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観戦席に行くと大半の生徒が集まっているのかかなりの賑わいを見せていた。できることなら誉、世見と合流したかったがこの中を進むのはなかなかの勇気がいるし山茶花は明らか嫌そうな顔をしているので仕方なく端の方に座る。半透明の映像が宙に映し出される。基本的に戦闘が行われている所が中心に撮影されている。知り合いはいるかと見てみると見知った黒髪の静姿が目に入る。近くには同じチームの生徒が目に入る。今まさに別チームと戦っているようだ。
「鏡の知り合い?」
食い入るように見ていたのか山茶花が訊ねてくる。
「うん。あの黒髪の」
「え、もしかして黒桐静?」
「そうだけど静のこと知ってるんだ」
「……鏡って世間知らずなんだ本当に。《七色》の一つだよ。知らない人なんていないよ。でもそっか皇吹雪の騎士だったらそれは知り合いだよね」
一人でうんうんと頷く山茶花。どうもこの精霊使いそれと騎士に関係者は知って当然と言う《御三家》に《七色》。知識としては入れたけども身についていない。こればかりはどうしようもないと諦めている。
「あ、黒桐が倒した」
黒桐が影を操り仲間をサポートしながら敵のチームを危なげなく打ち倒した。
「余裕で倒したな」
「うん。これはここの勝ちは黒桐のチームかな」
そんな風にのんびりと会話をしている。周りは盛り上がっているようだ。確かに静の見た目は綺麗だ。人気あるだろうなと呑気にそんなことを考える。しかしそんなのんびりとした雰囲気は消えた。たった一人の男子生徒の登場で。
山岳地帯にフィールド。足場が悪く遮蔽物の多い今回の戦場は静にとって有利であった。遮蔽物が多いというのは影が至る所に発生するのでそこに隠れられ、操ることが可能になる。
「塔目。渓谷の入り口はどうだ?」
岩盤から顔を覗かせる男子生徒に静は問いかける。
「なし。けれどそのうち来るかと。黒桐がどこを陣取るかは皆わかってるだろうからな」
この戦いでの仮想敵はどこも静が所属しているチームだ。他を潰すのはもちろんだがそれ以上に静を残しては勝ち残れないと踏んでいる。現に昨年のチーム戦では二人だけで半数以上を倒している。警戒されるのはもちろんだった。
「黒桐くん黒桐くん。私の影に隠れなくていいの?」
チームメイトん女子話しかけてくる。
「漣さんには最初囮役になってもらう。騎士である君の影にいると思わせるために」
「そしたら俺がお前と挟み撃ちってわけだな!」
ぱん、と手のひらと拳を合わせ自信満々に答える男子生徒。
「ああ、たのんだぞ煉瓦。思う存分地形ごと壊せ」
力の精霊と契約している彼には敵を相手取りながら地形を破壊してもらう。
渓谷で息をひそめる四人。それぞれ違う場所へと配置につく。静は影を伝い渓谷の入り口にとどまる。彼にとって光の当たる場所より影の中がとにかく居心地がいいのだ。
影の中からだと世界の彩度が落ちて見えるので監視としての役割はできないにで合図を待つしかない。合図は決めてないが地形が壊れたらそれが始まりになる。
ゆっくりと待つ。音に反応するだけでいい。そして少しして喧騒が聞こえてくる。仲間の威勢の良い声に知らない声が混じる。そろそろかと影の中を移動しながら音のする方に。すると大きな音ともに影が濃くなる。それで渓谷が破壊され岩が落ちたかと分かる。だが、おかしい。その一瞬で人の声が消えたのだ。まさか、と思いながら影の薄いところへ移動しようとしたところで
「さあ黒桐さん。俺とサシで勝負しませんか?」
その声が一体誰のものかすぐにわかった。現聖堂学園で最強と目される人物。館林元気。力の精霊と契約しており純粋な力勝負で昨年聖真を打ち破り精霊祭で一位に輝いた実力を持つが交流会では大した活躍はなくあくまで個人の力のみと判断して問題視していなかったが──ほかを全部潰してきたのだろう敵味方関係なく。
「俺は一対一の勝負が好きなんですよ。去年は戦いたい相手が予選でいなかったんで適当に流してたんですけど」
──今年は違うんで
そう言って影をためらいなく殴っていく。拳が振り下ろさた箇所はクレーターが出来上がる。いや、クレーターなぞ生易しいものではない。大地がくるりとえぐられている。さすがにあれはひとたまりもない。影が突然なくなれば追い出され地表へと引きずりだされてしまう。今、舘林元気の前に引きずり出されれば負けは確定になる。あんな化け物と正面とやりあっては命がいくつあっても足りない。彼から距離を取るようにして影を移動する。しかし野生の勘なのかぴたりと元気は動きを止めると静が隠れている場所に視線を向けると満面の笑みを浮かべ地面を蹴る。元気がいた場所は大地にひびが走っている。一体だろ程の力で蹴ればああなるのか。それでいて彼に顔に力みなどは一切ない。風を切る速度で向かってくる元気に静は反応が遅れる。次の瞬間には
「おらあ! 出てこい!」
地面を叩き割る音と共に体に衝撃が走る。地面が割れると同時に影もぐにゃりと歪み外にはじき出されてしまう。
「ちっ」
顔をゆがめ宙に放りだされながらも態勢を立て直す。元気は静を視界に捉えるとと口角をにっとあげる。
「やっと戦える! 去年は一度も戦えなかったんでよろしくお願いします!」
拳をぐっと握り静の元へと飛ぶ。重力を感じさせな動き。それに対して静は慌てることなく地上の小さい自分の影を伸ばして元気を縛り付ける。
「んお!」
地面へと引き寄せられてしまう。その間に崩れた岩に静は着地する。だが息を吐いている暇はなくすぐにその場から離れる。この場所は渓谷が完全に破壊されてしまっていて多く遮蔽物はあるが影が途切れ途切れになってしまっている。先ほど元気を地面へと引き寄せたのと同じ要領で影を自分の体に巻き付け影のある場所だけでも素早く移動する。渓谷の奥にあたる場所まで来ると大きな壁が立ちふさがっていた。岩を沢山積み重ねたのか行く手を阻まれている。そこでくるりと静は振り向く。そして呼吸を整えると前を見据える。
「追いついた──さあ、俺と一騎打ちお願いしますよ!」
元気に追いつかれ戦いを余儀なくされる。
──仕方ない。それにこいつを倒さないと次に進めない。
自分の影から何本もの線が宙に伸びる。それは静の周りでくるりくるりと踊る。元気も拳を構えると静へと一直線に向かってくる。拳を振りかざし一切のためらいなく振りぬく。だがそれは静かに当たることなく黒い縦に阻まれる。それは静の周りを踊っていた影だ。しかし阻まれたぐらいで止まるはずもなく
「おらああああああ!」
ぐぐ、とさらに力をかけていく。影ががわずかに押されたタイミングで
「ぐあ!」
影から無数の針が飛び出し元気の体を傷つける。針の隙間を縫い盾を足場にして距離を取る。そこを狙って影が伸びる。腕で払おうと振るうが蛇のように自在に曲がり胸元を狙ってくる。咄嗟に手でブローチを隠す。影が手の甲を突き刺し赤い血が伝い落ちる。痛みに顔を少し歪めながら影を掴む。掴んだとこからまた血が出るがお構いなしに強く、強く握る。手の港から引き抜くとぐいと引き寄せようとするが微動だにしない。
──影の精霊使いと戦うのは初めてだけど影の特性が読めないな。影に潜れる。自分の影と触れていればその影も操れる。硬度も自罪って見るべきだよな。この感じだと。厄介だな……でも
「楽しいな‼」
ぞわり、と静に悪寒が走る。元気が笑っているのだ。先ほどまでのカラっとした笑いではなく動向を開きこれ以上ないほど愉快をあふれ出した顔。
「リキ。力を貸してくれ」
──いいぜ、マイマスター。
元気と契約をしている力の精霊、リキ。力の精霊は至ってシンプルな能力だ。力の増幅。だが力の定義とは曖昧で精霊によってはひどく限定的な者だったりするがほとんどは筋力の上昇だ。そしてこのリキだが筋肉はもちろん、身体機能全てを底上げする。視力や聴力といった五感なども鋭敏にする。
これはまずいと咄嗟に静は自分に影を纏わせる。防御に徹する形だ。内部に衝撃を飛ばしてくるようなものは十全には防げないがかなり軽減ができる。以前鏡から内側から破壊できると聞いていたので対策は練っていた。それにしても肌がヒリヒリする。吹雪がキレた時も厄介だがそれと同じかそれ以上。
「……半分もだすつもりはなかったんだけどなあ」
ぼそりと呟いた言葉は誰にも聞こえない。
ぐっと腰を落として今一度地面を強く蹴る。大地がえぐれる。躯体気が揺れる音が観客にも聞こえる。
「行くぜ!」
だん!
静の手前で左足を軸に右こぶしを振りぬこうと体が開いたその時
パキン。
「あ?」
真の抜ける金属が壊れる音に狙いが逸れ静の顔の横を拳が通る。元気がゆっくりと自分の胸元を確認すればそこには壊れたブローチ。いったいどういうことかと静を見れば安堵の表情で息を吐き
「塔目。作戦通りだな」
「いやーぎりぎりだった」
にゅ、と静の影が下りている岩から塔目と呼ばれた男子生徒が現れる。彼はいやーすごい怖かったと腕をさすりながら地面に立つ。塔目は初めから静の影にいた。仲間からも岩に隠れているよう見せていた。初めから静はどうこの目の前のべ獣である舘林元気を倒すか考えていた。真正面から正々堂々とでは勝てないことは最初から分かっていた。だから土の精霊と契約し、岩を飛ばせる塔目を影に隠しブローチを壊す作戦にしていたのだ。
「一対一じゃなかったのか……あーあ、それは負けるわ」
あちゃあ、と頭を掻く元気。そしてこの戦いは元気が負けたことにより黒桐静のいるチームの勝利で終わった。