運命の人以外との結婚なんて、ごめんです!(1/2)
「続いての議題は、神聖結婚の儀についてです」
司会者の言葉で、王宮の会議室に集まった人々の顔に緊張が走った。
「リュイサ様、巫女頭として現状報告をお願いいたします」
「はい」
椅子の上で身を硬くしていた私は、ゆっくりと立ち上がった。
「先日急病で倒れた花嫁役の巫女ですが、徐々に回復に向かっています。この分ですと、あと二、三カ月もすれば、問題なく役目をこなせるようになるでしょう」
「二、三カ月だって!?」
「それでは遅すぎる! 儀式は十日後なのだぞ!?」
会議室がザワザワとどよめいた。司会者が「静粛に!」と声を張り上げたが、ざわめきは大きくなるばかりだ。
彼らを黙らせたのは、神官長様の一言だった。
「こうなっては、花嫁の代役を立てるしかあるまい」
神官長様は、シワの寄った顔をこちらに向ける。私は嫌な予感を覚えて、身にまとった白い法衣の下で肩をビクリと動かした。
「引き受けてくれるな、リュイサ」
「巫女なら、ほかにもいるではありませんか」
やっぱりそう来たかと思いながら、私は素早く反論した。
「それに、花嫁役を勤めたい女性ならいくらでもいるでしょう」
「誰でもいいというわけではないのだ。それはお前も分かっているだろう」
神官長様は眉一つ動かさなかった。
「神聖結婚は神と人との結婚だ。神の相手にふさわしいのは、お前のような特別に霊力の強い巫女でなくてはならん」
「そういえば、当初の案ではリュイサを花嫁役に任命していたんでしたな」
「ならば、何の問題もないではないか」
問題大ありだ。私は神官長様の意見に賛同するお偉方を睨みつける。私が花嫁の座を降りるために、どれだけ苦労して代役を見つけたと思っているの?
「リュイサよ、そう渋い顔をすることもあるまい」
私が唇を噛んでいると、神官長様が慰めるように言った。
「神と結婚するということは、神の『対の存在』になるということだ。名誉な話ではないか」
神官長様ったら、何を言っているの? ただ結婚しただけで対の存在になれるはずがないじゃない。やっぱり愛がなくっちゃ!
……なんて、言えるわけがない。だって、私は神殿で働く巫女たちを束ねる巫女頭。こんな発言は、私の地位にはふさわしくないもの。
「花嫁はリュイサで決定だ」
会議室の奥まった場所で静かに座り、皆の話に耳を傾けていた国王がそう発言したことで、この議題はあっという間に決着がついてしまった。
私はがっくりとうなだれる。
私が神の妻になる? 冗談じゃないわ!
****
密林を切り開いて作られた多数の都市国家が栄える半島。
この地では、五十二年に一度神を召喚し、人間の花嫁を娶ってもらう「神聖結婚」という儀式を執り行う国が多かった。私の住む夕凪の都もその中の一国である。
五十二年なんて中途半端な……、と思うかもしれないけど、この半島では、「五十二年ごとに世界は新たに生まれ変わり、すべては一新される」と信じられているのだ。
だから、神の花嫁も定期的に選び直す必要があるというわけである。
……いや、理屈は分かるのよ? これは国を挙げての大事な行事。無視するわけにはいかない。でも、よりによって私が花嫁役に選ばれてしまうなんて……。
会議は終了し、参加者たちが続々と退室していく。私も、どんよりとした気分で外に出ようとした。
その時、私は入り口付近で中年の執政官……つまり、王の補佐官と鉢合わせた。彼の吊り目がちで鼻梁の高い端整な顔立ちは、一目で親子だと分かるくらいに私とそっくりだ。
「お父様!」
私は思わず声を弾ませた。お父様が会議に参加していると気づいた時から、あとで声をかけようと思っていたのだ。こうして顔を合わせるのは何カ月ぶりかしら?
「あの、よろしければ……」
このあと、一緒に昼食でもいかがでしょう?
そう言いかけた私は、お父様が無表情でこちらを見ていることに気づいて笑みを強ばらせた。
「私は忙しい。用があるなら、手短に頼む」
実の娘を相手にしているとは思えないほどの素っ気ない口調だった。私は横面をはたかれたような気分で、お父様から視線を外す。
「いえ、何でもありません」
いたたまれなくなって、私はそそくさとお父様の横を通り抜け、部屋を出た。早足で王宮から退散する。
向かった先は神殿だった。敷地内へ通じる門をくぐった辺りでやっと歩調を緩め、三角形のアーチ型の入り口から建物内に入る。
業務に戻る前に食事を済ませておこうと思い、私は食堂へ向かった。ちょうどお昼時だからか、どの長テーブルも人でいっぱいだ。
「ねえ見て! 昨日の晩、魔術で石を熱して、髪に巻きつけておいたのよ」
「わあ~、クルクルになってる! いいなあ~」
近くの席から、私と同年代の神官のはしゃいだ声が聞こえてくる。話題の中心にいる娘の髪は、ふんわりと優美にカールしていた。
へえ……熱した石をそんなふうに使うなんて、面白いことを考えつくのね。その髪型、素敵だわ。
私は真っ直ぐに伸びた自分の後れ毛を指に巻きつける。ちょっと試してみたいかも。具体的にはどうするのか、詳細が分かったらいいんだけど……。
「リュ、リュイサ様!」
神官たちが私の視線に気づいた。彼女たちは猟師に追い立てられたウサギのように、ぴょこんと席から立ち上がる。
「申し訳ございません! 食事が終わったのに、いつまでも食堂で喋っているなんて……!」
「お席をお探しでしたら、こちらにどうぞ!」
彼女たちはあたふたと出口に向かって駆けていった。私が何かを言う暇もない。
でも、チャンスがあったとしても聞けないわよね。「どうやったら、そんなオシャレな髪型にできるの?」なんて。私は巫女頭なんだから、浮ついたことを考えていると思われるわけにはいかなかった。
私は先ほどまで神官たちが座っていた椅子に腰かける。
「いつもどおり、お部屋か執務室にお食事をお運びしましょうか?」
給仕係の提案を断って、私は持ってきてもらった食事を一人で黙々と取った。
メインメニューは蒸し団子だ。中に入っているのは、香辛料とハチミツで甘辛く味付けした豆。別のお皿には、ゆで卵と蒸した鳥肉が載っている。
食堂は混んでいるというのに、私の近くには誰も座ろうとしなかった。皆がこちらを見て、声をひそめて話しているのが聞こえてくる。
「リュイサ様って、すごい方よねえ」
「美人だし、家柄はいいし、強い霊力も持っているし……」
「六年前に巫女頭に任命された時は、まだ十四歳だったわよね? 歴代最年少なんでしょう?」
「あんなに恵まれた方はそういないわよ。羨ましいわ~」
それに加えて、神との結婚話まで来ているんですものね、と私は心の中で嫌味っぽくつけ足して食堂を出た。口の中に、料理と一緒に出されたカカオドリンクのほろ苦い味がまだ残っている気がする。
私は壁際に視線を移した。魔術を使って磨かれた石造りの壁が、水鏡のように私の姿を頭のてっぺんからつま先まで映しだす。
真っ先に目に入ったのは、身分の高い者しか使えない綿糸で織られた真っ白な法衣だ。腰帯にはヒスイの飾りをつけ、手首にもヒスイの腕輪を巻いている。この緑色の宝石には、霊力を高める効果があると信じられているのだ。
けれど、ヒスイは貴重な輸入品なので、誰もが身につけられるわけではない。私が持っているヒスイの装飾品は、すべて貴族階級にある実家からの贈り物だった。
――あんなに恵まれた方はそういないわよ。
そう、私は恵まれているんだ。
彼女たちの言うように、私は色々なものを持っている。特別な地位とか、強力な後ろ盾とか。この夕凪の都に生きる女性なら、誰もが羨むようなものばかりだ。私はそのことに感謝しないといけない。
でも……何なの? この虚しさは。
私は何でも持っているはずなのに、どうしてこんなに空っぽだと感じてしまうのだろう。
まるで胸の中に突き当たりの見えない深い洞窟が口を開けているようだった。そこに冷たい風が吹き込んで、どこまでも私をやるせない気分にさせていく。
こんな時に、あの人がいてくれたら……。
うつむきながら廊下を歩いていると、背後に気配を感じた。かすかに空気が震え、ピリリとした霊力の波動が肌の上を走り抜ける。
私はもう一度磨き抜かれた壁を凝視した。けれどそこに映っているのは、長い前髪の間から勝ち気そうな黒い目を覗かせている女性だけだ。
まるで真夜中の冴えた月を思わせるようなその顔が、みるみるうちに上気していく。私は後ろを振り返った。
思ったとおり、背後には誰もいない。
でも、私は理解していた。彼が来てくれたんだ、と。
落ち込んでいた気分が一気に吹き飛んで、底抜けに明るい声が出てくる。
「睡蓮の君!」




