92.異常事態
結局、おば様と部屋の中で二人。あたたかい紅茶を淹れてもらって、ゆっくりお話しして。
優しいおば様は、フォルトゥナート公爵様のことは気にしなくていいと言ってくださった。
オットリーニ伯爵家としても、あちらから文句を言われたわけでも、抗議の連絡をもらったわけでもないから、と。
(まだまだ、周りの人たちに甘えてばっかりだなぁ)
社交界デビューをしていないので、まだ子供なのは当然のことながら。それ以上に、迷惑も心配もかけすぎていると本気で反省した。
そして同時に、ちゃんとパートナーを見つけて安心して欲しいとも思って。
ただ、現実はそう甘くはない。
あの日からしばらく経った今でも、顔合わせのお願いすらお断りされている状況で。
さすがにこれ以上は難しいのではないかと、本気でお兄様にパートナーをお願いしようと考えて、手紙の用意をしてもらうために相談しようと思っていた、夕食時のことだった。
「た、大変だ……!」
なぜか、慌てた様子で食堂へと駆け込んでくるオットリーニ伯爵様。
この光景、前にも見たことがあるような気がすると、どこか嫌な予感を覚えながら様子を窺っていた私に。
「フォルトゥナート公爵様から、また君宛に手紙が届いたんだ……!」
以前と同じように焦ったような口調のまま、オットリーニ伯爵様は私に手紙を差し出してきた。これまた以前と同じように、真っ白な封筒が使われている、私宛の手紙を。
それを目にした瞬間、どこか眩暈のようなものを覚えたのは、気のせいではなかったと思う。
「……先に、頂いたお手紙の内容を確認させていただいても――」
「もちろんだ!」
私が完全に言葉を言い切る前に、大きく頷く伯爵様。
同意を示してくださるのは嬉しいけれど、あまりにも前のめりすぎて驚いてしまう。とはいえ相手が相手なので、そうなるのも仕方がないことは、私もよく分かっている。
少し視線をずらせば、おば様もしっかり頷いてくださっていたので、今回も食事の前にエドワルド様からの手紙を確認することにして……。
「……え?」
そこに書かれていた内容に、素直に驚いてしまった。
そもそも前回とは筆跡も全く違って、綺麗だけれど少し硬くも見える文字たちからは、手紙を書いた人の真面目さを感じ取ることができるから。
(これ……もしかして、エドワルド様の筆跡……?)
相手のことを考えて、一文字一文字ゆっくりと、丁寧にペンを走らせているのだろう姿が、容易に浮かんできた。
そんな文字で書かれている手紙の内容を要約すれば、前回の心ない言葉や態度に関する謝罪と、改めて場を設けさせてほしいというものだった。
しかも場所の指定は、フォルトゥナート公爵邸。そこでの、昼食会。
「あらあら、まぁまぁ」
下位貴族の令嬢が、爵位と役職持ちの高位貴族に屋敷に招かれる。
そんな異常事態とも呼べる状況に、オットリーニ伯爵様は絶句しているけれど。おば様は、どこか嬉しそう。
「お断りする理由はないのだし、せっかくだから行っておいでなさいな」
しかもなぜか、招かれることを推奨までしてくるものだから。お断りしたい、などと口にするのは憚られて。
「そう、ですね」
少しだけ顔が引きつりそうになりながらも、笑顔でそう答えるしかできなかった。
(本当は、これ以上好きにも嫌いにもなりたくないのに……)
だから一切関係を持ちたくなかったのだとは、結局最後まで言葉にできないまま。
伯爵様も謝罪の申し入れをお断りするのは悪いからと、了承のお返事と一緒に前回と同様、日程調整のお手紙も出してくださって。
そうしてほぼ強制的に、私は当日迎えに来たフォルトゥナート公爵家の馬車に乗り込むことになったのだった。
 




