あたしのパパがパパじゃない
そんなこんなで新章開幕。明らかに家族じゃなさそうなひとたちがそれぞれ家族であることを自覚するまでのおはなし。
※ ※ ※
『――ここはパンゲア接続禁止区域です。速やかにこの場を離れなさい。繰り返します、ここはパンゲア接続禁止区域です。退去しない場合、実力を以て排除します。繰り返します――』
陽の光が殆ど届かない冷え切った街中を、荷物を背に載せ貸与品のエアバイクで駆けてゆく。何十年も前に造られたっきりの集合住宅はどれも青カビ黒カビが点々としていて、時折ギシギシと嫌な音を立てている。
あれが崩れたところでそこに住まう人たちに賠償金なんて払われないだろう。転居せず同じ場所にいるのが悪いと一蹴されて終わりだ。
『――毎度おなじみ、ミヤタ・クリーニング・サービスでございます。不用品の引き取りや死体処理、お困りの方々は是非我がミヤタ・クリーニング・サービスにお任せを』
荷物を運び足早に去る中、四台くらいの『清掃車両』とすれ違う。どれもこれも新参の業者で、煙を吹かす外付けパイプからはヒトを焼いた屍肉の臭いを隠そうとしない。
パンゲア内の死はリアルの死。脳死した遺体は半日以内に駆け付けた清掃業者が焼却し、その住処を他の誰かに売りつける。一切無駄がない。住処を求める人たちは死臭なんて気にしている余裕はないし。
(ボクもいつか、あぁなるのかな)
禁止区域で接続したまま向こうで死に、今まさに裁断焼却機にかけられている遺体と目が合った。たとえ先行きに光がなくとも、あぁはなりたくないと切に思う。少なくとも、母様を見つけ出すまでは。
「よし。今日の仕事終わりっ」
バイクを返し、報告を済ませ、バイザーを被ってスイッチ・オン。少しばかりナーバスになったが、ボクだってパンゲアの他に居場所はない。この星に住まう九割の人間が恐らく同じことを言うだろう。
滅びが間近に迫った今。人類は良くするための歩みを止め、より良い幻想の中に籠もることを選んだ。その結果がこのザマだ。ほとほと、酷い時代に生きていると思う。
…
……
…………
「来たわね。牛歩戦術なんかしちゃって。あたしが諦めるとでも思ったわけ?」
「いや。別に思ってないですけど……」
"ログイン"時の軽い目まいに首を振った後、ボクの身体はカフェテリアの一席に縛り付けられていた。
「☓☓。☓☓☓。●●●●●●」
相棒のおじさんは何故だが目隠しの上に口を布でぎっちりと覆われていて。何かを話しているようだが、この至近距離からでもさっぱりとわからない。
抵抗しないのは『納得づく』だからだ。縛った紐の先を握り、不機嫌そうにボクを見やるこの女を見れば、抵抗など無意味だと解ってもらえると思う。
フィクションでしか見ない――、いやこれもフィクションみたいなものだけど。硬く細くしなやかな筋肉を全身に纏い、そのくせ首から上だけは歳相応の美少女然とした女の子。あの筋肉は飾りじゃない。その気になればボクらなど拳一発であの世に送れる程の化け物だ。
「さあ、話してもらうわよ。あんたみたいなヒョロガリが、どうしてパパと一緒に居たのかを」
話を、少し前に戻そう。
「パパ! あたしよ、ビッキーよ! どうして、どうしてこんなところにいるの!?」
急な展開すぎて、額面通りに呑み込むまでちょっと時間がかかった。通りすがりに現れたこのスーパー筋肉娘が、過去の記憶を一切持たないおじさんを、パパと呼んで親しく接して来たのだから。
「アア? 誰だお前。どけどけ、酒の邪魔だ」
無論、アルコール摂取に必死なおじさんがアクションを起こす訳もなく。娘(?)に目もくれず、カブトムシめいて床に飛散した酒を舐め取っている。
「ちょっと、何その冗談、笑えない。というかやめてよそれ、どうしちゃったの!?」
気持ちはわかる。ボクだって、久し振りにあった母様が、酒浸りでカブトムシになってたらきっと泣いていたと思うもの。よくもまあここまで人間の尊厳を捨てられると思うよ。一周回って尊敬する。
「このヒョロガリ。あんたの仕業ね」
「はあ……えっ!?」
違、違います! このおじさんはボクと出逢った頃からこんなでしたよ!? これに関してはボク完全に無関係。怒りをぶつけられるいわれはナッシング!
「あんた、あたしのパパに何したの!? 答えによっちゃ生かしちゃあおけないわよ」
わ、ワ、話! 胸ぐら掴むのやめてマジで。うわぁおすっごい、片手の筋肉だけでひょいっと持ち上げられちゃった。意外や意外、このナリでめっちゃいい匂いするよこのヒト。どんな香水使ってんだろ。
「あたしを前にヘラヘラしてるとはいい度胸ね。女子供は殺さないなんてタカ括ってない? あんたなんか拳を使うまでもない。人差し指でアタマを突けば一発であの世行きなんだから」
「えぇ、そりゃあもう……そうでしょうね」
んなことは解ってるよこっちだって。どうしようもないからヘラヘラしてるんだよ。笑ってごまかすしかないんだよ。あぁ、なんてこった。一難去ってまた一難、おじさんの過去がこんな形で牙を剥くなんて……。
「オウ、ちょっと待ちな」
捨てる神あればナントヤラ。『チャキッ』という音が響くと同時に、彼女の拘束が微妙に緩む。
「だから、笑えないって言ってんじゃん」
「そりゃあこっちも同じさ。ぼうずを離せ。腹を境に真っ二つになりたかァねぇだろ」
今の今まで酒を舐め取っていたおじさんが、気取られることなく背後を取り、彼女の背に銃口を突き付けている。
「あたしに、銃を向けるの?」
「お前がそいつを降ろさないんならな」
一瞬の静寂。互いにマジな目。やってやるぞという雰囲気。『集中』のせいで時間が伸びに延びて、息苦しさよりも焦りが勝つ。
「わかった。言う通りにする」
我慢比べはおじさんに軍配が上がったらしい。ボクは再び地に足をつけることを許され、放免となった。
「なんで。なんでよパパ」
恨み節めいてそう呟く彼女の姿は、厳つい体つきに反して子供っぽくて。まず間違いなく向こうが悪いのに、だからと悪態をつく気になれなくて。
「あの、さあ」絶対ややこしくなる、と解っていても。口が勝手に動いていた。「話し合いましょうよ。なんかみんな初対面みたいだし。何をするにしても、訳わかんないままってのは気持ち悪くないっすか?」
出過ぎた真似だろうか。けど、向こうだってこう思っている筈だ。自分の父親に得体の知れない小僧がくっついていて、しかも記憶が無いと来た。あれは"わからない"を放置して行けるような面じゃない。
「くっ……」唇をきゅっと噛み締めて、多少逡巡していたけれど。きっと答えはもう出ていたのだろう。彼女は苦々しい顔つきでボクを睨み。
「悔しいけど同感。そうね。事情があるなら聞かせなさいよ」
その後どうするかはあたしの自由。膨れ上がった右腕の筋肉を見せ付けて、主導権は自分にあると存分にアピール。
「オッケー、じゃあそれで」
話すことがあるとすればここまで。『限界時間』が近付いて来たから休憩を挟み、こうしてテーブルを囲んだ訳だけど。
…
……
…………
「あんたさあ。それ全部、マジで言ってる?」
「大マジさ。嘘言ってボクに何の得があるの」
おじさんと出逢って、迷惑かけてかけられて。大酒飲みになったことを掻い摘んで話した。彼女の知る『パパ』と、ボクと旅路を共にする『キャラハン(44)』とでは果てしない齟齬があるらしい。ボクの説明に対し、彼女は終始疑問符を顔に浮かべていた。
「あり得ない。パパが……『賞金稼ぎのブリット』が、こんな社会不適合者になるなんて。信じられない」
「ブリット」それが、おじさんの本名?「ボクから話せることは全部話した。あとは」
「解ってる」彼女は怪訝な顔でボクを見据え。「あたしはビッキー。パパはブリット。二か月くらい前まで、あたしたちはパンゲアでは名の知れた賞金稼ぎだった――」




