恨みっこなしだぜこんちくしょう
ひとまずこの章は幕引き。いよいよ次回から本格的なヒロイン(?)参戦です。
※ ※ ※
「これが――、その現場ですか」
「はい。センゴクのやつ。命令を無視して独断専行なんてするから」
空っ風吹く荒野のど真ん中。ピースメイカーから派遣されたカナエ・バシュタールと末端の教団員は、首から上を無くした遺体を見下ろし、手を合わせる。千切れた首は既に分解風化の最中であり、辛うじて顎が残っているだけ。無理くりに裂かれ捨て置かれたそれは、とてもヒトの手による所業とは思えない。
ウォーリアー・センゴクは未来ある若手教団員だった。魔法の才は凡なれど、その高い身体能力には伝道師たちも一目を置いていたのだが。
「カナエ様。私はますます訳が分からなくなりました」横に立つ教団員がそう尋ね。「どうして貴方様は、いやピースメイカーは『あの男』をあそこで始末しなかったのです」
パンゲアにて最大の宗教団体・ピースメイカーの絶対にして唯一の教義は『世界平和は我々が創る』というものだ。前回も本件も、キャラハンの行為は彼らの活動に唾を吐く行為であるのは明白。団体上層部たるバシュタールの令嬢がこの事態を静観するなど不本意極まりない。
「総てはピースメイカー様のご意思」カナエは冷たくそう返し、「疑うことなど、あってはならぬことですよ」
しかし。当人も教団も、彼を生かしておけという。団員の若いいのちが失われたというのに、カナエはその冷淡な調子を崩そうともしない。
「畏まりました」一切の淀みなくそう返されては、一介の団員たる彼に反論などない。不満を喉の奥に押し込んで留め、今一度亡骸に手を合わす。
「すべては、ピースメイカー様のご意思のままに」
「ご意思の、ままに」
埋葬する必要はない。0と1のノイズに分解されたその体は、風に舞ってパンケアじゅうに融けてゆく。すべてが塵になるのを見届けた後、彼女たちはその場から立ち去って行った。
(やはり、我らに歯向かうのですね。あなたとは、やり合いたくなかったのですが)
静かなる瑠璃の瞳の奥に、一抹の哀しみを滲ませながら。
※ ※ ※
「ご、お、お。動く……んじゃねぇダよ」
「なんだよ……なんなんだよもう」
野犬に追われて必死に逃げるだなんて、現実の中だけのはなしだと思ってた。この世は入れ子式の地獄ってか。助けられたと思った矢先が、こんな争いに続くだなんて。
「ぉお、おおお!」
「やめ、ぉおわっ」
今のおじさんはそこいらに居るモンスターと同じだ。目の前の生者にしか興味が無い。澱んでて焦点の定まらない瞳。涎を垂らし、唸り声を上げるその姿。あの時殺したケルベロスも、こんな風に獲物を狩って喰らっていたのだろうか。
「狩りなんてやめましょうよ、ラブ&ピース! 平和が一番! どうどう、どう!」
「る、ガァああ」
馬の耳に念仏なんてことばがあったっけ。今まさにそんな状態。獲物を前に舌なめずりするけものに、どんな美辞麗句を並べたって何にもならない。またひとつかしこくなりました。まる。
(どうすりゃいいんだよ、畜生……)
曲がりなりにも連れ添って旅をしてきた間柄だ。殺すのも殺されるのもごめん被る。だからって、どうにかする策はあるか? 答えはノー。今のボクには、けものと化したおじさんの猛攻を、狭いこの部屋で延々避ける以外に道はない。
『あれ……? わたし、生きてる?』
『出られた……出られたの、もしかして!』
『腕がある! 脚がある! すごい、すごぉーい!』
幻聴かなにかと聞き流した声が二つ三つ、いやそれよりもっとたくさん。ナンデ? あっ、いや解ったぞ。ここはあの辺境伯がはた迷惑な理由で美女を囲ったコレクションルーム。魔法をかけた当人が死んだとなれば……。
『やっと……やっと出られたぁ』
『もう帰るぅ、ウチに帰るぅ!』
死んで魔法が解け、コレクションの女性たちが大理石の中から抜け出ているのか。それは大変喜ばしい。喜ばしいことなのだけど。
「う……う……ぉお」
おじさんが求めているのは新鮮な肉だ。今の今まで標的はボクだけだったけど、若くてピチピチな女性が複数いるなら、当然狙いはそこに行く。
まずい。まずいぞ。起きて手を伸ばしたその瞬間、おじさんに噛まれて一撃死なんて、あまりにもあんまりすぎる。
「こ、こんにゃろう! こっちだ! こっちを見ろォオオオ!!」
紳士を気取るわけじゃないけれど。このままでは寝覚めが悪い。声を荒げて注意を引き、浴室から寝室へと飛び出した。
「おぐ……オォ……あはァ……」
(殺されて、たまるか)
短い間ながら苦楽を共にした仲間だけど。だからって命まで差し出したつもりはない。こちとら母様を見つけるまでは絶対に死ねないんだ。握ったままの拳銃の撃鉄を起こし、吸った息をふっと吐き出す。
(よし、見える。やれる)
「おお、おごわァアアアッ」
四つん這いのおじさんが、獲物目掛けて地を蹴って跳んだ。躍動する脚も、振られた腕も、口内で跳ねる舌の動きさえも。何もかもがスローモーに流れてゆく。
(恨むなよ。あんたが教えてくれたんだからな)
呼吸を止め、突き付けた銃口に意識を集中させる。互いの距離はヒトひとり分。外しようがない。そうさ。撃つぞ。撃ってやる。たとえあんたが頼もしかろうと、意思の疎通が取れないってんなら容赦しない。
(ああ、そうだ。そうだとも)
もう迷いはない。狙いを定め、引き金を引く。
銃弾は決められた射線を真っ直ぐに飛び――、おじさんの左肩を掠め、そのすぐ後ろの豪華な棚を破壊した。
「ぐぉ! うるぁああああ!」
「ちきしょうやめろ! やめろっちゅーに!」
これでいい。甘さとか狙いが狂ったとかじゃない。おじさんがボクを押し倒すのも覚悟の上だ。さあ、気づけ。反応しろ。度を超えたアル中のあんただ。『あの匂い』に反応しないわけがないよな?!
「ォ……ぉ……おぉ……」
押し倒すその手から、急速に力が抜けてゆく。ドロドロに濁った瞳がひとつにまとまり出し、元の鈍色に戻り始めた。
「引っ込んでろ……引っ! 込ん! でろぉおおお!!」
もう、人食いのけものみたいな怖ろしい顔つきはしていない。我に帰ったおじさんは、ボクから離れ、その足で棚の方へと駆け出した。
「うぷ……ごほ、がほ、げほ! 呑ませろ、もっと、もっとだ……!」
割れた戸棚に手を突っ込んで。ガラスで素肌が切れるのも構わずに。中にしまわれた上等な酒を片っ端から呑んでゆく。
寝室へ出、撃たんと構え集中したその瞬間。あの棚に美しい琥珀色がしまわれているのに気が付いた。ここはカネモチ・辺境伯の住まいだ。ヒト以外も沢山コレクションしてあるだろうと踏んだのだ。
「はぁ……はあ……。良かった、当たって……」
一か八かの賭けだった。あれが『酒』じゃなきゃ、攻め手をなくしてとうにお陀仏。生き残りたいなら迷いなくおじさんを狙うべきと自問自答したさ。
けど、万に一つでも助かる道があるのなら。無理をしてでもそっちを選びたいと思ってしまった。ボクも彼も、まだ自分の目的を果たして無いんだから。こんな理不尽で、ゴールを前に果てたくなかったから。
「あぁ……あフ……くゥ〜。キクぜ……」
壜を代わる代わる傾けて、ようやっと見知った赤ら顔。なんでなのか知らないけれど、取り敢えずボクの知ってるおじさんに戻った。聞きたいことは色々あるけど、今は取り敢えずそれでいい。
「オウ。なんだぼうず。お前正式にオンナになったのか」
「違ぇわ。不可抗力だわ。っていうか」
忙しない展開過ぎて忘れてたが、ボクってばランジェリー姿でツインテ振り回してたじゃん。なんだよこのハレンチまつり。心の片隅に追いやってた羞恥心が今になって吹き出してくる。
「ねぇ!? これどうにかする方法ない!? ボク一刻も早く戻りたいんだけど!?」
「ンなこと、俺に聞かれてもなあ」
くそっ、助けてやったってのに役立たず。誰か教えて! ボクは男! 男なんです! この装備外して! 早くボクを男に戻してお願いぃいいい!!




