救いの神来たれり
五月最後の更新です。前々から説明していたように、今回以降は週イチの掲載に切り替えて参ります。どうぞご了承ください。
「この世の総ての酒は俺様のもの! 災難だと思って諦めな! はーっはっは!」
黒飴みたいな丸い身体に、篭手を装備した両腕、レガースを装着した両足。頭に被ったヘルメットは、まるでボウリングの玉のよう。
うーん。またちのうしすうの低そうなヤツが現れた。そのナリで酒だけを盗むのはどういうわけだ?
「知ったこっちゃねぇ! 酒返せや!」
ま、んなもん付き合うだけ無駄だよね。ってことでポンチョの隙間から放たれたおじさんの一発。奴の脇腹へと一直線。
「な……にぃ?」
この一発で脇の下から肩をくぐらせ、貫通させて動きを止める算段だったのだろう。そうなる筈だと思って見ていた。だのに、放たれた弾丸は『カン』なんて快音を響かせ、左斜め後ろの軒先を貫いた。
「ふゥははは、かゆい! かゆいぞォ」
「この、野郎!」
続けざまに二・三発。『酔い醒め』で多少狙いが狂ってはいるけれど、それでも脚や腕に撃ち込んだのに。どちらも決定打になった音がしない。
あれ自体が、魔法によって補強された装甲か? 首を引っ込め手足を引っ込め、玉になったら銃弾なんて段ボールに蚊が刺すようなものだ。何一つ、まともに通りやしない。
「響かない! 届かないぞぉ! なんだなんだそれはぁ、こんなもので俺様を止める気かあ!?」
なんて、調子の良い事を言ってるけれど。亀みたいに首引っ込めてたんじゃ恰好付かないよな。なんて傍で見てるボクが言うのはおかしいか。全く関係ない相手なら楽しく見られたかも知れないが、困ったことに彼は身内だ。放っておくわけにはゆかない。
「くそ……。目が、目が、暗くなって……来やがった」
しかも、こっちは元よりハンデキャップ・マッチ。酒が"切れて"鈍色の瞳が歪み始めた。これ以上放っておくと、またあの時みたいに『おかしく』なる。
「おじさん下がって。後はボクが」
やってやる。そう決めた瞬間、目の前のあらゆるモノがスローモーに鈍化する。
(如何に硬くなろうともさ)
外郭や篭手が銃弾を弾くったって、肝心要のアタマはどうしようもないだろ?
――BANG!
狙いは首筋のど真ん中。如何に固くなろうが、手足や頸を無くすことはできまい。のろいぜマルマル野郎。災難とこの世を呪うのはあんたの方だ。今この場で吹っ飛びな!
「なんだね、今のは?」
ドン、という衝撃と、01に拡散する紅い血しぶきを期待していたのに、聞こえてきたのは『ぶすっ』というなんとも締まらない音。梱包の発泡スチロールに拳をぶつけたような擬音。未だ視界はスローモー。外しようがないのに。
「は、は、は。不意打ちはよくないねえボーイ。俺様が、頸を狙われた程度で死ぬと思っているのかねえ?」
駄目だ。弾がど真ん中を貫通したのに、効いてないぞと普通に話をしている。そういう魔法? あの辺境伯みたいに、あの身体の下に本物の顔が隠れてるってこと?
「硬い殻を持つのなら、当然それ以外を狙う。お尋ね者として名を馳せた俺様が、対策を怠っていると思っているのか、あ?」
そりゃそうよね、手の内なんざ明かさないですよね。あの口ぶりじゃ手足もおんなじだろう多分。本格的にヤバいぞ、ボクらには手の打ちようがない!
「まあでも、死にたいってぇなら付き合ってやるぜぇ」
奴は首と手足を引っ込め、完全な球状になると、その場で縦回転を始め、足元の土を弾き飛ばしてゆく。チカラを溜めているのか? どうやらそれで正解らしい。十分に回転速度を上げたうえで、土を爆ぜさせ、ボクに向けての一直線。
「う、ぉわっ!?」
眼力を駆使して無かったらやられていた。公権力が手を拱いている訳だ。こんなものを真正面から喰らったら、一撃脳死間違いなしだろう。
「ちぃーッ、外したか……。だが、いつまで続くかな?」
ブレーキ代わりに強引に『脚』を止め、再び回転数をチャージ。十分に溜まったところでそのパワーを解き放つ。
向こうは直線だ。集中すれば躱すのは容易。そしてそれは、奴も十分に承知の上。
「ほぉら! ほぉら! ほぉおおら! 顎が上がってきたねぇ! 疲れて来たんじゃあないのかあ?」
それはまるで、ピンボールの中を跳ね回るボールのようで。当たろうが躱されような、ボクを中心にチャージと突進を繰り返し、退路と体力を奪いに来ている。
当てる必要なんてない。ただ獲物が弱るのを待っているだけで良い。見た目に反して結構なキレ者だ。伊達に強盗は重ねてないってか。
(馬鹿に……しやがって!)
軌道は読める。読めるんだ。ボクと玉の間に銃弾を挟み込めば……。
「フハハ、無駄無駄あ!」
駄目だ。勢いを殺すどころか軌道を反らすことさえかなわない。銃一挺でなんとか出来る相手じゃない。
「ちきしょう……出るな、出てくるんじゃあねえ……」
頼みの綱のおじさんも、なんか意味不明なこと呟いて動かないし。どうすればいいんだこの状況。脚もそろそろ限界だし、打つ手なんて何も……。
「おご、ふっ!?」
もう駄目だと匙を投げかけたその瞬間、黒い大玉が描く軌道とは逆方向に撥ね飛んだ。何かの余興? いいや違う。地面にめり込んで動きを止めたそれには、屈曲した痕がくっきりと刻まれている。
「やぁっと見つけた。もう何も喋んなくていいからさ。とっとととくたばっちまいな」
気配に引かれて振り向けば。カーキ色のボロボロの外套を纏い、両手で握る青銅の大剣。背中越しでも解る鎧のような筋肉。だけど、そこから聞こえてくるのは年若い女の子の可愛らしい声。
「あたしはビッキー。賞金稼ぎ《バウンティハンター》のビッキー。あたしとあたしの筋肉に狙われたのが運の尽き。あんた、ここで終わりよ」
何がなんだかわからないが、救いの神らしいものはいたらしい。えらくムキムキではあるけれど。




