90.全てを手に入れる ~エドワルド視点~
「パドアン子爵令嬢のおっしゃった言葉に、嘘はなかったのではないかと」
その意味を理解した時の衝撃を、何と例えればいいのか。今の私に出せる答えはないが。
ただ不思議なほど素直に、ディーノの発言を受け入れようとしている自分がいたことは確かだった。
「……どうして、そう思った?」
「そもそもエドワルド様とパドアン子爵令嬢とでは、家格に差がありすぎます」
それは、紛れもない真実だ。
あの日もその事実を、彼女の口から指摘されて。そこで初めて、自分がしている行為の意味に気付いたのだから。
「フォルトゥナート公爵ご本人であり、宰相閣下でもあるエドワルド様に対して、子爵家のご令嬢がそのような冗談を口にすることなど、本当にあるのでしょうか?」
「それは……」
立場的なことだけを考えた際に、はたしてそれが可能かどうか。
答えは簡単だ。
「……ない、な」
自分が同じ立場だったとして、そんな冗談を口にできるかと問われれば。答えは、否。
相手がどんな性格をしているのかも分からないのだから、どんなことで不興を買ってしまうかも分からない。あの時も、彼女はそれを危惧していたのだから。
それなのに、明らかに真剣な相手に冗談で返すなど、普通に考えればあり得ない。
「それから、もう一つ」
「まだあるのか」
「はい。むしろ、こちらが本題なのですが」
今の話は本題ではなかったのかと、危うく口にしてしまいそうになって。けれど前置きとして必要だったのだろうと自分を納得させて、聞く姿勢に入る。
ここで下手に口出ししてしまえば、先に進まなくなってしまうことは明らかだったからだ。
「エリザベス不在の中、エドワルド様がしっかりと睡眠を取ってくださったのは、たったの二回でした」
「まぁ、そうだな」
一瞬、責められているのではないかとも思ったが。ディーノの真剣な眼差しは、そういった類のものではなく。
そしてまだ続きがあるようだったので、軽い相槌程度に言葉を返しておいた。
だが。
「その数少ない二回の共通点は、エドワルド様がパドアン子爵令嬢とお会いになった日なのです」
「ッ!!」
ディーノの発した言葉に、思わず目を瞠る。
私自身も薄々気付いてはいたが、まさか他人の口からこうもハッキリと断言されるとは思ってもみなかったからだ。
最初に彼女と出会った時には、知らぬうちに気を失っていて。前回オットリーニ伯爵邸で会った日には、久々に朝まで熟睡していた。
そのどれもが、まるで……。
「まるで、エリザベスのようだとは思いませんか?」
私が思ったことを代弁するように、ディーノが言葉を紡ぐ。
だがまさに、私がエリザベスを抱いて寝た時と同じ効果を得られているのだから。偶然だと割り切るには、あまりにも条件が一致しすぎている。
「だが、だとすれば……」
「万が一、という可能性もございます」
二人で視線を合わせて、ゆっくりと頷き合った。
言葉はなくとも、この瞬間同じことを考えていることだけは、長い付き合いからよく分かる。
つまり、どうにかしてそれを確かめよう、と。そういうことだ。
「……謝罪もかねて、アウローラ・パドアン子爵令嬢を屋敷に招く」
「賭けに、出られるのですね」
その証拠に、私の言葉を受けて瞬時にやろうとしていることを理解したらしいディーノが、そう真剣な顔をして返してきた。
それに、私はもう一度頷いて。
「メニューも含めて、今回限りの特別な昼食会を。そこで、真実を明らかにする」
覚悟を決めて、強い視線でそう伝えれば。
「承知いたしました」
同じように強い意志を宿した瞳で、恭しく頭を下げるディーノ。
詳細はこれからになるが、方向性は決まった。
(もし本当に、万が一の可能性があったとすれば)
私はこれから全てを手に入れるために、計画を練らなければならない。
だがそれは、決して億劫なものではなく。むしろ、今までで最も前向きになれるものだろう。
不安が全くないわけではないが、ことこの感情に関しては、おそらく誰しもが同じ思いを抱くことになるはず。今回は、それが少しばかり特殊な事情であるというだけだ。
(だが、まずは)
謝罪のための昼食会に招きたいという手紙に、色よい返事をもらえるように。
封筒と便箋を取りに部屋を出ていくディーノの後ろ姿を見送りながら、私はその内容をどうするかと思案し始めたのだった。




