23
「心乃葉、来なさい。」
部屋でのんびりと過ごしていると母である紫崎纏から呼び出される。少し苛立つが行かないわけにもいかないのでなんとか部屋から出るため起き上がった。
呼ばれたのはいつもの和室。重要な話がある時はいつもここで、纏は奥に座っており心乃葉はその目の前の座布団に腰を下ろす。
「心乃葉、先日の件について謹慎を解きます。」
開口一番にそう言われ心の中でガッツポーズをきめる。先日の件とはもちろんパラドクス・ランドに関してのものだ。あれ以来学校以外行くことを禁止されていたのだ。
「ここからです。もし、今後同じようなことを起こしたら分家へと送ります。」
「は!? ちょ、ま──」
分家と聞いて心乃葉はこの上なく慌てる。
「放火などして……紫崎の面汚しです。皇様に感謝しなさい。娘と言えど限度がある。」
皇吹雪! 言わなかったの、へえ、そう。貸しでも作ったつもりなの。
「心乃葉、分かったわね。」
「……分かりました。」
「そう、それなら戻ってもいいわ。」
心乃葉は特に返事をすることも無く部屋から立ち去る。反省の色は纏から見ても欠片もなかった。纏は静かに息を吐いた。
本っ当にうざい! 何が皇様よ。どうして紫崎なのに《御三家》に様付けなんか、他の《七色》とは違うのに。私が当主になれば……ううん、なって紫崎がいかに特別か教えてやる……!
「あれ? 心乃葉、謹慎解けたの?」
薄い紫色の髪の女性が話しかけてくる。心乃葉は声がした段階で顔を歪めた。
「よかったわね。もう危ないこのはしちゃダメよ。」
憂うような顔を浮かべ心乃葉の顔を覗く。
「わかってるよ姉さん。」
紫崎詩葉、現在22歳。次期当主が約束されている。
「安全が一番だからね。お姉ちゃんちょっと用事あるから出かけるけど、心乃葉は夜出歩いたりしたらダメよ。」
妹を思う姿は姉としての理想像だ。二人はすれ違う。心乃葉は姉の後ろ姿を睨みつけていた。
部屋に戻るとクッションを床に投げた。そしてそれを殴った。もう一回、もう一回と何度も殴った。弾力が無くなるほど殴ると今度はカッターを取り出して布を裂く。中身の綿を引きずり出し適当に床に散らかす。それを繰り返しついにクッションの原型は消えた。
どうして! どうしてあの女が! あんな弱そうななりのあいつが! 紫崎はもっと強くあるべきなのに、あんな奴が当主になったら弱くなる。私がなれば、私がなって《御三家》を潰して紫崎が頂点に立つ。それが正しいの。だから、私が──
そこからは繰り返し私が当主になると延々と呟いていた。
「母さん。」
「──ああ、詩葉。心乃葉はどうだったかしら。」
「うーん、やっぱり嫌われているみたい。前はお姉ちゃんって言ってお風呂にも入ってたのに。」
まるで昨日のことのように話す詩葉に少し苦笑する。
「いつのことよ。それよりもこれを見なさい。」
そう言って示したのはケースに入った紫色の小さな結晶だった。
「綺麗……。」
曇りが一切なく光が通る結晶は詩葉の心を奪う。
「これは《毒》の結晶の一部よ。」
「!!」
ケースから顔をばっと離す。《毒》と聞いて先程まで美しかったのに今は狂気しか感じない。
「全ての家に送られたの。現物を見といた方がいいということよ。この結晶に触れると《毒》侵されるみたいよ。実際、研究員の一人が《毒》に侵されたと報告が来たわ。」
「《毒》…………それで、私達は何を。」
話が早いわね、と当主会議で決まったことを伝える。
「《光の使者》とですか……いえ、このような事態なら仕方ないです。それで母さんは何を?」
「……私は神木家と行動を共にする。仕方ないわよ、私の持ってる情報網が欲しいの。──いい、《光の使者》に心を許さないこと。あそこはまだ分からないことが多いから。」
「はい。紫崎家の者として一部の隙もなく。」
「静。鏡くんのことだが。」
「知ってる。当主会議で言われたんだろ。さっき吹雪から電話で怒られた。」
縁側で並んで座る親子二人。流は片手に湯呑みを持ち、静はマグカップを持っている。
「そうか、吹雪ちゃん怒ってたか。いや、私もそれとなく鏡くんのことを隠していたんだが紅井にバレた。」
気の抜けたのように笑う流は外で見ることは出来ない優しい顔をしている。
「鏡くんに接触はしないと思うが息子はどうだろうか。たぶん他の家も子供を使って鏡くんを探ってくるだろう。」
「鏡なら大丈夫だ。あいつは吹雪のことしか考えてないからな。それに、俺もいる。鏡に足りない部分は俺が補う。それが黒桐としての役目、だろ?」
皇に忠誠を誓う黒桐。昔ほどでは無いとはいえ皇の決定に異を唱える、ということは決してない。皇が認めたのならそれを認める。
「頼んだ。私は神木を抑える。道長であれば特に何かすることは無いだろうが道元は油断できない。それに《毒》のこともある。静、お前も気をつけるように。」
くっ、と湯呑みをあおるとそのまま家の中へと消えていった。残された静はマグカップに注がれたココアに息を吹きかけ少しずつ飲む。
「……ほんとにこれで良かったのか吹雪。」
その問いはココアの湯気と一緒に消え、本人に届くことは一生なかった。
神木の本家では意気揚々と道元が廊下を歩いていた。そしてある部屋の扉の前に止まるとそこを勢いよく開ける。
「まことぉぉーー!!! おじいちゃんが帰ってきたぞぉ!」
「おじい様。せてめノックはしてください。」
疲れた顔をして真が振り返る。勉強中なのか机にノートと参考書を広げている。
「おじい様なんてそんな呼び方せんでも。おじいちゃんと読んでおくれ。」
パチン、パチンとウィンクをきめるいい歳した老人に真は呆れ顔を向けるしかなかった。
「それでおじい様何かご用で?」
「孫が冷たいのお。仕方ない反抗期なのだろう。──真、吹雪ちゃんとは仲良くしておるかのお?」
当主会議があってわざわざ吹雪のことを聞いてくるのは……ああ、そういう事か鏡くんのことが知られたのかな。
「はい。つつがなく。生徒会で一緒になることも多いですから。」
「そういうことではなくてのお。こう恋愛的なのお……付き合ったりとかのお……。」
真はため息をつきたくなった。
鏡くんのことを聞いたならもういいよね。
「残念ですけど吹雪には婚約者がいますから。僕の出る幕はないですよ。」
お互い恋愛感情はないって言っていたからチャンスはあるけど。
「なん、だと? まて、儂はそんなこと聞いとおらんが! 相手は誰だ!」
「さあ、僕は知りません。」
「ま、まさか! あいつかあの藤白か!」
眉を吊り上げ怒りを顕にすると足音を鳴らしながら部屋を出ていく。バンッ!と扉が閉められる。
部屋が静かになり真は肩の力を抜く。机に向き直り勉強に取り組む。
「鏡くんごめんね。これで婚約解消とかなったりしたらちょっと嬉しいからさ。まあ、無理だろうけど。」
吹雪が取り止めるはずないし。吹雪があそこまで感情をさく人なんて見たことないし名前呼びだけで怒られたのまだ忘れられないし。
以前、吹雪の反応を見ようとわざと鏡くんと呼び思った以上の反応をされたのを気にしていた。そして鏡に嫉妬もした。
僕は鏡くんは嫌いじゃないよ。いい子だし。でも感情ってままならないものだね。
書類が散らかる研究室。そこには一人の女性が書類と向き合っていた。そこには『藤川鏡』と書かれていた。さらに重要サンプルと判が押されていた。
後ろから男が紙を覗いて笑う。それは愉快な顔で無邪気さを孕んでいた。女はそんな彼に呆れ書類を叩きつけた。それは《御三家》及び《七色》に関するもので一族全員分の書類が散らばっているようだ。
「言っておくけど藤白にはまだ手を出さないように。あれはまだ開いていない。」
「開くと? 所詮は高校生。幼子に期待するなんて。
」
やれやれと肩をすくめつつも心から否定はしていない。
「藤白の特異性は知ってるでしょう。問題を起こした先代の藤白も。」
少し睨みながら言及すると男はニカッと笑い両腕を広げ鷹揚と叫ぶ。
「ああ! 先代は特に凄かった! 何しろ契約者の皇を殺したのだからな! 俺は知ってるとも! なんせその時生きていたからな!」
藤白が起こした事件。それは契約者である皇を殺したのだ。それ以来《御三家》《七色》は藤白の存在を許さなくなった。また皇が殺されてはならない。特に黒桐は藤白に関しては口に出すことも無いほどに。
「ノヴァ。一体何があったのかどうして殺したのかあなたは知ってるのでしょ。」
「ちっちっち。」
指を振り女の前で振る。
「よくない。良くないぞ俺の契約者。簡単に知ったらお前の成長は止まってしまう。お前がどうして生きているのか考えれば分かる事だろ。まあ、でもそうさなあ。藤白はあくまで藤白だ。」
「は? 当たり前じゃない。」
「そう、当たり前だ。」
ずいと顔を近づける。
「でも、誰もわかっていない。わかったつもりだ所詮な。お前の研究がそれを発見できるかは──ははっ! そんなの俺にも分からないな!」
「くそが、知っているくせに。」
時を操るノヴァは過去未来現在の行き来が可能だ。だから契約者の行く末も分かるはずだ。
「ああ、知っている。可能性の行き着く先を。だが世界は一つじゃないないんだよ。」
柔らかい笑みを浮かべる。その顔は子を見守る親のようで女は少しだけ自分が恥ずかしくなる。
「まあ、精々頑張ることだな。俺も手伝うからよ。藤白が花開くかはその藤白しだいだなー。」
ひらひらと手を振って部屋から出ていく背を見て女はどうして自分の手伝いをしてくれるか分からなかった。ずっとその疑問はあった。何故、と。
上位精霊でも特別な二つの力を司る精霊。人間にも擬態できるほどの力。自分の手には余ると思いつつもそばに居るのを許していた。許していた、と言っても勝手に契約をされて図々しく向こうがいるのだが。
けれどそんなのは瑣末なこと。自分の夢のため、想像の実現。女は道徳心を捨てここまで来ていた。きっといつか捨てられる、捨てるヤツのことなんて考えても無駄と心を閉ざした。




