大切なもの1
目が覚めると見慣れはじめた天井が目の前に広がっていた。
私は昨日、フラニーと共に街へと出かけ、長時間の移動とまだ慣れない人間の身体からかとてつもない身体の怠さと瞼の重みを感じた。
私はそれに身を任せて夕食後にすぐ、眠りについていた。
人の身体の基本情報は私の記憶の中に一部存在する。
食事や身体構造もその中にある。
ただ、この前の粗相だけは予想外だった。あれは情報から想定していた以上だった……。
この人間の基本情報から私には食後に襲われたその感覚が何なのか推測できた。
おそらくこれは疲労というものだろう。
人間が自身の身体を酷使したり、慣れない環境に晒されたときに増幅するらしい。
私が感じた感覚に酷似している。おおよそ正解だ。
そんなことを頭の中でまとめながら、私は寝具から起きて、当てもなく部屋を出た。
廊下の窓から澄んだ光が差し込んでいる。
私の手にそれが当たると、優しい熱がそこから生まれた。
私は部屋を出て右に歩き始める。
今この空間には私しかいない。
静寂が辺りを包んでいた。
私が歩くたびに日差しの反対にできた影が付いて来る。
この屋敷という建物で私が知っている場所は数少ない。
私はその中でも誰かいるかもと思う場所、とりあえず食堂へと向かう。しかし、予想より早く出会う。
「あら、スーイ。朝早くからどうしたの?」
階段を降りようとしたとき、私を呼ぶ声がした。
この声の主が誰かはすぐに分かる。フラニーだ。
「昨晩はよく眠れた?今日は随分と早起きね」
「えっと……うん」
私は事実のままに返事を返す。
フラニーの方を向くと彼女は部屋から出てくるところだった。
「そう。それはよかったわ」
会話が途切れ、廊下が静かになる。誰もいないこの場所、何だか不味いこの空気に、私は声を出していた。
「あなたは?」
「えっ!?私?私は今からちょっとね」
そういえば、私からフラニーへ何かを訊くというのは初めてなのではないだろうか。
しかし、帰ってきた答えは曖昧なものだった。
「ちょっと?」
私が彼女の答えの扱いに戸惑っているとフラニーのほうから詳細を話し始めた。
「これら少し出掛けるの。そこにある小さな森を抜けたところにある泉の辺りまでね」
彼女は少しバツの悪そうな笑顔を浮かべながらそう語った。
いつもとは違う理由の笑顔。
もしかすると彼女はこのことを私に知られたくなかったのかもしれない。
「スーイを初めて見つけたところの近くよ」
私の読み違えかもしれないが、彼女は何か話しを逸らすようにそう付け加えた。でもそれは逆効果だった。
「すぐに帰ってくるわ」
彼女はそのままの笑顔でそう続けた。
「スーイ?」
私がなにも反応しないためフラニーが困惑する。
「あの……私も行きたい」
「えっ!?」
「私もそこに行きたい」
彼女の言ったことがこの世界に来てからの最初の足取りが分かるなによりの情報だった。
私にとってはどうして人間になったのかが分かる重要な情報かもしれない。
なんとしても行って、確かめたかった。
「…………分かったわ」
そう答えた彼女の顔はいつもの笑顔だった。
私とフラニーは着替えて街へと出た。
フラニーに聞いたところ、森までは街を出て、街道に行く必要があるらしい。
街にはまだ人は疎らだ。
辺りの建物の屋根に取り付けられた筒状の物からもくもくと煙が上がっていた。それが風に流され私とフラニーのところまでやってくる。
とてもいい匂いだった。朝食のときに出たパンに似た匂いだ。きっと誰かが朝食の準備でもしているのだろう。
他には、馬という巨大な四足の生物で荷物を運ぶ者がいるくらいだった。
私はフラニーの後を追って道を歩いていく。
すると、私は道の溝に何か鈍く光るものを見つけて立ち止まり、それを拾っていた。
拾ったそれはリング状の金属片で、文字が掘ってあった。
私が立ち止まったことに気づいたフラニーは道の先で待っている。
「スーイどうしたの?」
少し離れた場所でフラニーが呼ぶ声がした。私は彼女に駆け寄った。
「これを拾った」
私は手のひらの物を見せながら言った。
「これは、マリッジリング?誰かの落としものかしら?」
「そこに落ちてた」
私は拾った場所を指差す。
「そう。なら衛兵さんのところに行きましょう。落とした人もきっと探しているわ。」
フラニーは私の面倒を見ると言い出したときと同じ目でそう言った。
「でも、行くところが……」
「いいの。困っているはず、届けてあげないと」
私は本来の目的を彼女に思い出させようとする。
しかし、彼女は譲らなかった。
「……分かった」
これ以上の説得は無駄だろうと私は諦めた。
私たちは予定を変更して衛兵のいる衛士所へと向うのだった。
衛士所は今いる場所からすぐのところにあった。
私とフラニーが衛士所へと着くと、そこには早朝にもかかわらず、血相をかいた一人の女性がいた。