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悪役令嬢と恋愛事情

…………………


 ──悪役令嬢と恋愛事情



 シレジア情勢はのっぴきならない状態になっている。


 ゲームのイベント通り、今年の夏には開戦だろう。


 高等部の学生が動員されるという話も真実味を帯びてきていて、高等部では若干ピリピリとした空気が流れている。


 そんな中、私は戦争に備えていた。


 万が一、プルーセン帝国がオストライヒ帝国に敗れることを考えて、脱出のための準備を進める。手持ちの現金や宝石などをすぐに入れて運べるようにバッグを用意し、更にはこのお屋敷を鏡写しの魔術で写し取ってある。


 これでいつでも戦争に負けていいな!


 ……いや、戦争に負けたらダメだろ。帝国内戦で邪魔者が入らないようにオストライヒ帝国は徹底的に叩き潰すのだ。最近開発した兵器と使い捨て榴弾砲でオストライヒ帝国の帝都ヴィーンを火の海にしてくれようぞ。


 しかし、その火の海にするための兵器の実験ができない。数学や物理学を学んでちょっとは扱えるようになったけれど、実際に試してみないことには、なんとも言えない。かといって私は広大な演習場を持っているわけでもないし……。


「アストリッド様。何かお悩みですか?」


「ちょっとねー。私なりに戦争に備えてるんだけどどうしようかって」


 ブリギッテ君が尋ねてくるのに、私は上の空でそう返す。


「本当は別の悩みではありませんか?」


「へ? どういうこと?」


 ブリギッテ君の言葉に、私が首を傾げる。


「ほら。フリードリヒ殿下のことですわ!」


「はあ?」


 何故にフリードリヒが?


「この間新年祝いの商店街でフリードリヒ殿下をお見掛けしましたの。あの平民と一緒でしたわ。流石にフリードリヒ殿下が庶民派だと言っても入れ込みすぎですわ。アストリッド様もそのことを気にかけていらっしゃるのでしょう?」


「……いや、私はフリードリヒ殿下が誰と付き合おうと興味はないよ」


 はあー。絶対にミーネ君たちが騒ぐだろうと思ったけれど、案の定だったよ。


 私はエルザ君にフリードリヒを勝手に処理して貰いたいのである。私が迂闊に手を出すと破滅フラグがバンッ! と立つかもしれないのだから。


 だが、ミーネ君たちは依然として私がフリードリヒと結ばれるべきであるというおぞましい妄想に取りつかれているのである。最近は根性見せてきたが、だからこそフリードリヒはエルザ君に任せたいのだ。エルザ君はフランケン公爵家の長女なんだから。


 それに私がフリードリヒに接近したら、君たちみんなしてエルザ君を遠ざけようとするでしょう。そうしたら私がお家取り潰しにあうんだからね。


「アストリッド様はフリードリヒ殿下のことをお気になさらないのですか? あの平民などにお構いなさることはないのですよ。あの平民は所詮平民ですし、アストリッド様は初等部のころからフリードリヒ殿下とお付き合いしていられるのですから」


「おーい。ミーネ、私はフリードリヒ殿下と付き合った記憶は欠片もないよ」


 歴史を捏造するでない。私はフリードリヒとはずっと距離を置いてきただろう。


「アストリッド様の意中のお相手というのはフリードリヒ殿下ではないのですか?」


「違う、違う。私にはフリードリヒ殿下は恐れ多い相手としてしか映っていないよ」


「そんなことありませんわ。あの平民なんかより、アストリッド様の方がフリードリヒ殿下に相応しいお相手ですわ。是非ともフリードリヒ殿下と結ばれるべきですわ」


 ……こうも外圧が高まってきているのは、やはりエルザ君が動いているためだろう。平民に渡すぐらいなら、私に! って感じで。勘弁して貰いたいものである。


「そういえば噂に聞いたのですが、アストリッド様は初等部の男子とよくよく円卓で話されておられると。アストリッド様はそちらの子の方に興味があられますの?」


「う、うーん。ディートリヒ君は今のところ可愛い弟みたいなもので、付き合っているとか付き合っていないとかじゃないんだよなー。まあ、円卓の懇親会ではエスコートして貰ったりしているけれど」


 どこから話が漏れたのか、ロッテ君がディートリヒ君のことを口にする。


「ディートリヒ様はアドルフ様の弟君であられますよね。こ、困りますわ」


 何故困るミーネ君。


 ああ。アドルフとミーネ君がゴールインしてから、私がディートリヒ君とゴールインするとミーネ君が私の義理の姉になってしまうのか。だから困っているのか。流石に級友同士でそういう関係にはなりたくないか。


「安心したまえ。ディートリヒ君と私が付き合い始めることはないから。私のタイプは年上の余裕を持った男性なんだよ。そもそもディートリヒ君も自分と同い年でもっといい子を見つけるはずだしね」


「年上の余裕というとやはりフリードリヒ殿下で?」


「なぜそうなるかな……」


 フリードリヒのどこに年上の余裕があるというのだ。


「アストリッド様は円卓におられるからどなたと付き合っておられるか、私たちには分かりませんわ」


「そもそもまだ誰とも付き合っていないからね」


 私の恋は遠いんだよー。


「アストリッド様はフリードリヒ殿下とお似合いだと思いますのに」


「いや。全然お似合いじゃないからね。釣り合わないからね」


 本当に勘弁して欲しい。


…………………


…………………


「アストリッド様」


 私が4限目の授業を終えて、昼食も食べ終え、昼休みを迎えていたころ。


 意外な人物が私に話しかけてきた。


「ん? エルザ君? どーかしたかい?」


 話しかけてきたのはエルザ君だ。ここ最近は私はフリードリヒとエルザ君の図書館デートの邪魔をしないようにしているために、顔を合わせて話すのは久しぶりかもしれない。こっそりストーキングはしているけど。


「ちょっと相談があるのですが、よろしいでしょうか……?」


「いいよ、いいよ。ここじゃなんだし、人目のないところに行こうか」


 エルザ君に肩入れしているところを他の貴族の連中に見られるわけにはいかないのだ。私は火中の栗を拾うつもりはないのである。基本安全地帯から微笑ましく見守っておきたいのだ。


 というわけで屋上に移動。


「それで相談って何だい?」


「それがフリードリヒ殿下のことなんですけど。もうすぐ知り合ってから1年になるのですが、とても親切にしていただいていて、更にはちょっと親しくなってきていて」


 知ってる、知ってる。年始はデートしてたでしょ、君たち。


「けれど、私は平民ですし、フリードリヒ殿下には相応しくない気がするんです。それでも私はあの方のことが好きになってしまって……」


「うーむ。難しい問題だね」


 エルザ君の方から身分差を気にし始めてしまったか。


 ここでエルザ君が消極的になってしまうといけないのだが、ゲームの時はどうやって乗り切っただろうか。思い出せー。思い出せー。


 ああ。気合で乗り切ったんだった。どうせゲームだしってことで、ぐいぐいいったんだったよ。我ながらしょうもないことしか思い出さないものである。これじゃ何の役にも立たないじゃないか!


「そ、そうだね。エルザ君は自分のことをもっと評価した方がいいと思うよ。エルザ君ってば転入生なのに私たちより成績もいいし、魔術の才能もあるし。身分が多少離れていたって、関係ないと思うな!」


「そうでしょうか……? やはり、私が平民ということで、他の貴族の皆さんはいい顔をされていないように思うのです。この間、新年のお祝いにお忍びでフリードリヒ殿下がいらっしゃったのですが、そのときに会った貴族の方々はとても厳しい目で私を見ていられまして……」


 ミーネ君! ロッテ君! ブリギッテ君! サンドラ君! 君たちのせいだよ!


「た、他人がどう思うと君たちが幸せならいいんじゃないかな! フリードリヒ殿下は君が平民だからって何かしらの苦情があるわけじゃないんでしょう?」


「そう思いたいのですが、フリードリヒ殿下はお優しい方ですから……」


 お優しい方はお家取り潰しとかしないと思う。


「まあ、気持ちは分かるかな。私も公爵家の長女でいろいろと身分が合わないからダメって言われることはあるし。身分が高くても、低くても、不自由はあるものだ。だけれど、それに屈しないガッツも必要なんじゃないかなって!」


「ガッツですか?」


「そうそう気合い、気合い」


 ゲームの時のように気合いで乗り切ってくれ、エルザ君。


「そうですね! 気合いがあれば乗り切れることもありますよね!」


「そうだよ! 世の中気合でどうにかなっちまうもんなんだよ!」


 その調子だ、エルザ君! ゲームの時のように気合いで乗り越えてくれ!


「ありがとうございます、アストリッド様。おかげで乗り越えられそうな気がしてきました。アストリッド様は他の方々とは違う視点から物事を見ておられるようで、励みになります」


「ど、どーも」


 私は変人だと言いたいのだろうか。


「まあ、何かあったら可能な限り相談に乗るから。エルザ君も気合で頑張って」


「はい!」


 エルザ君はいい笑顔で出ていった。


 しかし、このゲーム悪役令嬢とかいなくても十二分に成り立つんじゃないか。悪役令嬢が必要な意味が分からない。悪役令嬢とか不愉快になるだけで、全く物語に貢献しないじゃないか。


 ……あっ。そういえば、これからのイベントで悪役令嬢であるアストリッドがエルザ君を苛めて、そこを好感度の高い男子が助けて、更に好感度アップ&ルート確定という重要イベントがあった気が。


 ……まあいっか! エルザ君には気合でどうにかして貰おう!


 私はもう悪役令嬢でなく、善玉令嬢なのだ。だから、しらなーい! イベント何てしらなーい! 他人の恋を盛り上げるための生贄なんてしらなーい!


 そう考えて私は屋上からブラッドマジックを使って飛び降りた。その様子をベルンハルト先生に見つかってこっぴどく叱られたのは内緒である。


 てへ♪


「てへじゃない。下に人がいたらどうする」


「ちゃんと下ぐらい見てから飛び降りますよ!」


「飛び降りるな」


 これから屋上は施錠されるそうだ。なんてこったい。


…………………

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