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翌日鏡は吹雪に言われた通り《精霊器》である吹雪から投げ渡された刀を持って学校へと赴いた。よくよく生徒を見れば《精霊器》と思しき武器を持っている者がいる。いや、思しきではなく学校にもおよそ日常生活に必要のない武器を持っている人物もいる。
鏡は学校に来るまで不安だった。およそ普通に考えて日本刀を持ち歩くなんて正気の沙汰ではない。犯罪でもある。登校している時はいつ警察の御用になるのか気が気ではなかった。だが、すれ違う人々誰も何も言わない。加えて学校の様子。鏡は気にしているのが馬鹿らしくなってしまった。
二年四組の教室に入っても誰も鏡の《精霊器》を気にとめない。鏡は自分の席に座りほっと息をつく。
「よ! おはよう!」
HRが始まる五分前に元気がやってきた。
「おはよう。朝練か? 鞄に土ついてるぞ。」
「え! まじか!」
鏡が指摘すると元気は鞄の土を叩き落とす。
「今日朝練遅れそうになって急いで行ったから荷物地面に置きっぱにしてさ。そのせいだな。」
「朝練ってそんなに早いのか?」
「いや、七時半だからそうでもない。ただ単純に俺が寝坊しただけだ。」
「朝のHR始めるぞー。席につけー。」
教室の扉が開き担任の胡桃沢俊が入ってきた。二人は会話を切り前を見る。胡桃沢は出席の確認をしたあと簡単に連絡を済ませて早々に教室から出て行った。
「きょーくん。おはよう。」
胡桃沢が出ていくと鏡の前の席に座る早苗が振り返り挨拶をしてくる。
「おはよう希樹さん。」
挨拶をされたら返す。たとえ好ましくない相手だとしても。
「もー!昨日も言ったけど早苗でいいって!」
「希樹さんって呼ばさせてくれないかな? 俺希樹って音が好きでさ。」
嘘ではない。本当のことだ。小さい頃見ていたアニメの主人公の女の子の名前と一緒だ。当時俺はその子のことが好きだったし今見ても楽しめるだろうし、同じようにその女の子のこと好きになるだろう。
「分かった。そう言うなら希樹でもいいよ。それにこの名字が好きって言ってくれたのきょーくんが初めてだし。」
少し照れた顔を向けてくる。早苗の頬が赤くなるのと反比例して鏡の心は冷えていく。
「そういえばきょーくんって一人暮らし? 料理とか出来るの?」
「困らない程度には。母さんに叩き込まれたから。」
昔から最低限のことは両親から教わった。家事も体の動かし方も騎士として生きていた二人は嬉々として教えてくれた。
「へー。優しいお母さんなんだね。」
羨ましいそうな眼差しを鏡へと向ける。鏡は眼差しが今までと少し違うと感じたがそれが内包する感情までは分からなかった。
「あ!次移動教室だった!早く行かないと!私友達と行くからまたねきょーくん。」
早苗は鏡から逃げるように席から立って友人、新保雛の元へと行ってしまった。
どことなく違和感を感じながら鏡は気にせず移動教室の準備をした。
三限の授業が終わり昼休みへと移る。
お昼どうしようか……。
「鏡、一緒に飯食いに行かねえ?」
ちょうどお昼をどうしようか悩んでいたので元気が学食で食べようと誘ってきたのを快く承諾する。
一階の食堂は混みあっていてご飯を買って席に着くまで一苦労した。
「学食っていつもこんな感じなのか?」
「んー、この時期だと普通だな。冬とかなるともっと人が増えるぞ。いつも弁当を持参してる奴が面倒くさがって食堂に来るからな。」
これより人の多い状態を想像をして鏡はぞっとした。人混みがあまり得意ではない鏡にとっては地獄でしかない。教室の三十人だけでも鏡にとっては大人数だというのに。
鏡と元気がのんびりとご飯を食べていると食堂から見える中庭から爆音が響いた。
鏡が驚いてそちらを見ると二人の女子生徒が睨み合っていた。一人の女子生徒は手に火球を構えていた。もう一人の体の周りには水が螺旋状にまとわりついていた。
火球を持った女子生徒がそれを相手に向かって投げつける。スピードは全くなく簡単に躱される。火球は地面とぶつかり先程の爆音を轟かす。
火球を避けた女子生徒は螺旋状になっていた水を鞭のように操り相手に攻撃をするが炎によって蒸発させられていた。
「お、おい、元気! あれ大丈夫なのか!?」
鏡が慌てて元気の方を見るとのんびりご飯を食べていた。
「ん? ああ。ほっとけ。あんなの日常茶飯事だからよ。それに他のやつも止めるどころか楽しく観戦してるだろ。」
元気に言われて周りを見るとほとんどの生徒が二人の女子生徒を興奮したように見ていた。ある種の異常な光景に鏡の食欲が減退した。だが残すわけにはいかずゆっくりとなんとか咀嚼して嚥下していく。
あんなのが日常とかたまったもんじゃない……。
「早いとこ慣れた方がいいわよ鏡。今後ご飯を美味しく食べたいならね。」
鏡が先程より落ちたスピードで食事をしていると横からよく知った声が聞こえる。
「いいのか吹雪俺に接触して。」
鏡は驚くことなく吹雪と会話をする。吹雪が突然洗われるのはいつもの事だ。
「別に今はみんなあの二人に夢中よ。それにいつかはバレることよ。というよりバラすわよ。鏡が私の騎士兼婚約者だってこと。」
「……婚約者のこと忘れてた」
婚約者だとしても鏡は女だ。婚約者の役目など実際ないのですっかり忘れていた。
「す、皇吹雪!? きょ、鏡! どういうことだ!」
酷く慌てた元気が小声で訊ねてくる。大声ではまずいと判断したのか。元気の存在をすっかり忘れていた鏡は正直に言おうか一瞬迷ったが吹雪はバラすと言ったので本当のことを言うことにした。
「どういうことも何も。」
「鏡は私の騎士兼婚約者ですよ。」
「……。」
吹雪がこともなげに言うと元気は驚きのあまり言葉を失った。元気の様子に嫌な予感しかしない。
「なあ吹雪。お前この学校でどんな風に思われてるんだ? 御三家ってことを抜きにしても元気のリアクション大きすぎじゃないか?」
「さあどうかしらね。他人がどう思ってるかなんてわかるわけないわよ。えーと元気くんに聞いてみたらどうかしら。」
自分から教える気がないと分かり鏡は元気から聞こうとするが鳩が豆鉄砲食らったみたいになっている。元気の顔の前で手を振ってようやく正気を取り戻してくれた。
「元気。お前から見て吹雪のことを詳らかに言ってくれないか?」
「はっ!? 本人を目の前にしてとか鬼畜かお前?」
んー、それは確かにそうだ。ちらりと吹雪を見る。
「別に言っても構わないわよ。どう思われているか私も気になるもの。」
にこにこと笑って元気に言うように促す。こいつの方が鬼畜なのではと思った。元気少し逡巡した後少し下を見ながら語る。
「えーと、皇さんがそう言うなら。いや、なんか本人を前に言うと恥ずかしいですけど皇さんは憧れですよ。氷の上位精霊と契約をしていて実力もある。騎士を伴った精霊使いとの実践訓練でも身一つで勝ってしまう。その上御三家の皇家の一人娘ですから。路傍の石のような俺は話すことすら出来ない天上人って所ですかね。あ、一応言いますけど他の人もだいたい同じですからね。俺だけじゃないですからね。」
早口で一気に言い切ったぞこいつ。鏡は元気の吹雪への絶賛でなんとも不思議な気分になった。
吹雪が強いことは知っているがそれをマイナスに出来る悪癖がある。もしかしてここの生徒はそれを知らないのか……。真実を伝えたいという思いもあったが元気の真っ直ぐな眼差しを見て夢は夢のままにしておこうと口を閉じた。
「孤高の精霊使い。皇さんは他の人にどんなに騎士にしてもらうよう頼まれても首を縦に振らなかったんだよ。黒桐の倅のも断った。それにどれほど言い寄られても全部断っていたのも有名だ。だから鏡、お前が騎士兼婚約者なんて天地がひっくり返るようなことなんだよ!」
さっきと変わらないスピードで言い切った元気。あまりの褒め具合に鏡は引いている。
「なんか照れるわねそこまで言われると。」
少し照れたのか頬を掻く吹雪。そんな吹雪を見たことない鏡は愕然として思わず
「……気持ち悪。」
「何か言った?」
「何も言ってないです。」
何も言ってないって言っただろ。太もも抓るのは止めろ。それにしても吹雪はかなり人気みたいだな。さっきからこちらをちらちらと見ている生徒がいる。
「行くぞ元気もう食い終わっただろ。」
「え、いいのか。皇さんは……」
「私のことは気にしないで。またね鏡、元気くん。」
このままいるとたくさんの生徒の好奇の目に晒されると悟った鏡は急いで席を立つ。まだ、みんなが戦闘に夢中になっている間に。
手を振って鏡と元気を見送る。吹雪は二人が消えるのを見るとご飯を頼むことも無く食堂を後にした。吹雪は真っ直ぐ同じ階にある生徒会室へと向かった。
「遅れてすみません。」
生徒会室の扉を開けると吹雪以外の役員が全員がいた。所定の席に着く。
「さて、全員集まったので五月にある球技大会について話し合いたいと思います。メイ。」
扉から一番奥に座る会長は神木真。《御三家》の一つ神木家の次男。真に呼ばれた隣に座る女子生徒は神木の騎士の浅黄メイだ。七色の浅黄だ。
「球技大会は例年通り三日間行います。一日目はバドミントンを。こちらは男女分けて。二日目はバレーボールこちらも男女分けます。三日目は全校生徒からアンケートを募り、一番多いものとしますがおそらく例年通りドッチボールになるかと。」
「三日目に関してはアンケートを取った後でいいだろ。それよりもまた今日も《喧嘩》があったみたいだな。二日目でこんなんとか頭が痛くなる。」
先程の中庭での騒動のことだろう。苦言を呈したのは黒桐静だ。《喧嘩》とは精霊使い同士の争いだが他に《決闘》もある。違いは申請するかどうかでやることは変わらない。
「でだ、もう一個確認しとくとそれを食堂でのんびりと見てた奴がいると――吹雪。お前のことも噂されてるぞ。」
「あら、どんな噂なのか気になるわね。」
「お前に騎士が出来たとかで何故か館林元気がその騎士だと噂されている。」
「うっっそっ!!」
驚きで大きな声が出てしまう。そもそもさっきの事なのにもう噂があるのも理解できない。
「嘘じゃない。俺の影がしっかりと聞いてきたぞ。」
静は影の精霊と契約をしており静の精霊は静の元を離れて情報収集をしている。
どうして鏡の名前ではなくて元気の名前が出てきているのか。館林元気の名前を頭で反芻するとあることを思い出した。
「あ! あの人去年の《精霊祭》で真さんを倒して優勝した人だわ! あー、なんで忘れてたのかしら……。」
机に突っ伏して己の記憶の悪さを呪う。
「偶にですけど皇さんはポンコツになりますね。」
慰めるように隣に座るメイが吹雪を撫でる。
「しかし皇さんは《精霊祭》も見ていなかったですから記憶が薄いのも仕方ないかと。」
メイが吹雪をフォローする。吹雪はありがとうございます、となんとか返す。
「もしかしてその騎士って吹雪が前に言っていた大切な人なのかい?」
吹雪が真の方をむく。以前真から婚約者にならないかと打診された時大切な人がいるからと吹雪は断っていた。もちろん大切な人とは鏡のことだ。
「はい。そうですよ。そして私の婚約者でもあります。」
真っ直ぐ真を見つめて半分嘘をつく。偽りの婚約者であるということは吹雪の家族と黒桐の人にしか伝えるつもりは無い。御三家には言っても問題は無いかもしれないが、偽りの婚約者を置くことになったのは今ここにいる真のせいにほかならない。
「あちゃー。大切な人がいたとしても権力を使って婚約者になっておくべきだったかな。吹雪は僕と婚約者になるのが嫌でその人を急いで騎士かつ婚約者にしたんでしょ?」
間違っていないはずだよ。と念を押してくる。
偽りの騎士にしたという所以外完璧にあっているのが腹立たしい。がそんなことはおくびにも出さない。
「大正解ですよ。私は婚約者を作る気はないですから。自由に人を好きになって本気で添い遂げたい人と結婚するつもりなので。」
吹雪の本心である。ただ今鏡より大切な人がいないというだけだ。しかし鏡と添い遂げるかと言われればそれは違った。性別云々は抜きにしても鏡はかけがえのない友人なのだ。
「見事に振られてますね神木さん。」
「この男がここまで爽快に振られてるのを見るのは最高に胸がすくわね。」
「あれー? ここは振られて傷心の僕を慰める所じゃないのかな、黒桐にメイ?」
少し気づいた顔で二人の顔を見る。
「男を慰める趣味はないので。」
「慰めて欲しいならお金。」
「二人とも酷すぎる!」
追い打ちをかけられていたく傷ついたようにがっくりと肩を落とす。吹雪もその様子を見て内心笑う。別に真のことが嫌いではない。それどころか尊敬をしている。完全無欠とされている神木真のこういう所を見るのが単純に面白いだけだ。
「そうだ吹雪。一個確認したいんだか。鏡にやったあの《精霊器》の刀はお前のか?それとも皇吹雪のものか?」
静が問うと吹雪以外の顔も真面目なものとなった。
「――皇吹雪のものよ。今現在騎士がいるのは私だけよ。それは当然皇吹雪のものを渡すに決まってるわ。」
至極当然、と堂々と言い切る。
「へぇ、皇の《精霊器》を持っているのかその“きょう”って子は。」
黒桐がしまった、という顔をする。
「さっき自然と騎士は誰かというのから逸らされちゃったからね。“きょう”って子は何人か居るだろうけど誰かはすぐ分かったよ。今年二年生で転校してきた藤川鏡って子でしょ。彼が“藤白”かあ……」
「……神木さん。いくら御三家であっても気軽に“藤白”と口にしないでください。それがどういうものかはよくご存知でしょう。そしてそれが既に無くなっている理由も十二分にご存知のはずです。」
真が“藤白”と口にした瞬間静は真を射殺すのではないかというほど鋭い視線を向けた。
「もちろん知っているとも。皇が騎士を持たない理由も知っている。だからこそ今回の藤川鏡くん。彼を“藤白”と疑わずに居られないのも分かるよね、黒桐静?」
真から圧が放たれる。静が息を呑む。
既に黒桐の様子から真は鏡が“藤白”と扱われていることを見抜いている。だが、
――吹雪はそうではない、かな?
吹雪は涼しい顔でやり取りを眺めていた。そしてその口を開く。
「藤川鏡は藤川鏡以外の何者ではないわ。それは確かよ。真。うちの騎士に変なちょっかいをかけてご覧なさい。その瞬間真の時間を永久に止めるわよ。」
冷たい空気が真の首元を漂う。真はこれ以上つつかないのが吉と判断し両手を上げた。
「別に藤川鏡くんに何かをしようなんて思ってないよ。ただ純粋に気になっただけだよ。好きな子の婚約者だよ? ちょっとぐらい探らさせてくれてもバチは当たらないはずさ。だから皇として僕と相対するのはやめてくれないか。皇吹雪は好きじゃない。幼なじみに喉元にナイフを突きつけられているような状態とか最悪だよ。」
「……」
すーっと首に暖かい空気が流れてくる。真がほっと一息ついて両手を下ろしたところでメイに顔面を書類で叩かれる。
「あう」
「醜い嫉妬は終わりましたか。この書類来週の会議までに目を通しておいてください。神足校との交流会の書類です。」
冷静な声で真に仕事を流す。
吹雪は静とはもちろん、真とメイとも幼なじみで学校以外では呼び捨てで仲がいい。けれども真の扱いに一番慣れているのはメイである。
「うう……分かったよ。神足か。紅井と蒼月は仲良くやってるかな。」
真が憂うように呟く。
「紅井と蒼月の家が仲良しとか。」
「ありえませんね。」
静とメイがはっきりと言う。紅井と蒼井は《七色》の家で代々仲が悪い、というよりライバル関係にある。
静とメイは同じ七色ということもあり関わりがあり二つの家のとこもよく知っている。
「やっぱりそうだよね……。はあ。ほんとあそこの家には仲良くして欲しいんだけどねえ。あ、そろそろ昼休みが終わるから解散よう。今日の放課後また集まってくれ。」
四限があるので生徒会は一旦解散をしてそれぞれのクラスへと向かった。真とルイは三年生なので吹雪と静が一緒になる。
「吹雪」
「うん?どうしたの静。」
静が吹雪を呼び止める。
「悪かった。不用意に鏡の名前を出したりして。お前、いつかバレることだと思っていてもここまで早く明かすつもりはなかっただろ。」
静が眉を顰めながら謝る。皇家に仕える黒桐としては吹雪の意に沿わない形になるってしまうのは本意では無い。
吹雪は静の様子を見て優しく笑う。
「別に気にしないで。少し早くなっただけだし真さんは吹聴することは無いわ。私がしたいのは全校生徒に向けて堂々と発表したいのよ。」
「……それ、鏡すごく嫌がると思うぞ。」
静は鏡が目立つことを嫌うのをよく知っている。しかし吹雪の騎士兼婚約者となった今では目立つなという方が無理だが。
「知ってるわよ。一体何年鏡と友達やってると思ってるの。でもいい加減騎士になりたいって人の心を砕かないとって思ってね。私は鏡以外の騎士は求めてないから。」
吹雪は静の顔を見ることなく言い切る。吹雪は静が皇の騎士になりたがっていることを知っていた。またそれが純粋な忠誠からというのも知っていた。そして今静が悲しい顔をしているのも分かっていた。だから静の顔を見ずに言う。
「……吹雪。俺は鏡で良かった思う。あいつはお前のことをきっと守ってくれる。」
静が絞り出した言葉は本心だ。本当に鏡で良かったと思っている。吹雪はその言葉に頬が緩む。
「……ええ、私も鏡に出会えて良かった。」
まさしく運命の出会いとも名付けていいかもしれない。吹雪はそう思った。
今の私と私の世界があるのは鏡のおかげなのだから。




