞬にして解決する。だが、今後の展開が最悪なのである。

 今封印されているような厄介なのは出てこないだろうが、それに匹敵するようなのを俺を筆頭にして始末し続けなければいけないという話だった。それも青年の後任が復活するまで、という不確かな期限付きで。

 もう一つの俺が死ねばというのは、詳しく説明されたがあまり理解できず、ひとまず青年の片割れの血を継いでいるからそういうことが可能なのだということらしい。詳しく説明されても理解しても死ねばそこで終わりである。という訳で、理解する事は放棄だ、案は却下だ。

 だがこの方法も結局は先延ばしに過ぎず、人の世に同じだけの力を持つのが今後現れるという保障も全く無い。

 緩やかに結末を見届けるのは、もうそのまんま。いつ砕け散るかもしれない危険物は放置で今まで通りの生活を続け、砕け散ったときはもう人生諦めよう、という話だった。

 俺は死ぬのは嫌だし、それに今後の展開くろうを考えて青年が死んでしまうのも嫌だった。そして突然の不条理な終わり方も嫌だ。

 ならば、選べる選択肢は一つしか無いだろう。



 という訳で、冒頭に戻るのである。



 人生、山あり谷ありとは言うが、あまりにもどん底谷底急転直下の直行便は勘弁願いたいものである。

 封印を解いた瞬間、現れたのが数多の妖魔……ではなく、妖魔の集合体だったのは何の嫌がらせだろうか。

 考え方によっては、この一体だけを倒せばすべて解決する。


 ……だからと言って、こんな巨大サイズにしなくてもいいじゃないか。


 どうやら長期間封印されていたのもあってか合体したみたいだね、というのは青年の言葉だった。

 一から十まで軽いと突っ込みたかったが、そんな軽口を叩いている暇があれば刀を振るえ、という状況だった。





 すさまじい死闘だった、という表現しか思い浮かばない。

 それ以上の説明は不要だろう。というか、それ以外にどう説明すればいいのか。

 最初はただの巨大なだけだと自分を鼓舞し立ち向かって行けばうねうねする触手が生えるわ、それを振るえばあちこちが激しい音を立てて砕け散る。一部ヌメヌメテラテラするそれらに怖気立ちながら向かって行けば、吹っ飛ばされて奈落に落ち掛けるし、なんだかミニサイズの分裂をするわ自爆するわ、止めとばかりに謎の怪光線を放つ始末。

 とりあえず、軽~く5、6回ぐらい死んだと思えるほどの戦いだった。


 そんな難敵も、当主の証である刀が砕け散ると同時に打ち倒すことに成功したのだ。


 最後辺りの記憶がどこか夢見ているようなあやふやになっているのだが、それは傷だらけだったせいもあるのだろう。

 血の流しすぎで意識が半ば飛んだ状態でとにかく必死で倒すことしか考えていなかったので、どうやって倒したかなんてもう記憶に残っていない。残らないということは残る必要の無い事項なんだよ。

 ラスボスが光の粒となって消えていく幻想的な光景を、ただ言葉無く見つめていた。

 後にして思うとこの時、色々な意味で気が抜けてしまっていた。

 証が壊れたということは、当主を継ぐ必要が無くなるということだ。むしろ硬い岩を切っても刃こぼれ一つしなかった頑丈な刀が壊れた方に驚いていた。

 無事に倒せた事でしばらくは平穏が戻ってくる、という安堵もあった。

 全力を振るった事で、気力が尽きてしまったせいもあった。


「あれ?」


 間抜けな声が聞こえた。

 というより、その声を発したのが自分だと気づいたときには体が落ちていた。

 限界ギリギリの力を振り絞っての戦いだったため、気が抜けると同時に力も抜け倒れるのは自明の理だったが、それも普通の場所でならば何の問題も無かった。

 この場所に入ってきたときに説明した通り、地面のある場所以外は深淵が広がっていた。

 そして先の激闘であちこちが崩れ落ち、足場がかなり不安定な状態に陥っていた。

 最後に俺達がラスボスを倒したのが、まさしく崖っぷちギリギリの場所だった。


 つまりそれらを統括すると、うっかり倒れた俺は現在奈落の底へと落下中、という訳である。


 こんな場所から落ちたら助からないよな。

 色々と抜けてしまったせいか焦る気持ちが一欠けらも浮かばず、むしろのんきな感想を胸の内でぼやきながら視線を上げると、そこには必死な表情を浮かべ手を伸ばし俺の名前を呼ぶ守護役達の姿が映った。

 こんな状況だというのに、なぜか笑ってしまっていた。




 泣かないでくれよ。



 小さな呟きをもらすと同時に、すべてが途切れた。








    **** ◇◆ ****














 唐突に、という表現がぴったりな気がする。


 パッチリと目が覚めた。

 ゆっくり体を起こし、辺りを見回す。

 見慣れない部屋。

 白い壁に包まれた、まるで病室のような。

 ぼんやりと辺りを見回していると、何かが落ちる音と息を呑む音が聞こえた。

 音のした方を振り返ると守護役の一人が起きている俺を呆然と見つめた後、大慌てで引き返すのを驚きと共に見つめていた。彼があれほどまでにうろたえる姿をみるのは初めてだったからだ。

 その後は上へ下への大騒ぎ。

 正直、安眠妨害だよな、と言えるほどの騒ぎとなった。

 俺は別段眠かったわけでもないのだが、主に周囲にとって。

 想像どおり、ここは病院だった。

 そして状況説明を求めたら、関係者が集まるまで黙ってろ、と睨まれた。

 目覚め早々に扱いがひどくないか?

 だが心配していた反動なのだろうとは予想が出来たしなんだか懐かしいやり取りのような気もしていたので、状況を甘んじて受けていたのだが、その考えも関係者に雁首揃えて並ばれると即座に撤回した。


 どう考えても、尋問としか思えない配置だったからだ。


 親父に守護役4人に師匠と恐怖の揃い踏みである。

 そして聞かれたのは当然の如く、何故助かったのか、という事なのだが……。

 もう正直に答えた。


 さっぱり覚えていない、と。


 無言の圧力が半端なかった。

 嘘偽り無く、さっぱり覚えていなかった。なにか靄でもかかったように、なかなか思い出せないのだ。

 真剣に記憶を総ざらいすれば、きっとおそらく欠片でも思い出せるに違いないだろうが、目覚めて早々には頭はフル回転はしない。ついでに、こんなプレッシャーの中では思い出せるものも思い出せない。

 問い詰めても無駄だと悟ったのか深いため息の後、話題を変え俺が居なくなった後の出来事を説明してくれたのだが。


「お前は半年近く行方不明だったんだよ」


 聞いた瞬間まず冗談だと思った。

 胡乱な視線を向けると、真剣な表情で見つめ返され冗談なのではないことを知った。


「何でそんなに時間が過ぎてるんだよ」


 そして思わずぼやいた。

 今日は俺が発見されてから一週間目。

 俺が発見された場所は屋敷の森の入り口で、突然転がっていたのだそうだ。

 見つかった後、俺はそのまま一週間ずっと眠ったまますごしていた、と説明された。

 あの最後の状況と場所から考えれば、遠く離れたようにも思う場所に何故転がっていたのか。

 さっぱり理由が思いつかず首をひねっていると、「そういえば」と親父が声を掛けてきた。


「証が壊れたと聞いたのだが」


 そう問われて最後の出来事を思い出した。

 守護役達も見ていたので、証人に死角無し。誰も文句を付けることも否定も出来ないほど見事に砕け散った。

 ということは、当主としての資格を失ったということになる。

 思いも掛けず念願が叶った事に、俺はにやけそうになる顔を堪える事で頭がいっぱいだった。

 何かを忘れているような気もしていたが、大した事は無いだろうと深く考えなかった。

 だがこの時、もう少し考える時間を取るべきだった。

 いつも思い知っていたはずだ。


 ひとまず考える時間を取ってから行動に移すべきだと。


 引っ掛かりがあるという事は問題があるという事。つまり、何らかの重大事件に繋がる事を忘れているのだと。

 だがこの時そんな考えはチラリとも脳裏を掠めることなく、そして考えなく行動に移した。


「ほら。呼んでもこのとお、り……ぃ?」


 リィン、と軽やかな鈴の鳴らすような音と共に俺の手元には太刀と小太刀のセットが現れたのである。

 それも誰もが見とれるような細工の施された刀だった。

 誰もが言葉を失い現れたものをただただ凝視していたが、俺はありえない現実に早々に白旗を上げ、


「…………具合が悪くなったので、もう一度寝るわ」


 と布団に包まって現実逃避した。

「仕方ないようだね。けれど明日改めて説明をしてくれ」

 背に受けた言葉を半ば聞き流し、すべてをシャットアウトして俺は必死に記憶に残っていない出来事を思い出す事に全力を尽くした。




 そしてようやく思い出した。

 失われた半年間の記憶を。

 といっても体感時間はほんの数十分程度の出来事だったはずなのに、経過した時間は半年。

 なんと無常のありえない時間経過。そしてあそこはそれがまかり通るありえない場所だったというわけだったのだろう。

 自分の人外遭遇率&出会う人外の希少種率を激しく呪った。


 何で史上最高最悪の人外と会ってんだよ!!







 ―――落ちた後。


 目を覚ますと、そこは闇にすべてが沈み、一切の視界が利かない場所だった。

 本来ならば恐怖でも抱きそうなものだったが、そんな感情は一片も浮かば無かった。というより通常の状態ではなかったので、ただぼんやりとたたずんでいただけだった。


『よもや人が為しえるとは思いもよらなんだわ』


 そんな声が聞こえたと思った瞬間、目の前が急に開けた。

 驚き目を瞬かせると、それまで黒一色に染まっていた空間が水面の広がる場所に変わっていたのだ。

 なぜか俺の体は水面に落ちることなく、だが不安定さを感じることなく浮かんでいた。

 自分の置かれた状況を把握しようと辺りを見回そうとしたとき、前方に不思議な人影が見えた。

 影なので相手が男なのか女なのか分からない、だが不思議な存在感を放つ人影だった。


『この世界を諦めることも考えていたというのに。やはり子らの可能性というのは無限に広がっているものなのだな。我の予想をはるかに飛び越える事を成し遂げてしまう』


 男とも女とも捉えがたい、だがどこか心地いい響きの声。


『最初から滅ぼすという方法は提示されていた。だが最初の者も滅ぼすという選択をせず、浄化という形を取った。同じものだからこそ、可能性を諦めなかったということなのだろうな』


 そして楽しそうな声音に、嫌な予感がヒシヒシと忍び寄ってくる気配を感じ取っていた。


『容易き道を選ぶこと無く、選び取ったのは終わる事の無い継続への道。まこと子らの選択というのは実に面白い。容易き道を選べば、それは滅びへの緩やかな道だったというのに。知らずとも、我を楽しませる選択をする』


 どこまでも楽しそうに色々真っ青になる裏話な独り言を続けてくれる人影に、


 いえ、そんな考えは一欠けらも無く、ただ自分の今後の事を考えただけの行動でして……。


 と言いたかったが、そんな口を挟む隙がなかった。

 それ以上に、このまま裏話を聞き続けていると俺の精神衛生上かなりよくない。

 だから唯一再び首を横に振るという行動に移したが、どうやら謙虚さと受け止められたらしい。


『褒美としてこれを与えよう』


 そう言って、再び問答無用に渡された悪夢の再来。

 以前に渡されたものとは比べ物にならないほど華美な装飾の施された一対の刀。以前の刀と比べ物にならないほどなにかの気配を感じさせる代物だった。

 あまりにも大きすぎる衝撃に、何か言葉を口にしようと開くもあぐあぐと言葉が一言も出てくれない。


『さらばだ』


 まってえええぇぇぇっっっっっ!!!!!


 何も無い空に伸ばされた自分の手の空しさに、どちくしょおおおおおぉぉぉ!!!と色々な意味の篭った叫びを胸の内で声高に叫ぶと同時に意識が遠のいていった。











 ……というのが、最後の記憶である。

 無意識に目頭を押さえていた。

 予想だにしていなかった現状の展開に、思わず唸ってしまったのは仕方ないことだろう。

 どう考えても、俺の当初の思惑から大きく外れる緊急事態。

 最早手に負えない。対処できる限界地点をはるか後方に眺めるような事態だ。

 となると、取るべき手段はただ一つ。


 夜 逃 げ ☆


 ふっ。母さん直伝の逃走手腕は伊達ではない。

 幾度と無く屋敷から気付かれずに脱出していたのである。

 やる事を決めたら、即断即決即行動。

 ためらっている間に逃げ道が塞がれる。

 絶対あいつらなにかに勘付いているはず。

 そうでなければ、こんなにもあっさりと引いてくれるはずが無いのだから。





 そして、善は急げとばかりに病室から逃げ出した。




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