25 夜風
とりあえず山場は超えた。
堕天使と天使を退けスルヘリアには水が戻った。元の姿には戻してあげられなかったがいつかは必ずやりきってみせる。さて、とりあえずみんなの状態を確認しよう。
「みんな、大丈夫か?」
「あぁ。多少食らったが平気だ」
「俺も大丈夫だぜ。ニシマ君は?」
「大丈夫」
「あーしは…もう動けん。魔力もすっからかんだ…誰か…あーしをおぶることを許す」
「なんで上から目線なんだよ…」
リリアは確かにボロボロだ。でも憎まれ口が叩けるくらいの元気はあるらしい。良かった全員大したことないな。
「これからどうするんだ?」
「そうだな…一旦療養ですかねルーギアさん」
「まぁ…そうだな。リリアがこんな状態だしな…。でもここら辺に居座るのは危険だ。天使にも堕天使にも知られてるからな。あいつらの仲間が捜索にきたらめんどくさい」
「てか、ニシマはどうするんだ?」
「え?俺?」
「確かにな…ニシマ君はこれからどうする?ていうか普段どこで生活を?」
「この砂漠を抜けた先の森の入口に小屋があるんだ。元々は猟師が住んでいたらしいけど。森が戦域になってからは誰も住まなくなったみたいだからそこを借りて住んでる」
「もしかしてこの道の途中の戦域か?」
ハヤテが地図を広げる。
「あ、そうだよ!ここの戦域だ」
「なら俺たちの目的地の道中だ!ここまで送っていきますか?」
「だな。そこで少し休ませてもらってもいいだろうか」
「うん。もちろんだよ。結構歩くと思うけど」
「それは構わん」
「あーしは歩けねぇぞ…」
「わかってる。レグルス、こいつおぶってやれ」
「わかった」
「ゲ…」
ゲって言ったぞこいつ!
「それじゃあ行きますか。そろそろ日も落ちそうですし夜になったらまずいです」
「よし。坊主は俺が背負おう」
「いや、ルーギアさんはお疲れでしょ?俺がやりますよ」
「いや、いい。俺は自分で歩ける。誰よりも体力使ってないし」
「お、いい子だ」
ニシマは本当に強い子だな。
「んじゃ、行くぞ」
「リリア、行くぞ」
「ちっ…うるせぇ早くしろ…」
こいつ落としてやろうかな。
「はいはい」
夕日に照らされながら俺たちは砂漠を抜ける為に歩き出した。水が若干地面に染みたのか砂の道が所々にできている。みんな余程疲れてるのだろう、特に会話がある訳でもなく淡々と歩いている。
「おい…少しゆっくり歩け」
「お、おう。ごめん」
リリアがふと俺にしか聞こえないくらいの声で囁いてきた。スタスタ歩きすぎて振動が大きかったか。脳に響いたりするもんな。
「このくらいならいいか?」
「…あぁ」
最後尾の俺がゆっくりになったのに気付かずハヤテ達とは少し距離ができていく。まぁ置いてかれるほどでは無いのでいいかとそのまま歩いていく。
「言い忘れてた事がある…」
「え?」
「助けてくれて…ありがとよ…」
「なっ!」
聞き違いか?!リリアの口からありがとう!?!
「お前のおかげで命拾いした…」
「い、いや。いいんだ。俺の作戦のせいで死にかけたみたいなもんだし」
「それはそうだ…謝れ」
「す、すみません」
なんだよこいつ…!
「まぁ…でも…お前が居なきゃどっちみち死んでただろうけどな…。あーしが死にかけた一番の原因はあーしが弱いからだ。お前ごときが気に病むんじゃねぇよ。って事で礼は言った…!これで貸し借りなしな!」
リリアは一見傲岸不遜なように見えるが自分にもストイックなところがある。他人のみならず自分にも厳しいタイプなのだろう。それに仁義みたいな物を持っていて信念強い。口が悪くなかったら案外良い奴だ。
「おーい。レグルス、リリア。大丈夫かー?」
少し距離が空いていた事に気付いたハヤテが気遣ってくれた。
「大丈夫だー!すぐ追いつく!」
「なら良かったぜー!」
「アイツらも疲れてるからな」
「ですね。ニシマ君もう少しゆっくり歩いても日没までに間に合うか?」
「多分大丈夫だと思うよ」
やっぱりハヤテもルーギアもニシマもリリアもみんな優しい、いい奴らだ。俺は皆に傷ついて欲しくない。でも俺のせいで危険な目に遭っているのが現状。なら…俺はより強くなって自分の事は自分で守れるようになんないとな。皆を危険に晒すことが無くなるように。頑張るぞ!
「おい…揺れすぎだ…」
「あ、悪い」
一時間後。星空が夕焼けの空を覆い尽くすギリギリのところで砂漠の出口が見えてきた。確かに視界の先には森が広がっている。これが丸々戦域か。まぁまぁ広いな。
「見えてきたよ」
ニシマが指さした先には確かに小屋が立っていた。ボロボロで大きな突風が吹けば倒れそうなくらいだ。
フォォォォォ!
風が出てきた。砂漠の夜は寒いとよく聞くが本当みたいだな。かなり冷たい風が体温を奪ってくる。一刻も早く室内に入りたい。
「急ごう」
俺たちは足早に小屋へと向かい中へ入った。
「待ってて。今、暖炉に火つけるから」
ニシマがマッチで暖炉にくべられた薪に火をつけると次第に部屋の中は暖かくなってくる。
「おぉ…流石に暖まるな」
「ですね。ニシマ君、今夜はここに泊めてもらってもいいかな」
「もちろん。でもベッドはひとつしかないんだよね」
「リリアを寝かせよう。こいつが一番疲れてるだろうし」
「あーしは平気だ…!」
「レグルスの言う通りだ。歩けもしないんだ。ちゃんと休養しろ」
リリアは俯き黙った。まぁ正論を叩きつけられてぐうの音も出ないんだろうな。よし、さっさと寝かせてやろう。俺はベッドにリリアを降ろした。
「一応これ」
ニシマはパンの切れ端を持ってきた。
「いやいや、貰えないって!なけなしの食べ物だろ?」
「いいんだ。皆は俺の恩人だから」
「んじゃあ…貰うぜ。ありがとうニシマ君」
「よーしありがとな坊主」
ルーギアはニシマからパンを貰うとリリアの口にぶっ込んだ。
「ぐぼっ!」
「おら食え」
「なにぶんだ!ごのじじい!」
口に物が入りすぎて喋れてませんよ。
「早く食って早く寝ろ」
「ぶっごろじでやるっ!」
「おい!やめろ!はなせ!」
リリアは口にパンを詰めたままルーギアに掴みかかっている。ルーギアは逃げそびれ締め付けられてしまった。全く、なんであんな状態だったのにこんなに元気なんだよこいつらは。
「はぁ…」
「はい。レグルスさんも」
「あぁ。ありがとう」
みんな、パンを食べ終えると寝るのは早かった。俺も自分が思うより相当疲れていたんだろう。自分がいつ眠りについたかなんて覚えていなかった。ふと風が窓を叩く音が気になり目が覚めた。いつの間にか暖炉の火が消えていたんだな。通りで寒い訳だ。ガタガタと音を立てる窓をじっと見つめる。父さんが死んだあの日を思い出してしまう。色々なことがありすぎてかなり昔の話のような気すらしてしまうが窓に打ち付ける雨のノックを忘れる日は来ないだろう。本当に俺は転生したんだな。英雄になる…本当にできるのだろうか。いや、やるしかない。俺には…それしか…。
何気なく周りを見るとニシマが居ないことに気づいた。
「外か?」
小屋の外に出てみると冷たい風が襲ってくる。
「寒ぶっ!」
ニシマを探すためにキョロキョロしていると
ガコッ、ガコッ!
という音が聞こえてくる。どうやら小屋の裏から聞こえてくるらしい。その音につられ顔を覗かせるとそこには薪を割るニシマの姿があった。
「ニシマ?」
「あっレグルスさん。ごめん、起こしちゃった?」
「いや、勝手に起きたんだ。ニシマのせいじゃない。それより何してんだ。こんな寒空の下で」
「見たまんま。薪割りしてるんだ。暖炉の薪が無くなっちゃったから」
「何も今やらなくても」
「みんなが寒いと思って」
なんて優しいんだ。本当にできた子供だ。リリアは少し見習った方がいいんじゃないのか?
「手伝おう」
「いや、いいよ。そもそも薪が少なかったみたいだからもう終わる。明日の朝。木を取りに行かないと。レグルスさんは休んでて」
「わかった」
俺は近くの切り株に腰掛けた。
「なぁ、ニシマ。これからどうするつもりだ」
「…母ちゃんを探そうと思う」
「そうか。宛は……ある訳ないか」
「うん。でもやっぱり母さん達が心配だから」
「そういや、行方不明だって言ってたけど街の住民は全員いきなり消えたのか?」
「いや、そういう訳じゃないよ。例の剣が水を吸い尽くした後急いで家に帰ったら母ちゃんはいなくなってた。その他にも何人か居なくなった人はいたけど、ほとんどの人は水が無くなったせいで生活ができなくなったのが原因で去っていったんだ」
「居なくなった人達…か」
「それにしてもあの堕天使はどうやって入り込んだんだろうな」
「だてんし?」
あー、そうか。ニシマは堕天使を知らないのか。黒ローブ、もといワウスが真犯人だと言うことはわかっているけどワウスが堕天使だって言ってなかったもんな。
「あの黒ローブ。ワウスと名乗っていたんだけどあいつは堕天使と呼ばれる悪魔でも天使でもない謎の種族なんだ」
「天使でも悪魔でもない種族なんてあるの!?」
「あぁ。らしいぜ。ルーギア達は何か知ってるみたいだけど俺は全く。まぁだからさ。聖域には天使じゃなきゃ入れない結界みたいなのが張られてるんだろ?どうやって入り込んだんだろうって思ってな」
「確かに。邪域ならともかくスルヘリアは聖域だもんね。なんでだろう」
そうか。邪域には結界がないのか。ん…ていうか待てよ。もし堕天使が聖域の結界を抜けられる何かしらの手段を持っているとするならシャテンバークの件も堕天使が関わっている可能性があるのではないか…?
何人かが行方不明だと言う話も聞いた。もし約束の神子とやらを探している堕天使がやったことだとしたら…。
俺はあの統一区の事を思い出していた。
奴らは神子を探す為に街ごと襲ってた。そして俺を神子と判断してからは俺を攫おうと必死になっていた。これと同じことがシャテンバークで起きていたとしたら全て辻褄が合う。
いや、それは早計か。堕天使の持つ力が魔力なのか神力なのか…はたまたそれのどちらでもないのかそれがはっきりしていない。現場には魔力残滓があったと言っていた。つまり犯人は魔力を使っていたという事だ。堕天使が魔力ではない他の力を使う場合この仮説は破綻する。
やっぱり…ルーギア達に詳しく聞くしかないか。
「……ん!」
堕天使、神子、聖域…俺は知らないことが多すぎる。あの事件を解決するためにはもっと情報が必要だ。でも…。
「…スさん!」
俺の無罪を晴らす為じゃない…。俺の為に傷つく人たちを一刻も早く無くす為だ。リリアのような遺された人たちの無念を晴らす為だ。頭を回して回して回しまくれ。今なら何かに気付ける気がする。思考しろ…もっと…!もっと!
「レグルスさん!」
「はっ!」
「大丈夫?急に俯いてぼーっとして…。体調悪い?」
「いや、違うんだ。心配かけて悪い」
「この時間の夜風が一番冷たいから当たりすぎて風邪ひかないでね。薪割りも一通り終わったし中に戻ろう。暖炉つけ直すよ」
「あぁ。ありがとう」
夜風か。確かにどんどん冷たくなっている気がする。
確かにこのまま外にいたら風をひきそうだ。でも今、勝利の余韻に浸っている俺にはちょうどいい冷たさの風なのかもしれない。気を引き締めるにはこのくらい冷たい風の方がいい。そう、今回の件は勝利であって勝利じゃない。もっと複雑な…何かだ。油断すれば命は無い。俺も…俺を信じるみんなも。だから、もう少しこの冷たい夜風に当たることにしよう。自分を緩ませない為に。
レグルスが小屋の中に戻ったのはニシマが中に入った後しばらくしてからだった。レグルスが戻った後も冷たい風は吹き続けていた。
26話に続く




