表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日のうたが聴こえる2  作者: 人見くぐい
39/59

38 バラード

まだ夏休み中のある日、完成したバラードをはなれで聴かせてくれる約束だった。

しかし時間になってもカズ君は来ない。お店の配達がおしているらしい。飯沼君と畑君はお休みで、久し振りに3人だけの集まりだ。

結局竜岡さんは練習の見学に来なかった。誘ってはいたのだけど、レイ君が許可しなかったそうだ。


「作詞、大変そうだったよ」

「俺だっていつも苦労してるさ」

涼しげな顔で言われても全然説得力がない。

「レイ君がバラードにどんな詞を書くか気になるけどね」

「さぁ……書けないからカズに任せた」

顔色は変わらないが視線を足元に落とす。確かに今までラブソングは無い。

「体験しなければ歌詞は書けない訳じゃないし、大体今は彼女がいるじゃない」

「…………」

胸がざわつく。

「竜岡さん、好きなんでしょ?」

少し間を空けて微かに頭を横に振る。

「……分からない。嫌いではない、が」

照れて誤魔化す、という感じではなかった。竜岡さんの笑顔が頭に浮かんで消える。

当然もの凄く腹がたった。色々言いたかった。

しかしレイ君は竜岡さんに対して適当な扱いをしてないし、ファンの女の子とは明確に区別している。だから時間はかかっても、いずれは……。そう思いグッと押さえた。

「怒らないんだな」

「怒って欲しい?」

「いや……」

レイ君は一瞬だけ微笑を浮かべる。そして足を組み替え、ため息をついた。

「大体経験があっても書けない事はあるよ」

「それって……」

「辛くて苦しくて、想えば想うほど孤独だった」

「…………」

「叶わないのは分かってたし、叶ったとしても代償が大きすぎた」

まるで歌うように呟く。下を向くレイ君の長い睫毛が微かに震えている気がした。

暫くしてレイ君は視線を私の方へ向けたが、何処か遠くを見る目付きだった。

「年月が過ぎれば書けるかも知れない。後悔はしてないから」

「そう……」

あれほど女の子に人気があっても、その中には居ない誰かを想っていた、という事?

後悔してない、というのがせめてもの救いだ。


「さて、カズがどんな詞を書いたか楽しみだろ?」

気を取り直すように明るい声でレイ君は言った。

「う、うん」

「遅刻だから罰として先に公開だ」

以前遅刻した時のようには怒っていない。むしろ楽しそうだ。

勢いよく立ち上がり、さっさとピアノの部屋へ向かって行った。私も慌てて追いかける。

ピアノの譜面台にはもう楽譜が並んでいた。

その中の一枚を私に差し出す。譜面上では初めて見る、でも見覚えのあるクセのある字が書かれていた。

おそるおそる手に取り目を通す。

優しい言葉で紡がれた詞はカズ君らしくて、思わず笑みがこぼれる。歯の浮くような単語は一つも使われてないが、ちゃんとしたラブソングだ。

「早く聴いてみたいな」

それが実現するのにあと10分もかからなかった。


照れまくって全然私の方を見なかったけど、カズ君はしっかりと歌いあげてくれた。

レイ君も穏やかな表情で、丁寧に美しいメロディーを奏でる。

一番にこの曲を聴ける私は……幸せ者だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ