大切なもの2
「そんなっ……!ここにも届いてないの!嘘でしょ……」
「おっ落ち着いて」
項垂れる女性をなだめる衛兵の人。その声を聞いた周りの人も注目を集める。
「彼になんて言えばいいの……」
そう言って狼狽えるその女性は悲しそうな雰囲気を周りに放っていた。
その姿はこの世界に来て初めてのことばかりで、なにもわからない私と重なる気がした。
女性の目には少しずつ水のようなものが溜まっていく。あれは涙というものだっただろうか。
溜まったそれは彼女の頬を伝っていた。
そんな彼女へとフラニーが近づく。
「あの、少しよろしいですか?」
「なっ、なにかしら……?」
女性は悪戯に焦っているようだった。フラニーへの返答も余裕がない。
「もしかして何か無くされたのですか?」
「えっ……ええ。そうよ。大切な指輪をね。彼から貰った……。」
フラニーが尋ねると、女性は詳細を話してくれた。
私も横でそれを聞く。
「もしかするとこれではないですか?」
フラニーが私のほうを見ながら言う。
私はそれに合わせて手を出して、握っていたものを見せた。
私にはそれを見せたときの女性の表情がとても印象的だった。一瞬の変化は私のほうも驚きを感じた。
「それ……!それよ!どこで見つけたの!?」
女性は声色を一つ上げるようにさっきまでの表情から一気に喜びに満ち溢れていた。
私は彼女に指輪を渡す。
受け取ると力強く指輪を握りしめていた。
「歩いている途中でスーイが、彼女が見つけたの。貴女の指輪でしたか。見つかってよかったわ」
フラニーが私の名を出しながらそう説明した。
ここに届けようと提案したのはフラニーであるが、そのことを彼女は口にせず、私のことだけを話した。
「本当にありがとう!本当に大切なものなの。見つかってよかった。本当にありがとう」
女性は私の手を思わず取るように握って目にはまた、少し涙が溜まっていた。
女性に指輪を届けて別れたあと、私たちは本来の目的である森へと向かった。
道中には先程のようなアクシデントもなく、順調に進んで行った。
私とフラニーは森の前まで到着する。
森の中へと続く道は今居る場所の道幅より細くはあるものの、道自体は明るく、それなりに前を見通せた。
私はフラニーの後について森へと入る。
周りを木々に囲まれた小道を進む。
私が元居た世界に植物というものは存在しなかった。
ここに着くまでの道すがら、フラニーに教えてもらった。
彼女は少し不思議そうにしていたが、色々と教えてくれた。
無機質な私の世界とは違う、この世界は色鮮やかなもので溢れている。
その全てから私は不思議なものを感じる気がした。
私が周りをキョロキョロとしていると、フラニーから突然声がかかった。
「ここの辺りであなたを見つけたのよ。スーイ」
「ここで……」
どうやらこの場所が私の倒れていたところのようだ。
そこは周りと変わらない草木に囲まれた場所だった。
私は草木を掻き分けて林の中へと進んで行った。
「スーイちょっと待って……!」
私の後を追ってフラニーが林の中に入る。
「私はこの森の奥で目が覚めた」
見覚えなんてほとんどなかった。
あのときのことで覚えているのは恐怖という人の感情だけだ。
私はあの感覚だけは決して忘れられない。
後に自己分析して導き出したこの感情は、私に今も強く植え付けられている。
正直もう二度と体験したくない。そう思わずにはいられなかった。
そしてここに居るとそれが思い出されるような気がする。
「起きたとき、なにも……」
「記憶がなかった……わけね」
いいや、違う。それは彼女の誤解だ。
私には最初からここの世界のことは、全く何も知らないのだ。
それどころか、私の記憶の中には元の世界の記憶すらも多くは存在しない。
私の記憶のほとんどが自己削除のシステムで消えてしまっている。
私はフラニーに否定するか一瞬迷った。しかし、結局止めることにした。
きっと以前話したときと同様、信じてもらえないだろうと思ったからだ。
「もう、大丈夫。あなたの目的の場所に行こう」
「えぇ。わかったわ」
私は一刻も早くこの場所から離れたかったのかもしれない。
私とフラニーは小道に戻ると泉を目指した。
少し歩くと視界が大きく開けて大量の水が溜まっている場所に到着する。
水は光を反射して眩い光を放っていた。
泉の側にある樹の前でフラニーがしゃがんでいる。
「姉様、お久しぶりです。しばらく来られなくて申し訳ありませんでした。色々とありまして、忙しくしていました」
フラニーが樹に向かって何かを語りかけている。
私はフラニーの側まで行ってみると樹の下に何か文字が掘られた板が置かれていた。
「私のね。姉様が眠っているの。ここに」
私が側に来ていたことに気づいたフラニーがそう言った。
「ここに?」
「ええ。私がね、小さい頃に死んじゃったの。今はここで安らかに眠っているわ」
眠っているとは人の死を意味するようだ。
「姉様とは?」
私は聞いたことのない言葉の意味が知りたかった。
「私と同じ父と母から私より先に生まれた子を私からみると姉というのよ」
フラニーは樹の近くにしゃがんだまま私の質問に答えてくれた。
その声音はいつもより落ち着いた感じだった。
「あなたにとって姉は大切?」
私はなにも考えずにそう訊いていた。
単純に気になった。こんな場所まで来るのだから。
「ええ。私にとって姉様は大切な存在ね。きっとこれからも変わらないと思うわ」
このときの彼女はいつも通りのトーンで、体勢を戻しながらそう言った。
「それにね。スーイだって、私には大切な存在よ。ミルチェや他の使用人、お父様やお母様だって。私は出会った人みんなが大切な存在なのよ」
彼女はいつもの笑顔でそう付け加える。
「私も?」
「ふふっ、そうよ」
彼女は笑いながら私の手を取ると何かを渡してきた。
彼女が手を離してから手をみるとそこには植物の一部があった。
小さなその植物の一部は周りにある沢山の植物とは違うそれは泉の光が照らしていた。
「綺麗なお花でしょう。私ね。そのお花が好きなの。スーイへのプレゼントよ」
彼女はそれだけ言うと先来た道を戻るように歩き出す。
私はしばらくその花を見つめていた。
それから私は彼女からもらったその花を彼女の姉が眠る字の掘られた板の上にそっと置くと、彼女の後を追った。
帰り道の間、フラニーから姉の話を色々と聞くことができた。
彼女は姉の話をしている間、ずっと笑顔で楽しそうに話していた。
彼女の終わる頃には屋敷の前まで着いていた。
すると、屋敷の扉の前でミルチェが待っているのが見える。
「今日はついて来なかったのね」
「スーイ様がご一緒でしたので」
「そう」
フラニーは扉の前でミルチェにそう言うと扉の取っ手に手をかけた。
しかし、その行動を止めるようなタイミングでミルチェが言った。
「ご主人様がお帰りになっております」
とそれだけ。
それを聞いた瞬間、彼女の顔から笑顔が消えた気がした。
まだまだ続きます。
よろしくお願いします。




