みんなして無理難題押し付けないでくれる!?
三週目のスタート。銃というギミックがファンタジー(風)世界でどこまで通用するのか、というテストケース、そのいち。
「ちょ、ちょちょっ!? 待ってくださいよ、竜? 竜出んのここ!?」
「無論だ。辺境に居を構えたとして、魔物の手からは逃れられぬ」
救いの神だって? そう断定した少し前の自分を殴りたい。この女、冗談じゃないよ。魔法もろくに使えないボクらに竜退治をさせようってオイッ! ンなもの無理に決まってるじゃないか!
「罪と罰とは表裏一体」バシュタールの次女は冷徹な口調でそう続け。「そなたらの猥雑は片手間で許されるものではない。禊ぎとは奉仕だ。義を持って示さねば、誰もそなたらを赦しはしない」
駄目だ。言ってることが全くわからない。悦に浸ってそれっぽいこと言う自分に酔ってるな? そんなの絶対お断りだっつーの!
「冗談じゃないよ。ボクらを見てよ、子どもとシケたおっさんだよ? 竜なんてそんな、倒せるわけが」
「そなたらの事情は知らぬ」
法衣の女はボクの嘆願を冷徹に切り捨て、さっと右腕を振り上げる。その動きに呼応して、ボクとおじさんの手足を縛る光の輪が反発する磁石めいて剥がれた。
「目的は与えた。死を拒むなら全力で励め」彼女はそう言って、今なおボクらの手足で点滅を続ける光の輪を指差し。「我が魔法は眼と処罰。務めを怠り逃げようものなら、繋がった手足は無いものと思え」
私は全てを見ている。これはハッタリなんかじゃない。いざとなれば本気でやるぞこの女。だって目がそう言ってるもん。ジョーク言うような顔してないもの。
「上等だぜ、クソ女」なんて、口汚い言葉で返したのはおじさんだ。今の今まで黙っていたのに、急にボクたちの間に割って入り。
「俺もコイツも。果たすべき目的ってヤツがあるんだ。こんなところじゃ絶ッ対に死なねえ。約束しろ、その竜とやらは俺たちが必ず片付ける。だから」
この罪は放免、二度と俺たちを追って来るな。そうさ。そうだとも。元々無茶な言い分なんだ。それくらい確約してもらわなきゃ。
「考えておこう」カナエは冷徹な瞳でおじさんを見、「方法はそなたらに任せる。だが、監視の目は常に光っていると理解せよ」
もう話すことは無いってか。団体の女は踵を返し、ゆったりとした足取りでバーを出て行った。
ボクたちを威圧する一方で、周囲の荒くれ者たちにも無言で冷ややか目を向ける。手出し無用と言うわけか。そのアフターサービス振りには頭が下がるのだけど。
「どうすんだよおじさん。こっち銃だよ? 銃だけでどーやって退治すんのさ」
そもそも竜が何か知ってるか? ボクらの何倍もデカくて、硬ぁい皮膚に覆われた特一級の怪物だぞ。対するこっちは何さ。銃がどんだけ凄かろうと、所詮はヒト相手の武器じゃあないですか。
「安心しろぼうず。策ならさっき考えた」
「さっき……」
だから、今まで喋らなかったと? ほほぉ、それなら聞こうじゃないさ。この退っ引きならない状況を打開できる策ってのをさあ。
※ ※ ※
「あの。さあ」
「何だ」
「何だじゃないんですよ。何この……ナニ」
案が浮かんだと言ってすぐ向かったのが『ブティック』の時点で、それはおかしいと声を上げるべきだった。着ていた服をポンと脱がされ、代わりにと渡されたのは純白のシースルードレス。長髪を纏めて結いた上から金糸色のロングウィッグを被せられ。頬紅に口紅を薄く塗り、まつげもくるんと丸められ。極め付けぁ木で作った十字架にかけられ磔の刑。
「ボクのこの恰好ナニ!? ボクら竜を斃さないといけないんでしょ? 意味あんのこれ?」
「意味あるに決まってんだろ。古来より、竜を引っ張り出すには生贄だ。ちまちま探して走るより、ここで待ってた方が楽だろう」
いけにえ? 生贄つったよね今? ボク喰われんの?! 策があるってそういうこと?!
いや、それもあるけど。ボクこういうのがイヤで店長のとこ抜け出してきたんスよ? なのにまたこういうことさせんの?!
「ふざけんな畜生、絶対に死なねェって言ってたじゃん。それあんた限定の話!?」
「ぎゃあぎゃあわめくな、二日酔いに響く」いや、呑んでる場合かよ。「要は一本釣りだ。出てきたところをズドン。それで終わりだ心配すんな」
「あんた、記憶がないんじゃなかったのか……?」
銃の扱いに手慣れてるのもそうだし、こんな囮作戦を考えつくなんて。おじさんは本当に何者なんだ?
「そんなことより。来たぜ」
言われて遠方に耳をすませば妙な地鳴りが。足元からは等間隔の地響き。どちらもだんだん大きくなってきて、オイオイオイ。地平の彼方に見えるあれは、まさか!
『ROARRRRRRRR!!!!』
黒光りする鱗に四本の脚。胴長の身体に岩をも呑み込む大きな口。倒せつっってんだからいるんだろうけどもさ、だからって、本当に出す奴ある?
「まじで、本当に……来てるぅう」
「だろ。俺の言うことに間違いはない」
パンゲアはヒトがその意識を専用のクラウド・サーバーに飛ばすことで成立している。個々人の意識は01化され、たとえ死んでもその残穢は此処に残り続ける。生前の無念・怒り・絶望みたいな負の感情をその身に宿したまま。
ひとつひとつは無害なデータの残骸だけど、これが折り重なるとカタチを持ち、生者にあだなす脅威となる。大蛇、大蛸、大鷲――。中でも竜は最悪だ。一体どれだけのプレーヤーの死骸を取り込んでいるのか……。
(禊ぎなんて知るか。とっとと逃げ切りたい、んだけど)
後ろ向きな感情を察知したのか、光の輪が動脈を強く締め付ける。あの『口撃』が魔法だとしたら、解く手段はただ一つ。倒せるワケないだろ馬鹿野郎。こちとら魔法も使えないんだぞ?! 無理だよ無理無理。絶対に無理!
「うっせぇな。狙いがぶれる」
なんて、ボクの不安なんぞどこ吹く風。おじさんはボクの真下に陣取ってしゃがみ込んで……。「待って、それ何」
「何って。俺の持ち物だが、それがどうした」
再び立ち上がった彼の右手には、銃床が太く、銃身の長い、全長八十センチはあらんかという大きな銃が握られていた。銃身と銃床の間で二つに折れ、中には弾倉がひとつだけ。
「言った筈だぜぼうず。勝ちに行くとな」
からっ風吹くガニメデの郊外約五キロ。おじさんは地表を構成する赤茶けた土を握り込み、手の平の中で鈍色の光を放つ。
手にした土は、瞬時に寸胴の銃弾へと形を変えていた。
『ROARRRRRRRR!!』
あんたには恐怖ってもんがないのか!? 竜が近付いて、揺れる地面に接地してて、身じろぎひとつしないだなんて。
「ぎゃああああああ、喰われるぅつうううあああ!」
やつとの距離は目算十五メートル。遂にあの大口を開き、おじさんもろともボクを飲み込まんとしている。もうダメだ。おじさんを信じたボクが馬鹿だった。こんなところで終わるのなんか死んでもイヤだったのに――。
『PON』
景気の良い音と、それに遅れて鼻腔をくすぐる火薬の匂い。思い切って目を開ければ、目と鼻の先まで迫っていた竜が口から煙を吐き、どたどたと引き下がっている。
『Gr……OHHHHHHHHHH!?』
効いた、のか? 文字通り開いた口が塞がらない竜を前に、おじさんはもう一度銃身を中折れさせて。
「俺を喰おうなんざ二万年早いぜ、ケダモノ野郎」
おじさんは左手の平を近場の石ころにそっとかざす。それが01に分解され、先と同じ弾頭に変わるまで一秒とかからなかった。
弾を詰めて即座に発砲。的がデカくてこうも近けりゃ外しようがない。弾は奴の喉元でワンバウンドして腹の中へ。奥で盛大に弾けた音がして、竜の動きが完全に止まった。
(そっか。あれが、おじさんの"魔法")
召喚と精製。土や岩を媒介に『弾』を創り、込めて撃ち出す。銃なんてカタチにするから分かりづらいけど、それ自体は然程珍しいものじゃない。
「別にビビるこたぁ無かったろ? これで終いさ」
そうは言いますけどね、あんたそんなの隠し持ってるなんて一言も話してくれなかったじゃないか。ビビリますよ。当たり前でしょう。こちとら命張ってんだぞ!?
『G……ROARRRRRRRR!!!』
「うぉっ!? なんだようるせぇな!」
内部からグズグズにされ、黄色い血の涙を流す竜が、喉を震わせ耳障りな濁り声で吠えた。この一撃が予想以上に効いたのか。狩る側が狩られる側に回るのがそれ程屈辱なのか。
「おいおい、こいつァファンキーだな」
どうやらそのどちらでもないらしい。先程よりも更に大きな地鳴りで、ボクらの身体が激しく跳ねた。
「なんだよ、何なんだよコレ」
「参ったな」おじさんは面倒くさそうに頭を掻いて。「アレ見ろぼうず。どうやらこりゃあ前哨戦だったみたいだぜ」
口こそ軽いが、右頬に汗が滴っている。町向こう、地平の果てまで聞こえそうな轟音からコンマ五秒後。ボクらの視界上空に虹色のグラデーションが飛び込んでくる。
「ジョーダンって、言ってよ」
鱗だ。虹色の外殻に覆われ、横並びになる眼は八×八の十六つ。体格は今ここでダウンする竜のゆうに二倍!
仔を想う親は怪物だって一緒だってか。見事すぎて吐き気がする。子どもの鳴き声に引き寄せられて、親がお礼参りに来るなんて!
・次回の更新は5/17(火)を予定しております。