91.この気持ちは
エドワルド様の前から逃げ出して、部屋に駆け込んで泣き崩れていた私は。結局あのあと、緊張の糸が途切れてしまったのもあったのか、そのまま眠ってしまっていた。
気が付いた時には、すでに外は暗くなり始めていて。そっとかけられていた毛布に、オットリーニ伯爵邸の優しさとあたたかさを感じながら、また泣きそうになって。
けれど同時に、ものすごく心配とご迷惑をおかけしてしまったのだと、自己嫌悪に陥りながら反省もしていた。
(やっぱり、言わなきゃよかった……)
私自身も、いまだに信じられないのだから。人間が、犬の姿になってしまうだなんて。
それを信じてもらおうとした、私がバカだった。
(真剣に探してくれてるから、なんて。思わなければよかったんだ)
そもそも探されているのはエリザベスという名前の、エドワルド様の飼い犬であって。パドアン子爵家のアウローラでは、ないのだから。
それをいきなり、自分がエリザベスだったなどと言われて、怒らないはずがない。
今考えれば、当然の反応だったと思えるのに。あの時は、もう二度とこんな機会は訪れないだろうという焦りもあったのか、つい真実を話してしまった。
必要のないことだったのに。
(でも、エドワルド様だって……)
まさか匂いでバレるとは思っていなかったけれど、パートナーが決まっていない状況を、これ幸いと利用して。エリザベスの情報を聞き出すためだけに、オットリーニ伯爵邸にやってきたのだから。
(私は、それにちゃんと答えただけだし)
そもそも真実なのだから、不義理なことは一つもしていない。信じなかったのは、あちらのほう。
むしろ、いまだに誰からもパートナーの了承をもらえていない私のことを気遣うこともなく、ただ利用してきただけのエドワルド様のほうが、よっぽど酷いことをしているのではないか。
そう考えると、何だか無性に腹が立ってきて。
(そうだよね。私、悪いことなんてしてないもん)
ただ真摯に、相手に向き合っただけ。
でも、だからこそ。信じてもらえなかったのが、余計につらくて。
それに……。
(……気付かなければ、よかったなぁ)
冷たい表情に、合わせられることのない視線。
エリザベスとして接してくれていた時とは、真逆の態度に。こちらには興味の欠片もないと言わんばかりの、その言葉の数々に。
悲しくて悲しくて、深く傷ついた心の奥底に、隠れるように眠っていたのは。
「好きになんて、なりたくなかった」
膝を抱えて、こみ上げてくる涙を必死にこらえる。
いつからそんな風にエドワルド様のことを見ていたのかなんて、もう私にも分からないけれど。この気持ちは、恋以外の何ものでもない。それだけは、分かるから。
だから、こそ。気付きたくなかった。
「住む世界が違いすぎるのに……」
あちらは公爵様で、宰相閣下で。国を動かす、重要な人物。紛うことなき、高貴なお方。
対して私はといえば、底辺も底辺の令嬢。実家は下位貴族の子爵家だし、貧乏だし。デビュタントのパートナーですら、一向に見つからないような最下層貴族。
誰がどう見ても、どう考えても、釣り合いなんか取れるわけがなくて。
最初から、望みなど欠片もないはずの恋心は。このまま人知れず、自分自身でも気付くことなく、消えてしまえばよかった。
(それなら、こんなに苦しくなかったのにな)
けれど同時に、だからこそこれでよかったのではないかとも思う。
興味を持たれることもなく、もう二度と関わり合うこともなく。ただ、遠い存在として。憧れ程度の立ち位置で。
(……うん、そうしよう)
それでいい。それが、いい。
そう自分を納得させて、顔を上げる。いつまでもウジウジしていたって、こればっかりはどうにもならないのだから。
「アウローラ、起きているかしら?」
「あ、はいっ!」
決意を新たにした次の瞬間、扉の外から聞こえてきたおば様の声。それに返事をしてから、急いで立ち上がる。
全てを話すことはできないけれど、迷惑をかけてしまったことはしっかりと謝っておかなければ。
その上で、どうしても許せない言葉を口にされて悲しくなってしまったのだと、そう伝えておこう。
全部が全部嘘というわけでもないし、詳細は決して言葉にはできないけれど。きっと、ある程度納得はしてもらえるはずだから。




