50.一番のお気に入り
「わふ!」
「ん? どうした?」
眠れば不安は吹き飛んでしまう、というわけではないけれど。
いつまでもそのことだけを考えて、ウジウジしていても仕方がないし。
「くぅ~ん」
それにこういう時は、体を動かすのが一番。
普通のご令嬢がどうしているのかは知らないけれど、田舎育ちの私にとってはこれが普通。
と、いうことで。
「遊びたいのか?」
「わふ!」
初期の頃にディーノさんが用意してくれた、エドワルド様の自室の中にある私専用のおもちゃ箱の中から、一番のお気に入りのボールを取り出してくる。
色々買ってきてくれたけれど、結局一番最初にもらったボールが、ずっとお気に入りのまま。
やっぱり最初にもらったものって、思い出もあるし愛着も湧くから。ボロボロにならないように、大切に使っている。
「投げるだけでいいのか?」
「わふ?」
「こちらのロープではなく、ボールでいいのか?」
「わふ!」
どうやらエドワルド様は、引っ張り合いじゃなくていいのかを確認したかったらしい。
最初は意味が分からなかったけれど、おもちゃ箱の中から取り出された、二番目のお気に入りのロープを見て。私はようやくその意味を理解したけれど。
(今日は、思いっきり動きたい気分だからね!)
ボールなら、いくらでも走り回れる。
しかも私が毎晩抱き枕になることで、エドワルド様の安眠が約束されるようになったので。
(わざわざ、疲れるようなことをしてもらう必要もないし)
ボール投げも、それなりに運動量はあるのだけれど。
無理に疲れてもらう必要もなくなった今、今度は逆に体力を無駄に消費しないでもらう方向で、マッテオさんやディーノさんとも意見が一致していた。
実は秘密の会議は、今も続いているのだけれど。エドワルド様だけは、それを知らないまま。
(というか、もはやあの親子も私に対して、まるで人間に接するように話しかけてくるようになっちゃったし)
マッテオさんは、元からすごく丁寧に接してくれていたけれど。
エドワルド様の私に対する変化を読み取ったのか、ディーノさんだけじゃなくマッテオさんも、以前以上に普通に会話を交わすようになってしまって。
これが一方的な勘違いならば、まだ笑って済ませられるところなのに。
(中身が本物の人間だから、通じちゃってるんだよなぁ、これが)
私が適切に返事をするから、なおのこといけないのかもしれない。
とはいえ、理解しているのに無視するのも心苦しくて。
それに話が通じている犬だという認識は、もはや当たり前になりすぎていて。今さら訂正する気にもならない。
訂正する方法があるのかすら、知らないけれど。
「本日は休日ですので。たまにはエリザベスと思う存分戯れるのも、よろしいのではありませんか?」
「そうだな。毎日私が帰ってきてから暗くなるまでの、短い間しか遊んでやれないから」
ディーノさんの言葉に答えながら、優しく頭を撫でてくれるエドワルド様。
以前よりも柔らかな表情で、青みがかったグレーの瞳がメガネの奥から私を見ていて。
(そっか。眠れるようになったから、前と違って常に気を張ってることもなくなったんだ)
顔色も表情も、目に見えて明るくなったように感じるのは、きっとそれが理由なのだろう。
穏やかな空気を纏うこの姿が、本来のエドワルド様で。今までは、その余裕がなかった。
だとすれば、私もしっかりと役に立てているということで。
(こっちも、根本的な解決には至っていないけれども)
それでも、恩返しはしっかりとできている。
そう感じることができて、少しだけ達成感を得られたような気がした。




