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キヲク  作者: けせらせら
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6・鮎川早苗の章 (3)

 クリーム色の3階建てのマンション前に車を止めると、二人はドアを開けて外へ出た。

「ここなの?」

「ああ」

 秋彦は答えながらマンションを見上げた。「205号室だ」

「お兄ちゃんはここで待っててよ」

「どうして?」

「私が話してくるから、お兄ちゃんは来なくてもいいわ」

 そう言うと早苗は松葉杖をつきながら歩き出した。

「足、大丈夫か?」

 背後から秋彦が声をかける。

「うん。大丈夫」

 振り返りながら早苗は答えた。左足を地面に着く時にわずかに痛みが走るが、一人で歩けないというほどではない。

「じゃ、何かあったら呼ぶんだぞ」

 秋彦はそう言ってドアを開けて車のなかへと入った。その秋彦に軽く手を振って早苗はマンションのなかへと歩いていった。

(エレベーターはないんだ)

 仕方なく階段を昇っていく。

 さっきの秋彦の言葉を思い出していた。

――まさか一緒に住んでるとか。

 有り得ないことではないだろう。二葉がどう思っているかはわからないが、美麗ははっきりと二葉に対する愛情を表に出している。しかも、ずっと一緒に仕事をしている仲なのだから、そういう関係であったとしても不思議ではない。

 複雑な感情が胸のなかで入り混じる。

 早苗は階段の踊り場で一度止まり、ふぅっと大きく息を吐いた。

(何考えてるのよ)

 ここに来たのは美麗の無事を確認し、礼を言うためだ。二葉と美麗の関係を確かめるためじゃない。それでもやはり気持ちのなかでは二人の仲を確認したいという思いが動いている。

 再びゆっくりと階段を昇り始める。

 2階に着くと、早苗は一番奥の部屋に向かってゆっくりと歩いて行った。ベージュのドアの横に『205』という部屋番号が書かれ、その下の表札のところに『神城』という名前が書かれている。

 早苗はもう一度、大きく深呼吸してからチャイムを押した。部屋にチャイムの音が響くのが聞こえる。

(もし……美麗さんが出てきたら)

 妙な緊張感が身体を包み、鼓動がわずかに早くなる。早苗は息を飲んで、ドアが開くのを待った。

 だが――

 ドアが開く気配がない。

 早苗はもう一度チャイムを鳴らした。それでも、いくら待ってもドアは開かない。

(いないの?)

 一瞬、戻ろうと考えた後、早苗は試しにドアノブに手をかけてみた。鍵はかかっておらず、ゆっくりとドアが開く。

 早苗はわずかにドアを開けると、部屋のなかを覗き込んだ。

「二葉……?」

 ほのかな明かりが点いているものの返事はない。

 どうしようかと迷った時、部屋の奥に黒い布が目についた。その黒い布から真っ白な腕がヌッと伸びている。

 背筋にゾクリと冷たいものが走った。

(あれは……)

 素早く玄関に入ると後ろ手にドアを閉める。鼓動がまるで耳元にあるかのようにドキドキと高鳴っていく。

 狭いキッチンを横切り、辺りをうかがいながらゆっくりと部屋のほうへと進んでいく。

 うっすらと開いていたドアを開け、部屋のなかを伺った。

(これは……)

 早苗は息を飲んだ。

 10畳ほどの広さの部屋。その壁にはぐるりと暗幕が引かれ、その暗幕には白いペンで不思議な模様が描かれている。

(魔方陣?)

 だが、それは早苗がこれまで見たことのあるどれとも違って見える。早苗はゆっくりと部屋のなかに足を踏み入れた。

 オレンジ色の小さな明かりに細く綺麗な白い指が怪しく光って見える。

 艶やかな指。

 美麗の指先を思い出す。

(まさか――)

 早苗は手を伸ばし、その黒い布を捲った。

 そこにあったのは美麗の姿ではなく、美しい顔をした一対の人形だった。顔や姿形は美麗に似ているような気もするが、それが人形であることは見ただけですぐにわかった。

 肩から力が抜けていく。

(良かった)

 ほっと一息ついて早苗は改めて、その人形の顔を見つめた。

 人形とはいえ命を持っているかのように生き生きとした表情をしている。その目はまるで意志を持っているように早苗を見つめているように見える。その瞳がむしろ怖いような感じがして、早苗は再び人形に黒い布をかけた。

 ぐるりと部屋を見回す。

 部屋にはベッドと小さなテーブルだけが置かれ他には何もない。

『占い師』という職業柄なのか、壁に張り巡らされた不思議な模様が描かれた暗幕はやはり早苗には奇異なものに映る。

(どこ行ったのかな)

 そう思いながらも早苗は部屋を出ることにした。

 いかに二葉といえども、早苗が勝手に部屋に入ったことを知れば怒るかもしれない。

 そっとドアを開け、外に人の気配がないことを確認してから外に出た。

 ちょうどその時、バッグのなかにいれていた携帯電話が鳴り出した。

「――はい」

――二葉君はいたのか?

 秋彦からだった。

「ううん……留守みたいなの。鍵は開いてるみたいなんだけど」

――まさか入ったりしてないだろうな。

 まるで見ていたかのように秋彦が言った。

「まさか……」

――どうする? 帰りを待つつもりか?

「……ううん。また出直すことにするわ」

 一瞬、考えてから早苗は答えた。本当は二葉が帰るまで待っていたかったが、きっと秋彦は自分一人残したまま帰ろうとはしないだろう。それでは秋彦に迷惑がかかる。

「今、戻るから待ってて」

 そう言って早苗は電話を切った。

 また明日、『占いの館』に行ってみようと思いながら、早苗はゆっくりと歩き出した。


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