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本日2話更新です

「僕思うんですけど先輩女装似合わないですよね。」


 バイトの先輩であり、一個下の同じ学園に通う児玉水城からバイト中に突然言われる。今はお客さんがおらず暇なので構わないが突然すぎる。前フリも何も無いのだ。


「それはそうだろ。似合ったら泣く。」


 この間、と言っても先週見事信治に女と思わせておいてなんだが似合わないものは似合わない。あれは吹雪がいたからそばに居るのも女だろうという思いで成立していたのだ。俺単体だとやっぱり女装した男にしか見られない。


「いや、でも線がそんな太いわけじゃないのでいけそうっちゃいけそうなんですけど……ダメですね。雰囲気で一発アウトです!」

「願ったり叶ったりだな。そういう児玉は似合いそうだけど。」

「えー、先輩に言われても嬉しくなーい。どうせなら年上のおねーさんに言われたいなー。」

「店長。児玉が仕事サボろうって。」

「言ってないですから!」


 店長が奥から顔を覗かせるので児玉が慌てて訂正をする。口を抑えて笑う鏡を見て店長は全て察して苦笑した。


「二人とももう上がっていいよ。あと一時間もしたら佐々木さん来るから。」


 佐々木さんとはベテランバイターの人でこの喫茶店で既に5年働いている女性だ。定職につかないのは自由な時間が欲しいだとか。


「僕先に着替えてきまーす。先輩はここでは後輩なんで後でーす。」


 あっかんべーと鏡を馬鹿にして更衣室へと消えていく。もうちょっと優しくすれば良かったのかと思うが優しくする理由もないことに気づいて無理だと決める。


「はっはっは。ほんと水城くんは鏡くんが好きなんだな。」

「え! どこが好かれてるんですか!?」


 店長の言葉に驚きを隠せない。


「うーん。好かれている本人は分かりづらいだろうねー。まあ、嫌われてないことはわかるだろ?」


 優しい眼差しで問われてしまえば頷くしかない。嫌われているとはさすがに思ってはいない。


「それさえ分かっていれば上出来だよ。鏡くんも着替えておいで。」

「はい……お疲れ様でした。」

「お疲れ様。」


 更衣室で着替えて裏口から出る。するとそこには児玉がいた。大して驚かない。これはもういつもの事で一緒の時間に上がるといつも待っている。


「先輩やっと来ましたか。ご飯でも一緒に食べに行きましょう!」

「いいけどどこに行く?」

「えーと、そうですねー……。」


 毎度こうだ。バイト終わりに児玉と食べに行く。そんなんだからバイト後に予定を入れられない。別に悪くは無いけど。


「オムライス食べに行きましょ! オムライスがすっごく美味しいところがあるんですよ。」


 鏡の手首を掴み引っ張る。児玉のおかげか鏡はここら辺りの飲食店に詳しくなっていた。


「ちゃんと行くから手は離せ。変な噂立てられても知らないからな。」

「きゃー! 先輩のエッチ。仕方ないですから離してあげますよ。」


 意味がわからない。今の言葉の全てが鏡には理解できなかった。しばらくすると大通りへと出た。そして少し先で人集りが出来ていた。


「んんー? なんですかねあれ。」

「事故でも起きたんじゃないのか?」

「こんな時代にですか? 自動車事故なんてここ数年ないのに? もうちょっと近付いてみましょう。」


 人集りに近づくて大勢の人達の声が飛び交う。


「なんだ、事故か?」「事故とかめずらしー。写真写真」「うわ、なにあれ、真っ黒」「人だよね?やけどかな」「精霊が暴れてたの見たけど」「精霊が?嘘だろ」「事故とか勘弁しろよ」「もっと近づこーよ」「あ、警察はじめてみたー」「精霊ってほんと」「馬鹿な精霊使いが」「精霊が暴れるわけ」「でも最近」「あれ《御三家》の」「うわちょー美人」「かっこいい!芸能人?」「ほんと最近物騒」「つまんないのー。帰ろう」


 様々な声が飛び交う。その中で気になったのは精霊が暴れたという言葉。精霊が暴れたのはついこの間も鏡は見た。




 鏡の目の前に氷漬けにされた空間の精霊が佇んでいる。殺意の表情を浮かべたままで気味が悪い、


「鏡。ナイスよ。しかし、まさかこんな力のある精霊までも暴走するなんて。《毒》に犯されている様子はないのに……。」

「暴走していたのか?」


 鏡がそう訊ねると変な顔をされる。


「当たり前でしょ。空間の精霊はそもそも気性は穏やかなの。たとえ仲間を攫われようと泣くぐらいしかできないし、あんな風に人を捻じ曲げたりしないわ。」

『吹雪の言う通りだ。もしかしたら何かが空間の精霊の心を狂わしたのだろう。』

「ひとまずこの子は皇家(うち)で預かるわ。それと二人を解放しないと。」


 そう言うと信治と心乃葉の氷が溶ける。一瞬で消えると二人が直ぐに瞬きをする。自分の体を確認した後心乃葉がきっと吹雪を睨む。


「皇さん! 凍らせるなんてさすがに皇といえどこれは問題では?」


 これは心乃葉の言葉が正しい。精霊で攻撃したのと変わらないのだ。


「それに関しては申し訳なかったわ。言い訳もないわ。」

「これは査問会レベルよ。……けど、さすがに私たちを守るためだってのは分かる。だから、貸しにします。」

「ふふっ、ありがとう。優しいのね。」


 余裕の笑みを浮かべる吹雪に、心乃葉は強く奥歯を噛んだ。


「皇家や他の御三家に連絡したいのだけどここ圏外なのよね。上まで行きましょう。キョウコ、それ持ってきてね。」

「え!? わ、私?」

「もちろん。お願いね。私は他に回収しなきゃいけないものがあるから──。」


 一体なんだろうと思ったが訊ねることはしなかった。上に出ると鎮火されていて問題なく外に出ることが出来た。外の空気が吸えると脳天気な鏡でいたが吹雪が外に出て固まっているので足を止めるしか無かった。

 どうしたのだろうと、背中から向こうを覗く。そこには首のない人間がいた。下半身が凍らされて身動きが取れなくなった。


「くそっ──。」


 そう言って歯を食いしばる吹雪が酷く頭に残った。


 その後は警察が全て片付けた。意思のある精霊の暴走。まるでなかった事のように世間には隠され、ボヤ騒ぎだけがニュースに流れる。『パラドクス・ランド』は無期限の休止となった。そのうち解体されるだろう。

 大家古屋を殺した犯人はまだ見つかっていない。なお、件の空間の精霊からは僅かに《毒》が見つかる。ごく少量であるが、今回の人殺しに関わる可能性が大きい。追って報告があると。


 吹雪からそう伝えられた鏡には頷くことしか出来なかった。空間の精霊がどうなったかはさして興味はない。あそこで行われていたことも鏡には直接の関係はなく無事に収束したならそれでいい、と思うだけだった。



「あと、これも前と同じで極秘事項。他言は無用。下手に口を滑らしたら流石の私も困るから。」


 鏡の部屋でこの間の事後報告をされる。そして極秘になことも薄々わかっていた。


「わかった。その……この短剣って持ってた方がいいか?」

「ん? 別にいいけど荒川君の前では使わないように。バレてもいいのならいいけど。」


 激しく首を横に振り気軽に使わないことを決意する。だけどもお守りと持ち歩くぐらいはいいだろうとぎゅっと柄の部分を握る。


「それと……あ、うーん……えっと……。」


 突然歯切れの悪くなった吹雪。基本的にはっきり物事を言う彼女には珍しく訝しむ。


「……すぅ──ごめん!」


 床に頭を付けるほど頭を下げて謝る。謝られる理由がなくフリーズしてしまう。


「あんなことがあるなんて思ってなかったの。せっかくのテーマパークなのに。それに、私もちょっと目的もあったし……。次は! 次はもっと楽しいところに! そして安全安心な所に行きましょう!」


 鏡は嬉しくなった。次があるんだと。それにだ別に今回のが楽しくなかった訳では無い。吹雪と遊べただけで満足だった。


「うん。次も楽しい所に行こうな。」


 笑顔で返した。それは心からのものだった。しかし二人が遊びに行くことになるのはだいぶ後になった。




「──ぱい。──先輩!いつまで見るつもりですか!」


 水城の声で現実に引き戻される。隣にいる後輩の顔を見ると怒っていた。


「ごめん。ちょっと思い出してて。」

「何思い出してたかは僕には関係ないです! ご飯食べに行くんですから! ほら!」


 強い力で引っ張られる。他の人がいるのにぼーっと考えことをしていた俺が悪かったな。心の中でもう一度謝る。


「……先輩って精霊好きですか?」

「なんだよ突然。」

「いいからどうなんですか?」


 好きか……。うーん。深く考えるとそうでもないってなるな。精霊を傷つけない。それは人間も同じで傷つけない。でも好きだからじゃない。


「好きな精霊は好きだけどそうじゃなければそうだし。嫌いなら嫌い。精霊によりけりだな。」

「ふーん。そうですか。」

「そういう児玉はどうなんだ。」


 聞き返す。これぐらいの意趣返しはいいだろう。児玉は特に言い淀むこともなくハッキリと答えた。


「僕ですか? 僕はそんな好きとか分からないですから。」

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