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【完結】ロード・オブ・ザ・パンゲア ~母を訪ねて何千里、魔法の才に恵まれなかったボクは、銃と映画でテッペンを目指します~  作者: イマジンカイザー


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控えめに言ってヤバヤバのヤバ

・まめちしき。このパンゲア世界では基本的に名字・名前を持つ者が少数派のカネモチで、名前しか無い人たちは一律それ以外に該当します。

だから何だという話ではありますが。

※ ※ ※


「まだか? そこに居るのは解っておるのだぞ。早う」

 パンゲアに根を下ろす者は、いつ何時も油断することなかれ。母様から――、いや更にその人づてから聞いた格言だ。

 今こうして湯に浸かるこの身体すべてが、発信機を素にサーバーに送られた01の集合体。ボクたちユーザーは脳量子をこちらに飛ばし、虚構(バーチャル)現実のもの(リアル)として受け止めている。

 もしもこの世界で死ぬようなことがあれば、パンゲアに送られた情報はそこで途絶え、二度と現実世界で立ち上がることはない。

(どうする……? どうする……??)

 今この手の中には銃がある。ゆっくりと時間をかけてスキを窺い、撃ち込むタイミングを見極めるつもりだった。けどそれでは遅すぎる。あのデブ男、妾に娶った女を自分の魔法で生きたまま『保存』していやがった。

 ボクは奴に『おんなのこ』として認識されているが故に生かされている。けれどそれも『今』だけだ。ベッドを共にし、向こうの気持ちが昂ぶれば、辿る結末は間違いなく……。


「黙りを決め込み焦らしておるのか? 心得た奴よ、余計に興奮するではないか」

 あぁあ、向こうさんってば沈黙をそういう『プレイ』と決め込んでやがるし。違うよ、性別ごと違う。あんたもう最初の威厳全部無くなったな。

 どうする。どうするよボク。元の性別を知られようが知られまいが、死へのカウントダウンが刻一刻と迫ってるじゃん。落ち着け、取り敢えず落ち着け。ひとまず先延ばしにして言い訳を……。


「もう、もぉ我慢出来ぬぞ我が妾! 今すぐここで楽しもうぞ!」

「ちょっ、まっ、えぇ……!?」

 扉を蹴破り乗り込んで来たのは、パンツ以外のすべてを脱ぎ捨て、でっぷりと乗っかった脂肪をぶるんぶるんと揺らす辺境伯。オイオイオイ、冗談だろ!? この場合どこを隠すのが正解? 胸? 股間? えぇいどっちもか!? 手にした拳銃を尻の下に隠し、両手のひらでどちらも覆う。

「待ち兼ねた……待ち兼ねたぞぉ我が妾。さぁ、その美しい肌を我が身体に重ね……重ねぇええ」

 やべぇよやべぇよ。鼻息めっちゃ荒いし、そのワキワキとさせた両指先はなんなんよ。ほんとマジでどうする気? 十二の子ども相手に何すんの??


「何、だと? きさま、そんなことも知らぬのか?」

 あっ、今の聞こえてました? 「風呂に入り、壁を見たであろう。それでも分からぬか?」

「えぇ、とんと……」というか、タオルだけでも羽織らせてもらえませんかねぇ? 寒いんすけど。

「鈍い奴よ。見ての通り、その美貌を変わらぬまま保存するのよ。永遠に、この場所にな」

「えっ?」

「花は散るからこそ美しいなぞ、貧乏人の戯言よ。我が土の魔力は生きたまま固めて留め置ける。この世の美はすべて神が与え給うた贈り物(ギフト)だ。一つたりとも無駄にするなどまかりならん」

「はぁ??」

 まずい。あまりにもあんまり過ぎて二度も声が出ちゃった。抑えていたメッキが剥がれ、男声素材のまま100%。

「そういう訳だ。理解したか?」おっと、向こうさんは気付いていないご様子。「晴れの舞台だ。きさまも我が妾なら、もっともっと綺麗になってもらわねば、なあ!」

「お、おい、ちょっと……ちょっとぉ!」

 奴はボクの額に手を触れて、なにか念じ始めた。何かの魔法? 違う、これは『ライブラリ参照』だ。個人用クラウドサーバーにアクセスし、保存したスキンを装備し直す行動だ。それを自分ではなく、ボクにするっていうことは――。

「うむ。うむうむうむ有無! 我の見立てに間違いはなかった! 素晴らしい! 素晴らしき美しさよ!」

「ウッソ冗談でしょ……」

 髪は絹糸めいてしなやかな長い金に。目元には藍色のラインが引かれ、唇には朱の口紅リップ、頬には淡桃の頬紅(チーク)。一糸まとわぬ裸体には子どもにはおおよそ不釣り合いな紫のランジェリーが『装備』された。

(ふざ、けんな……)

 この野郎やりやがった、マジでやりやがった。ナンデそんなもん持ってるの? なんて今更些細な問題だ。

「ふざけんな……」

「何?」

 ボクは、これが嫌で逃げ出したというのに! あの呑んだくれと一蓮托生になったというのに! この男は! あぁこの男は!

「ふ! ざ! けんな!!」

 何もかもがスローモーションに見えた。一瞬屈んでバスタブに隠した銃を掴み取り、後ろ跳びになりながら奴の脳天に続けざまに三発を叩き込む。

「ぬ、お、ん……!?」

 弾丸を喰らい、オッサンの身体がもんどりを打って頭から壁に叩きつけられた。奴の魔力で留め置かれていた半透明のタイルに亀裂が走り、女の子たちの悲鳴がより大きく響き渡る。


「やった……のか?」

 水に足を取られながらも立ち上がり、目の前の大鏡に自らを映す。ごく一部を覗いて割と『違和感がない』のがとても腹立たしい。一部って? そりゃあ……。


「きさま……男、だったのか!?」

 生きていたのか、なんてことばが口をついて出るより早く。倒れ込んだオッサンの手から紫色の魔力が放たれていて。今の今までボクを温かく包み込んでいたお湯が、水から泥へ。泥から硬化して膠灰(セメント)へと変わり、ボクの脚から自由を奪う。

「よくも……よくも我の純情をもて遊びよってェエ」

 右手をボクに向けながら、おっさんがよろよろと身体を起こす。泥人形めいた(・・・・・・)頭には三つの穴が開いており、崩れ落ちたその下から亀めいて別の首が伸びてきた。

(おかしいと思ったよ。あの肥満体自体が『ブラフ』だったってこと?)

 顔が崩れるのと同時に全身に亀裂が走り、でっぷりとした脂肪の鎧が砂となって崩壊する。中にあったのは子どものボクより少し大きな、大人としては威厳に欠ける背丈の小男だ。

 金髪の痩せ型。刈り揃えられた髪に手入れの行き届いたカイゼル髭。余分な脂肪のない裸体に黒のブリーフ一丁。先程までとは別の意味でヤバい男がそこにいる。

「えっ、あっ、男……なんて……あっ」

 そりゃそうか。怒りに任せて銃撃っちゃったものな。おんなのこには無いものが『際立つ』よなあ、この衣装だと。

「許せん、許せんぞぉおお……。皆のもの、出会え! 出会えぃ」

 控えめに言ってヤバヤバのヤバ。銃は水底、動こうにも膝から下は固まったセメントでまさに釘付け。攻めも回避も打つ手が無い。

 おじさんを、見捨てて出てった報いだとでも言うのかよ。だってしょうがないじゃんさ。あの時ボクに何が出来た? なんにも無いだろ正直さあ!

 頼むよ。こんな形で終わるなんて嫌だ。男らしい容姿を得て、母様への恨み辛みを直接ぶち撒けるまで死にたくないのに!


「おい、どうした?! 何故誰も来ない? 出会え! 出会えと言うとろうに!」

 取り乱していたのはボクだけじゃない。カイゼル髭の辺境伯もまた、援軍を待ち侘び辺りを見回している。

(ヘンだな)ボクが連れ去られたあの時、コイツを担ぎ上げてたのが最低でも六人は居たはずだ。扉ひとつ隔てれば、衛兵っぽいやつがふたりいたのも目で追っている。

 ならば何故。主の求めに応じない? 謀反? いやおかしいでしょ。向こうにスキなんて何もないのに、叛意を見せる理由がない。


「ぐ、わああああ!!」

 答えが、ヒトのカタチを取ってやってきた。神輿に加わっていたヤツだろうか。まるで撥ね飛ばされたボウリングのピンのように。薄汚いボロ布を纏った男がこの浴室に飛び込んで来た。

「ナンだ? きさま、何故ここに?」

 無論、この出方は向こうさんにとっても想定外で。とすれば他の誰かにされたとしか思えなくて。

(まさか……来てくれたのか?)

 辺境伯を名乗る男に喧嘩を売る相手だ。少なくともこの町の住人ではないだろう。とくれば? となれば? ボクは最初から来てくれると思ってたよ。このエンターテイナーめ。最ッ高のタイミングを見計らってやがったんだな?


「がは。ごほ、がは、ごぽぼ。みぃ〜〜つけたァ。お前が最後だ。立てぇい」


 あ。すみません。さっきのナシ。ボクは知らない。なーんも知らない。なにこの……何?!

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