48.色々と心配
エドワルド様が随分とこだわったらしい首輪が届いたのは、それから数日後のことで。
「どうだ? エリザベス」
「わふん!」
「そうか、気に入ってくれたか」
落ち着いたグリーンやブルーに、深いワインレッドのような色味の首輪が数本。
全て革製で、けれど首につけられてもそこまで重さを感じないほど軽く。
そしてその全てに、金属製のタグが付けられていた。
見せられた時に読めたそのタグの文字は、フォルトゥナート公爵家のエリザベスと書かれていて。
(迷子防止用のタグ、なのかな?)
確かにこれならば、誰が見ても一目瞭然だろう。
それ以前に、私は自分の力でフォルトゥナート公爵邸に帰ってくることができるのだけれど。
そこは、今はあえて言わないでおく。エドワルド様たちが知るわけがないのだし。
そもそも迷子だと思われて拾われたという事実もあるので、こういう対策を立ててくれたのだろうと思って、ありがたく受け取っておくことにして。
「これで正真正銘、エリザベスは私の飼い犬だ」
「わふ!」
人間の姿に戻れるまでの、不確定な間ではあるけれど。
それまでは甘えさせてもらう代わりに、飼い犬としても抱き枕としても、しっかりお役目を果たそう。
と、思ったのは確かだったけれど……。
現在。
(これは、ちょっと……)
予想とはかなり違う方向に、変化が激しすぎるなぁなんてことを思う私は。
「あぁ、エリザベス」
「……」
ベッドの中でエドワルド様にしっかりと抱きしめられながら、遠い目をしていた。
それも、そのはずで。
「お前は本当に、賢くて可愛い」
「……」
こちらの公爵様兼宰相様は、どうやら飼い犬には大変甘くなるお方のようでして。
「白く長い毛並みも、長い四肢も、本当に美しい」
「……」
首輪をつけた日から、ずーっとこんな調子。
さらには。
「お前がいないと、私は夜も眠ることができない」
「……わふん」
まぁ、そうでしょうねと。心の中では、同意しておくけれど。
嘘ではない。確かに、嘘ではない。それは間違いない。
だが、そういうことではなく……!
(これ、私に向けられるべき言葉じゃないと思うの)
名前どころか話題にすら出てこない、いるはずであろう婚約者のご令嬢に向けられるべき、言葉の数々。
エドワルド様は真面目な方だから、外に恋人を作ったりもしていないだろうと思っている。
でも、だからこそ。
(結婚してから、そのお相手の女性に言って欲しい言葉なんだけどなぁ……)
心の中で、一人そう呟いて。遠い目をするしかなくなるのだ。
「可愛いよ、エリザベス」
「……」
違うんです、エドワルド様。その言葉を向ける相手は、私じゃないんです。
何度、そう伝えられたらと本気で考えたことか。
それが不可能だからこそ、受け入れるしかない言葉の数々は。
「私の、エリザベス」
「っ……」
この時間独特の、なぜか色気を含んだ声色で、耳元に落とされるから。
(なんかっ、イケナイ恋人同士みたいでっ……!)
変にドキドキするのと同時に、色々と心配になってしまう。
とりあえず、エドワルド様は見た目以上に執着心が強そうだということは、分かったけれど。
「いい匂いだね、エリザベス」
「~~~~っ!!」
せめて向き合わないようにと、常にエドワルド様のいる方向とは反対側を向いている私の、後頭部に。それはもう、嬉しそうに顔をうずめてくるから。
ほぼほぼ完全に体が密着した状態で、幸せそうな空気を醸し出すエドワルド様は、とてつもなく満足しているのだろうけれども。
(私はっ、困るっ……!!)
しかも毎回、この状態のまま眠りに入られるので。朝まで結局、抜け出すことすらできないのだから。
あと、私の後頭部にうずめた顔は、毛だらけにならないのだろうか?
(この人、その内犬の手にキスとかしそうで怖いよ……)
手というより、正確には前足と言うべきなのだろうけれど。
割と本気で、そんなことを考えて心配になるくらいには、人が変わりすぎている気がする。
(早く、元の姿に戻ったほうがいいのかもなぁ)
自分の心の平穏のためにも、エドワルド様がおかしな扉を開いてしまわないためにも。




