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  聖堂学園の授業の進みは地元よりも早かった。だがその分授業で自習の時間をとってもらえるので授業遅れるといったことは無かった。ただ精霊使いと騎士が別れる授業で少し困っていた。


「藤川! いい加減《精霊器》を抜け!」


 教師の怒声が響き渡る。一瞬驚いた他の生徒もまたか、と自分達の練習に戻る。


「……申し訳ありません。むやみやたらと抜くなと言われているので。」


 鏡がそう言うと教師が呆れ顔する。このやり取りは授業の度に行われている。

 鏡は別に教師をこんな顔にしたいとは微塵も思ってない。それに吹雪から抜くなとは一言も言われてない。何度も抜こうとした。しかしまったく、接着剤で貼り付けたかのようにピクリとも動かない。《精霊器》から精霊の加護を受けているのは身体能力の向上でハッキリと分かる。精霊使いに認められていない訳では無い。


「あれー? また抜けなかったのきょーくん。」


 人の神経を逆撫でするような声が聞こえてくる。声の発生主は荒川信治。明るい茶髪で襟足が長く首の後ろが隠れるている。ニヤニヤと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべてこちらに来る。


「きょーくんが刀を抜いているところ見たかったのになー。俺の《精霊器》と手合わせ願おうと思ってたのにさ。」


 そう言って《精霊器》である黒い鞭を撫でる。


「悪かったな荒川。今日の手合わせはお前とか。悪いけど俺は鞘に入ったままでやらせてもらう。安心しろ加護は受けている。お前の成長の手助けぐらいにはなる。」


 刀こ柄を緩く握り構える。色々混じった形容しがたい力が流れ込んでくる。


「なーんかきょーくんって下からなのか上からなのか分からない目線だよね。でもちょーっとイラッとしたから手加減しないよ?」


 鞭を地面に叩きつけ、構える。お互いいつでも動ける。相手の出方を伺っているのか動かない。短いような長いような一瞬、先に動いたのは鏡だった。地面を蹴り真っ直ぐ信治へと向かう。それを舌舐めずりして迎え撃つ。鞭を振るうとそれは風を切りながら信治の周りで踊る。隙間を縫っていくのは至難の業。鏡は止まることなく鞭の嵐に向かっていく。鞘に入ったままの刀を下から切り上げ鞭を弾く。その瞬間脇から鞭の一撃が当たる。


「――っ!」


 少し飛ばされるが踏みとどまり信治へと向かって行く。今度は刀の動きを最小限にしてぎりぎり鏡が通れる道を作る。幾度も鞭が掠めながらも信治へと近づく。しかし信治に近づくほど鞭は苛烈さを増していく。


「きょーくんすごいねー。そこまで捌くなんて。でもそんな中途半端な《精霊器》じゃどうしようもない、ねっ!」


 信治が鞭を大きく振るうと一層激しくなる。後ずさりながら鞭を捌く。


「君は恵まれなかったんだね、残念。」


 鞭が鏡の足首を掴む。足を引っ張られ背中を地面に打ち付ける。


「ぐっ……ってあぶね!」


 鏡が地面に倒れたところを鞭が襲う。それを何とか刀で払う。


「ま、払われるよねー。でも、もう終わりさ!」

「ぐあっ!」


 鞭が巻かれた足首が燃えるように熱い。信治の鞭が炎を纏っていた。それが鏡の足首を焦がしていく。

 熱さに耐えながら信治の隙がないか伺う。


「熱いですかーきょーくん。まだ足りないみたいだからもうちょい強くするね。」


 ごう、と音を立てて鞭の炎が大きくなる。


「があ、あ――っ!」


 さらに熱く熱くなる。歯を食いしばって耐える。


「へぇ。まだ耐えるんだ、すごいなー。あ、でも苦しそうだ! あははは!」


 上を仰ぎ高笑いをする信治。鏡の惨めな姿がツボに入ったみたいだ。

 ――今しかない!

 鏡は刀を鞭を持つ手へと投げる。


「いっ!」


 手首にちょうど当たる。鞭が手から離れ足首の拘束も緩む。立ち上がり落ちた鞭を信治の手が届かないところへ蹴る。


「まさかずっと隙を伺ってたのきょーくん?ははっ、俺の負け。《精霊器》がなくちゃ勝てないから。」


 両手をあげて降参のポーズを取る信治。それを見て鏡も帯刀して模擬戦を終える。


「きょーくんごめんな。足首熱かったでしょ。保健室まで一緒に行くよ。」

「これぐらいなら問題ない。1人でも行けるから荒川は授業受けてろ。」


 事実鏡は問題なく歩ける。


「はー分かってないなきょーくんは。俺は授業をサボりたいんだよ。だから口実だよ。」


 やれやれと肩を竦めて鏡の隣に立ち鏡の腕を自分の肩に乗せる。意外と力が強く驚く。


「せんせーい。俺《精霊器》の威力間違えて藤川歩くの辛そうなぐらい怪我させちゃったんで保健室連れて行きまーす。」

「荒川お前何やってんだ。肩を貸すほどとか今度から気をつけろ。早く藤川を保健室に連れて行け。」

「はーい。ほらきょーくん行くよ。」


 歩けないふりをするため信治へと寄りかかる。信治は少し驚くが素直に鏡を受け止めた。

 演習場から出て少ししたところで鏡が信治から離れる。


「荒川ここまでありがとうな。ここまで来れば先生には見られない。」


 そう言って離れたがすぐに肩を組まれた。


「ばーか。このまま一緒に保健室行かないと。俺がきょーくんを連れて行ったって事実がないとサボったことバレるでしょーが。大人しく連れてかれて行かれなさい。」


 信治なりの気遣いだ。なにも鏡にあそこまでの火傷を負わせる気はなかった。思いの外鏡の態度が気に食わなかっただけなのだ。


「ありがとな荒川。」


 気遣いを素直に受け取ることにした。


「そこは信治って言ってよ。」

「ああ、ありがとう信治。」


 鏡が信治、と呼ぶと信治はにっこりと笑い


「どーいたしまして、鏡くん。」




 信治が鏡の肩を持ったまま保健室の扉を開ける。


「失礼しまーす。怪我をした生徒を連れてきましたー。」


 信治の声に背を向けて座っていた白衣の女性が椅子ごとこちらにむいた。長い茶色い髪を片方に緩く束ねており大人の魅力を存分に発揮している。


「あら、一体どこを怪我したのかしら。」


 二人の様子から怪我をしたのは鏡だとわかり鏡の顔をじっと見てくる。


「足首を火傷したのでなにか保冷剤のようなものはありますか?」


 鏡は今までの学校と同じように申し出た。しかし鏡の言葉を聞いて保健医と信治が笑い声を上げる。


「うふふ、あなた転校生の藤川くんね。話は聞いていたけど前の学校の保健医は精霊使いじゃなかったのね。」

「そうですけど。そもそも精霊使いはほとんど周りにいませんでした。それで保険医が精霊使いだとなにか違うんですか?」

「精霊使いで保健医になるには光の精霊と契約していなきゃ行けないんだよ。」


 信治が代わりに答えてくれる。


「そう、その通りよ。あなたは?」

「荒川っていいまーす。」

「荒川くんね。荒川くんの言う通り光の精霊使いだけが保健医になれるわ。普通の教育機関だったら一般人がなっても問題なのだけれども、精霊の力での怪我は光の精霊でないと完治が遅くなるの。だからこういった精霊使いと騎士の特殊な学校では保健医は光の精霊使いだけがなれるようになっているの。てことでそこのベッドに腰掛けてちょうだい。火傷はそこまで酷くは見えないけど少しずつ治っているのねこれは。あなたと契約している精霊使いの加護のおかげね。私の力を使えばすぐに治るわ。じっとしていてね。」


 保健医が足首に手を置くと手のひらが光り始めた。足首がじんわりと温かくなる。痛みが引き、火傷が消えていく。

 昔小さな怪我をした時吹雪に同じように治してもらったことを思い出した。吹雪の治療の方が個人的に好きだと思った。


「――はい、もう大丈夫よ。動かしてみて。」


 足首を曲げたり回してみる。痛みは全くなく完治してる。


「ありがとうございます。」

「このまま授業に戻る?もうすぐ終わるけれど。」

「はいはーい、残りたいでーす。」

「荒川くんには聞いてないわよ。藤川くん、それで、戻りたい?」

「もう少し保健室にいてもいいですか?」


 信治がじっと期待の眼差しで見てくるのでそう言わざるを得なかった。保健医もそれに気づいたのか苦笑した。


「分かったわ。先生職員室にいかないとだから少し席を外すけど変なところを弄らないように。」

「はい。」

「はーい。」


 保健医が出ていくと鏡と信治の二人だけになる。


「ちょっと気になってたんだけどさ。鏡くんの《精霊器》って本当は抜かないんじゃなくて抜けないんじゃないの?」

「そうだよ。俺はこれを一度も抜けたことがない。」


 鏡はあっさり認めた。潔の良さに信治の方が驚く。


「あ、あれ? あっさりと答えたね? ま、いいけどさ。さらにもう一個。鏡くんと契約しているのは――皇吹雪さん?」


 今度は鏡が驚く番だった。誰かに言った覚えはなく知っているのは元気だけのはずだ。


「よく分かったな。大正解だ。」


 鏡が素直に誉める。しかし一体どこで分かったのか。


「ありがとーって言いたいんだけど前に食堂で鏡くんと皇さんが話しているの見てね。やっぱりその刀は皇家代々の《精霊器》かー。」


 皇家代々の? 鏡にはさっぱり分からず頭を傾ける。


「……え? 鏡くんまさか、知らないの……?」


 首を縦に振り肯定を示す。


「うっそでしょ!? 有名な話なんだけど! どうして皇さんと契約している鏡くんが分からないの!?」


 信治のあまりの驚き具合に申し訳なくなってくる。だが、知らないものは知らないのだ。吹雪との会話でそういった《御三家》絡みの話はしないし、地元でも《御三家》なんてそうそう話題に上らない。


「はー。俺から教えるのはたぶん違うだろうから皇さんに聞くか自分でしらべろよー、いいな!」


 人指を向け、これでもかと念押ししてくる。


「わ、分かったよ。吹雪に聞いてみる。」

「ならよし。」


 嬉しそうに信治が笑う。よほど嬉しいみたいだ。


「あ、鐘がなったな。教室に戻るか。」

「えー、まだいようよー。」


 戻りたくないと言う声は無視して鏡は保健室を出る。


「ちょ、置いてくのはひどいー!」


 信治が慌てて鏡の後を追いかける。

 演習場は教室がある棟とは別の棟の地下にあり、保健室も演習場と同じ棟にある。教室の棟と別の棟は渡り廊下で繋がっていいて鏡達はそこを歩いて教室のある棟へと向かう。

 日の最後にある騎士と精霊使い別々の授業は教室に戻る時間を考慮して早めに終わるため周りに生徒は誰もいない。


「ねえ、鏡くん。変な音しないか?」


 渡り廊下の真ん中で信治が足を止める。先を行ってた鏡も足を止めて耳を済ましてみると、微かだが地響きみたいな音が聞こえた。


「確かに……。信治、早くわた――!」


 渡ろうと言おうとした途端大きな音と揺れが二人を襲う。二人はなんとか踏ん張り立っていた。音は徐々に二人に近づいているようで音の大きい方を二人が同時に見ると地面に大きな亀裂が入りそこから沢山の木の根が這い出てきた。それは津波の様に信治へと向かっていく。


「うわあああ!」


 信治が悲鳴を上げる。


「逃げろ!」


 鏡が叫んでも気が動転して聞こえておらず動かない。


「――信治!」


 信治を助けようと信治の突き飛ばす。信治は尻もちを着き、信治のいた場所に鏡が代わりに立つ。大量の木の根が鏡に迫る。鏡はとっさに刀を抜こうとする。

 このままでは自分も巻き込まれ信治も木の根に呑み込まれる。信治を守るためそう思い刀を抜くと刀がするりと抜ける。刀の刃は美しく輝いており信治は思わず見蕩れてしまった。


「はああああ!!」


 刀を上段に構え振り下ろす。冷たい衝撃波が木の根を襲う。冷たい衝撃波は冷気で鏡の契約者である吹雪の精霊の力が表れた証拠だ。木の根は凍りつき動きを止めた。


「とどめだ!」


 鏡が凍った木の根の一点をつく。木の根全体にヒビが走り砕け落ちる。きらきらと太陽の光を反射しながら欠片が地面に落ちる。


「す、すげー……」

「いや、まだだ逃げるぞ!」


 鏡は信治を脇に抱えて演習場のある棟へと走る。

 鏡は根が崩れ落ちた先に体の一部がどす黒い精霊を見た。直感的に分かった。《毒》に犯されていると。あんな気持ちの悪い精霊見たことがない。

 また、揺れが二人を襲う。後ろをちらりと向くと木の根がまた襲ってきていた。


「鏡くん! さっきみたいに出来ないの!」

「無理だ! どうせまた根が襲ってくる!」


 建物に入れば! そう思って全力で走るが根が鏡の胴に巻き付く。鏡はとっさ信治を放り投げる。

 根は鏡を捕まえて満足したのか信治には向かっていかない。


「いって……。はっ! 待ってろ今助けるから!」


 信治が炎を纏った鞭を取り出す。鏡を縛る根に巻き付くと炎が強く燃え上がり根を焼き落とす。

 鏡は力がなくなった根を振り払い着地する。


「鏡くん! 大丈夫!?」


 信治が鏡に駆け寄り怪我がないか確認をする。どこか痛めた様子はなく安心する。


「鏡くん。あの精霊をどうにかしないとこの根っこもどうにかならないよね。」

「ああ。」

「うへえ。精霊を倒すとか嫌だなー。てかあの精霊って最近噂になっている暴走した精霊?」


 鏡はその問いに答えない。《毒》の存在はまだ公になっていないと聞かされていた。鏡は刀を強く握る。

 信治にはその動作だけで十分だった。


「そっか。だったら早くどうにかしないと!」


 二人が同時に駆け出す。鏡は根を避けながら精霊へ向かっていく。信治は鞭をもう一つ取り出し根を焼きながら真っ直ぐ向かっていく。

 一歩早く信治が精霊の目の前に出る。


「ごめんね!」


 炎纏った鞭が精霊に飛んでいく。勝負は決すると思っていた。しかし


「逃げろ!」

「え?」


 精霊から巨大な根が生え、信治の鞭を飲み込んで行く。信治がいくら引っ張っても抜けることがなく信治が引きずられていく。

 今しかない。精霊が鏡に夢中になっている間に!

 鏡は大きく周り込み精霊の後ろから飛びかかる。

 凍らせれば俺らの勝ちだ!

 刀の切先が光に触れる瞬間おびただしい量の根が精霊の背中からから溢れ出す。鏡を逃がさない。強い意志を感じる。避けることの出来ない量にただただ飲み込まれていく。刀も飲み込まれたと同時に根に取られてしまう。

 呼吸も出来ず意識も呑まれていく。


「鏡くん!!」


 信治の呼び声が聞こえてくるが応えることが出来ない。意識が落ちかける。


「情けないわよ鏡。それでも私の騎士なの。」


 遠い意識の中聞き馴染んだ声が聞こえてくる。自分を叱咤する声。落ちかけた意識が浮上する。


「私の騎士だったらこんなのに手間取らないでよね。あなたは私の――皇吹雪の騎士なのだから。」


 体を動かそうとする。なんとか刀に触れたい。しかし体は少しも動かない。


「はあ、情けないわね。でも今回は《精霊器》を使えたからそれでよしとしてあげる。」

「皇さん近づいたら!」


 鏡は何が起きているかさっぱりだった。でも吹雪が来た。それだけははっきりと分かる。なら、もう大丈夫だ。


「私の騎士を返して貰うわよ――凍りなさい。」


 鏡を心地よい冷たさが包み込む。

 バキン――。

 苦しさから解放されて地面に情けなく落ちる。

 頭を振って意識をハッキリさせると目の前には吹雪が氷漬けにされた精霊を片手に立っていた。


「ほら、立ちなさい。」


 空いた手を差し伸べてくる。鏡はその手を素直に取り立ち上がる。吹雪は立ち上がった鏡を上から下まで怪我がないか見ると満足気ににっこりと笑みをつくる。


「怪我はないみたいね。よかった。」

「おーい! 鏡くーん! これちゃんと持ってなよ!」


 信治が鏡の刀を持って来た。ただ両手で抱えて重そうに見える。


「ありがとう信治。」


 信治が慎重に持ってきてくれたと思って片手でそれを受け取る。


「うわ、それよく片手で持てるね。めちゃくちゃ重かったんだけど。」


 これが重い? 俺にとってはすごく軽いけど。


「それは当たり前よ。あなたの《精霊器》じゃないもの。試しにあなたの鏡に持たせてみて。」


 信治が鞭を渡してくる。どうせ重くないだろうと思って片手だけを差し出す。信治が手を話した瞬間手のひらにありえない重量がかかり慌ててもう片方の手で支えた。


「あまり知られてないのよね。そもそも他人の《精霊器》を持つことなんてないもの。」


 信治も初めて知るらしく驚いている。ひとまず信治に鞭を返す。


「ところであなたの名前は?」

「お、俺は荒川信治って言います。きょ、鏡くん、いや、鏡さんの友達です。」


 緊張でいつものように喋れていない信治に鏡は笑いそうになる。


「信治くんね。鏡の契約者の精霊使い皇吹雪よ。同い年なのだから敬語も名字にさんでなくていいわよ。」

「いえ、それは……その。」

「困らせてごめんなさい。無理強いさせるつもりはないから気が向いたらでいいわ。」


 丁寧でどこかの箱入り令嬢のような吹雪に鳥肌が止まらない。鏡は腕をさする。


「何か言いたそうね鏡。」


 鏡が腕をさすったのを見逃すわけなくにっこりと慈愛の笑み鏡に向ける。鏡は蛇に睨まれた蛙にでもなった気分だ。下手なことは言えない。


「あー、あれだ。お前どうしてこんな所に? 今はHRの時間だろ?」

「別にちょっと気になって来てみただけよ。そしたら精霊が暴走して挙句襲われているのは私の騎士とその友人よ。来てよかったわ。」

「それはほんと助かった。ありがとう吹雪。」

「お礼は後でたっぷり貰うわ。それよりも二人は早く教室に行ったら? もうすぐでHR終わるけど。」


 スマートフォンの時間を見せてくる。時刻は3時55分とあと5分しかない。


「きょ、鏡くん急がないと!」

「おい待て信治!」


 信治のあとを追いかけるように鏡が駆け出す。吹雪は呆れたように二人を見送る。

 校舎に入る所で鏡が振り返る。


「吹雪! ありがとうな!」


 心のそこからの笑顔でお礼を言う。吹雪は少し驚いた後手を振った。鏡も手を振り返して校舎の中へと入っていく。

 鏡の後姿が見えなくなると吹雪は氷漬けにされた精霊を見つめた。


 HRが始まる前地響きみたいなのが起きた。けれど地震速報は来なかったからいつものようにどっかの誰かが暴れ始めたと思って気にしなかった。他の人も同じように。けれどもHRが始まってすぐ、何かを感じた。それは久しく感じていなかった力。まるで包み込むような脆く温かい力だった。


 吹雪は嫌な予感がして教室を飛び出した。しっかりと教師には生徒会として事態を止めてくると言い。


 吹雪は音がする方に向かって走って行った。そして音の発生源に辿り着いて目を見開いた。そこには見知らぬ生徒と《精霊器》を抜いて精霊と相対する鏡がいた。


 常日頃吹雪は鏡から《精霊器》が扱えないと何度も言われた。吹雪は心構えが足りないのよ、とそれしか言えなかった。厳密に言うと吹雪も詳しくは知らなかった。だからこそ鏡が刀を抜いて戦う姿を見て吹雪は安心した。


 鏡が木の根に呑まれ焦って声を掛けた。元から鏡に抜け出せるとは思っていなかったがもしかしたらと思って任せてみたが駄目だった。


 けれどもそれは些細なこと。鏡が《精霊器》をしっかりと扱った。それがなにより吹雪には嬉しかった。褒めたかった。でももっと鏡は強くなれる。そう思って叱咤する声掛けた。

 吹雪は手の中の氷漬けにした精霊を見つめる。


「私はね。精霊も人も同じなの。精霊を傷付けるの良しとしないのは精霊が害ではないから。いくら《毒》に犯されていると言っても私の大事な人を傷つけた。正直なところ今すぐこの氷を砕きたい所なの。」


 氷を持つ手に力が入る。吹雪の精霊である氷麗がそれを止めるように手を重ねる。

 力が安定している精霊は意図しない限り契約者以外見えない。契約者からも見えないようには出来るが契約者は存在をいつも感じている。


「大丈夫よ氷麗。本当に割ったりしない。この子は家に持ち帰って治療してもらうから。でもね感情ってままならないのよ。」

『私は知っている。あなたが、吹雪が強いことは。』

「私は強くない。今は去勢の張り方を知っただけ。どう振る舞えばいいか理解しただけ。氷麗は私を過大評価しすぎよ。」


 吹雪は氷漬けにされた精霊を制服のポケットに仕舞う。


「……氷麗。この精霊が狙っていたのって」

『鏡に間違いない。鏡の木の精霊からの気に入られ方は尋常ではないから。この間の桜の木の精霊もそう。』

「鏡が気づいていないのがやっかいよね。」


 鏡は自分が木の精霊に好かれていることは全く気づいていない。姿が見えない。声が聞こえないという状態が気付かないという状況を生み出した。


「《毒》に犯された精霊が欲望に忠実になったということの証ね。これは伝えておくべきことだわ。解決に役立つか分からないけど。」

『些細なことでも十分だ。私達精霊も《毒》については全く分からない。少しでも情報はあった方がいい。』

「今のところ光の精霊で治療出来るのが唯一の救いね。それ以外は治療法が分からない。早くこんな事件解決して欲しいわ。」


 吹雪の体から冷気が溢れ出てグラウンドの草が凍る。それは吹雪の怒りを表していた。

 吹雪は生徒会のみんなにもこのことを伝えるため校舎へと戻った。


あと一話か二話更新したら次の更新までぐっと期間が空きます。

恐ろしいほど空きます。申し訳ありません。

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