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第14話:消えた村人

「魔王様、今日はもうすぐ夜になりますが、この村に泊まるのですか?」


 シズクが今日の寝床について聞いてきたので、俺は首肯した。


「ああ、そうだ」


 シズクが心配そうな面持ちで、小さい声で告げる。


「ですが、その……お金はあるのでしょうか?」


「もちろん」と笑顔で言いながら、手()げ袋から金貨や銀貨、そして銅貨を取り出し、それをシズクに見せた。


「あるぞ」


 異空間に収納しても良いのだが、村人や兵士の前で、異空間収納魔法を使うことは避けるつもりでいる。異空間への収納魔法は商人にとっては、喉から手が出るほど欲しい能力で、それが使える者を商人が雇うこともあるという。俺は面倒なことに巻き込まれたくなかったので、なるべく目立たたないようにと考えていた。シズクが安心したように、口を開く。


「良かったです。私のお金では、魔王様が満足するような高い宿屋には宿泊できないと思ったので、ホッとしました」


 現在は徒歩でログリッド村に近づいているか、どう遠くから見ても、村の被害は大きい。特に村の西側が壊滅的だ。恐らく西側から《インヴェーダ》に襲われたのだろう。兵士たちも西側を中心に警戒している。


 だから、シズクの考える高級宿屋なんて無いと思ったが、それは口には出さず、答える。


「まあ、俺は高級さよりも綺麗さを求めるからな。別に豪華でなくとも、しっかりと清掃が行き届いていれば、それで満足だ」


 シズクが意外そうに答える。


「そうなんですね。魔王様は豪華なとこじゃないとお嫌かと思いましたが、違うんですね」

「そうだな、豪華なのも嫌いではないが、それよりは綺麗に清掃が行き届いている方が嬉しいな」




 しばらく歩いて、ログリッド村の入り口まで到達した。周りの兵士たちからは奇妙な目を向けられたが、旅人風の衣装を着ているので、そこまで違和感を持たれないだろう。俺は魔法で人間に変装したので、そのまま、疑われず村に中に入れた。中に入ったあと、シズクに尋ねる。


「シズク、この後はもう宿屋に泊まろうと思う。明日の朝から、《迷いの霧》とそこでお前が見たと言った怪しいフードの連中について聞き込みをしたいと考えているが、それで問題ないか?」


 シズクもかわいらしく頭を振った。


「はい。それで、いいと思います」




 翌日の朝、窓から差し込む陽の光で俺は目を覚ました。


「この宿は、思ったよりも寝心地が良かったな。シズクも起こすか」


 俺は、テーブルをはさんで、向こう側のベッドですやすやと寝ているシズクの肩を優しく揺する。


「シズク、朝だぞ。申し訳ないが、そろそろ起きてくれないか?」


 俺が声をかけた瞬間シズクが跳ね起きる。


「は、はい! 寝坊してすみませんでした!」


 俺は苦笑しながら答えた。


「いや、大丈夫だ。お前は寝坊などしていない。それでは、聞き込み調査を始めるか」

「わかりました」


 その後俺たちは、ベッドを整えて、宿屋のオーナーのいる受付に向かった。受付で、やつれた表情の女主人に質問する。


「昨日は、ありがとうございます。おかげさまでゆっくり休めました。これはその気持ちです」


 俺は、予想以上に快適だったので、そのお礼として追加でお金を渡した。支払いは昨日の受付のときに全額前払いしていた。だが、断られてしまう。


「いえ、昨日すでにお支払い頂いたので、受け取れません。お気持ちだけ、頂戴します」


 そう言われてしまったので、俺はひとまず、追加の支払いをやめた。そして気を取り直して、質問する。


「あの、1つ聞いてもよろしいでしょうか?」


 笑顔で女主人が答える。


「はい。何でしょうか?」

「最近、《迷いの霧》について聞いたことはありませんか? 実はこの子の知り合いがそこに巻き込まれてしまったようなんです」


 俺はシズクの頭を撫でながら確認した。だが、その女将は首を横に振って答えた。


「お役に立てず申し訳ございませんが、最近は聞きませんね」

「そうですか。わかりました。ありがとうございます」


 笑顔でお礼告げてから、俺は旅館を後にした。そして、他の村人にも聞いてみたが、全員知らないと答えた。一通り聞いた後、シズクが感想を漏らした。


「みんな、知らないみたいですね。でもなぜか、村の人がいなくなることが度々あるって言ってましたね。ここ半年くらいで、村人が10人くらい消えていると」


 俺は、首肯する。


「ああ、だが、《迷いの霧》については、全く噂すらない。人が消えた事実はあるのに、《迷いの霧》についての噂はない。本来であれば、この2つは大体つながっているが、今回は違うのか?」


 悩んでいる俺に対し、シズクがアドバイスをくれた。


「でも、この村では勇者が定期的に巡回に来てくれるみたいですから、その勇者が解決してくれている見たいですね。もしかしたら、そのおかげで、《迷いの霧》の問題も解決されているかもしれません」

「ああそうだな」


 俺は勇者という奴に良い思い出がないが、一般的には違うらしい。この村でも少しは聞いたが、勇者はわがままなものが多いが、優しい者たちもいるという。村の近くに凶悪な化け物が出たら、退治してくれるようだ。


「それにしても、勇者が《インヴェーダ》を退治してくれるように、巡回してくれるのはありがたいな。俺に敵対してくるのは気に食わないが、《インヴェーダ》討伐だけなら感謝してやってもいいな」


 シズクが笑いながら答える。


「私もそうですが、やっぱり魔王様も勇者が嫌いなんですね」


 俺は大きく首を縦に振って答えた。


「ああ、嫌いだな。俺を討伐する勇者は俺の話など聞かないから、嫌いだ。もう少し話のできる者なら、勇者であっても俺は嫌いにはならないだろうがな」


「とりあえず、この村でも情報収集はこのくらいが限度だろう。残りは、その城塞都市に向かってから、再度調査する」


 ここで村長に聞くのも考えたが、この後行く予定のノースガリア城塞都市で聞き込みを行った方がいいだろう。人口が多い分、噂も多くあるだろう。シズクが元気よく答える。


「わかりました」




 村民たちへの聞き取り調査後、俺はシズクを引き連れて、村の外に行った。

 《インヴェーダ》についてシズクにより詳しく教えるためだ。先ほどは近くで見れなかったから、この機会に近くで見せたほうがよいだろう。俺がわからなくとも、彼女であればなにか発見があるかも知れないからな。


 兵士に怪しまれないように距離をとっていると、風にのって、《インヴェーダ》の腐臭が漂ってきた。俺もそうだが、シズクも辛そうに、吐き気を抑えている。


「シズク、風魔法で、自分の周り風向きを入れ替えろ。少しはましになるぞ」

「は、はい。エアー」


 微弱な風魔法を使用して、周囲の空気の流れを調整した。俺もすでに使用しており、幾分マシになっている。ここら一体の風向きを操作しても良いが、そうすると、誰かが魔法を使ったとバレる。


 それだけなら良いのだが、大規模魔法を行使できると噂が広がれば、俺にとっては不都合だ。できる限り疑われないようにしたい。特に大規模魔法をいくつも単独で使用できることがバレたら、俺の素性を探られる。そこから俺が魔王だと怪しまれる可能性もある。


「シズク、あの化け物共がみえるか?」


 シズクは目をそらしながら、少しずつ見る。


「は、はい。あの、なんか潰れているように見える化け物が、《インヴェーダ》ですか?」


 俺は首肯する。


「そうだ。あれが《インヴェーダ》だ。体全体が灰色で、あの気持ち悪い姿をしている。正直、直視するのも避けたい生き物だが、まだわかないことが多くてな」


 俺は、シズクの表情を確認しながら言う。正直これ以上はここにいない方が良いだろう。


「シズク、今回お前に近くで見せたのは、お前であればなにか気づくことがあるかもしれないと思ったからだ」


 彼女が「私がですか」とかしこまった表情をしているが、俺は「大丈夫だ」と言わんばかりに大きくうなづいた。そうして、視線を兵士たちが死骸処理している《インヴェーダ》へと視線を向けた。


「奴らは厄介だ。いつどこで、出現するかの予想もできない。今のところ分かっているのは、村や町、都市などの人が住んでいる内側には、《インヴェーダ》が出現しないことだ。だが、その村や町、都市の外のすぐ近くに出現することは珍しくない。今回もそうだったのだろう」


「そうなんですね。でも、なぜ、町の中には《インヴェーダ》が出現しないのでしょうか?」


 シズクが少しだけ目をが輝かせて、疑問を口にする。どうやら研究者としての(サガ)を刺激されたらしい。

 俺はそれを微笑ましく見ながら答える。

 ――1つは、希望的観測を

 ――もう1つは、悲観的観測を


「そうだな、一番嬉しいパターンだと、人が集まっている場所には《インヴェーダ》のゲートの出現を阻止する“何か”があるのかも知れない」


 俺は一呼吸して、一番嫌な可能性を答えた。


「俺が考え得る最悪のケースとしては、あえて、《インヴェーダ》にとって不都合が多いから、人が集まっている場所にゲートを出現させないだけだ」


 シズクが首をかしげながら言う。


「不都合って何でしょうね?」

「わからぬ。《インヴェーダ》からこの世界を守るにしても、奴らがどうして、この世界にゲートを出現させられるかその理由さえ不明なのだ。これでは、根本的な解決は難しい。出現した後に、すぐに動けるように防衛体制を構築しておくしかないが、その構築場所でさえも、《インヴェーダ》のゲートが開かれる出現場所の可能性もある」


 俺は、自分で可能性を示唆だけで、気分が重くなった。シズクが察したのか、明るく言う。


「大丈夫ですよ! こう見えても私は調べたりするのが得意なので、調査するのは任せてください。幸いサンプルはありますから、調べられます!」


 シズクが《インヴェーダ》を指さしながら、サンプルと言った。さすがに俺は戸惑った。


「確かに、調査にはサンプルもあった方が良いが、あれを持ち帰るのか?」


 シズクは元気に言った。


「はい! 持ち帰りたいです!」


 流石にどうするか困る。俺が考え込んでいると、シズクが下から俺の顔を覗き込んで、小さい声で聞いてくる。


「……駄目でしょうか?」


 俺は、妥協案をシズクに提案した。確かに、分からないからこそ《インヴェーダ》の調査は必要不可欠だ。このままでは永遠に、俺たちが奴らのこの世界に対する侵攻を止める手段は持てない。この世界に《インヴェーダ》を出現させないように、その手段を見つけなければならないだろう。


「わかった」


 シズクが期待に満ちた目になるが、俺が続けて言葉を紡いだ。


「ただし! ここで、《インヴェーダ》を回収するのことはしない。サンプルが腐っているのでは、より正確な調査はできないだろう。だから今後、《インヴェーダ》が現れた時に、俺が一匹だけ、凍死させて捕まえる。それでいいか?」


「はい。ただ、可能であれば、生きた個体も欲しいです。活動している個体と活動していない個体では、状態が全然違うので、できれば両方欲しいです」


 俺は、仕方ないと思いつつ、答えた。


「わかった、それでは、可能な限り生きている状態でも、捕えてみよう。詳しい話は、また今度しよう」

「はい!」

「それでは、村から少し離れたところまで行くぞ、また空を飛んで、次の場所に向かう」

「わかりました!」


 相変わらず元気なシズクの声に俺も元気をもらい、俺たちは、エイラ辺境伯領のノースガリア城塞都市へと向かった。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


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