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出自の賤しさ

「チャールズ……」


 ヴィオレットが辟易(へきえき)したように来客の名を呼ぶ。


「現状は理解した。それを知らせてくれたことにも感謝する。だが、まさかとは思うが……この私に、事件の解決を手伝えとは言うまいな?」


 彼女のその言葉は、ラスティの胸中の懸念とそっくりそのまま。

 チャールズは額に落ちてきた髪をかき上げてから、素知らぬ様子で答える。


「母上からは、『ヴィオレットに今起こっていることを伝えておくように』とだけ言われている。そのお言葉になんらかの含意(がんい)があるかどうかは、若輩(じゃくはい)たるぼくにはさっぱり理解できないがね」


 回りくどい物言いはヴィオレットの(かん)に障ったようで、口元がヒクヒクと引き()っていた。

 チャールズはカップの中身を啜ったあと、いっそう白々しく続ける。


「ああ、そうだ。母上はこうもおっしゃっていた。『ヴィオレットがいつまでたっても新しい従者を紹介しにきてくれないのは、そうすることができない、なにか重大な理由があるからかしら』と」


 ラスティは呼吸を止めた。さもなくば息遣いを乱し、動揺をあらわにしてしまいそうだったから。

 対面のシェリルは、まばたき一つせず固まっている。ヴィオレットさえも目を白黒させ、答えに(きゅう)してしまっていた。


「日頃からお世話になっているおばさまに、そこのラスティの紹介を(おこた)っているのは私の落ち度だ。本当に申し訳ないと思っている」


 素直に己の非を認めたヴィオレットに、ラスティは内心で驚嘆する。それほどに、『おばさま』には頭が上がらないということか。


「お見舞いも兼ねて、すぐにでも馳せ参じるべきだろうが、ラスティはまだカルミラの民のことをなにも知らない。だから、無礼があってはいけないから……」

「ああ、そうなのか。そんなこと、気にしなくていいのに」


 と、チャールズは人好きのする笑みを浮かべ、あろうことかラスティに身を寄せてきた。肩を叩かれ、顔を覗き込まれる。エドマンドと似て非なる精悍な男の(つら)には、言い知れぬ迫力があった。


「母上は寛容なお方だから、気軽に顔見せにくればいい。――なぁ、ラスティ()


 ラスティは己の耳を疑った。たった今、この男はラスティの名に敬称をつけていなかったか? なにかの冗談か?


 ヴィオレットもシェリルも、一言も発しない。その代わり、応接間にはなんとも言えない緊張感が漂い始めた。

 張り詰めた空気をものともせず、チャールズは続ける。


「仕立て屋では、ずいぶんとシェリルに(かしず)かれていたそうじゃないか。『まるで主従のようだった、あの赤毛は相当に高貴な出自なのではないか』なんて噂を聞いたぞ。だが、実際に会ってみると……まぁなんというか、『素朴(そぼく)』な感じだな」


 ――素朴、だと。

 ラスティは、頬を赤らめずにいられなかった。


 最大限に言葉を選んでくれたようだが、出自の(いや)しさを見事言い当てられたというわけだ。以前シェリルに言われたように、喋り方や立ち振る舞いにそれがありありと現れていたのだろう。出会ってほんのわずかで見抜かれてしまうほどに。


 同時に嫌というほど思い知った。自分は、『見られる立場』だということを。

 『宵闇の女王』と呼ばれる高貴な女の付属物として、他のカルミラの民に注視される。噂を広められ、勘繰られる。為人(ひととなり)を見定められ、そして判断を下される。

 ラスティが属しているのは、まごうことなき上流社会なのだ。今さらながら、肉体労働などしようとしていた己に強い羞恥を覚えた。


 チャールズは、己の言葉によってラスティが傷付いたことを察したらしく、やや気まずそうに離れていった。今度はヴィオレットへ向き直る。


「このラスティくんに対しては、先輩従者であるはずのシェリルがどうしてだか下手(したて)に出ているし、さっきも『ラスティ様』なんて呼ばれていた。ぼくもすごぉく興味が湧いているんだが」


 ――そういえば、チャールズの前で『ラスティ様』と呼ばれたかもしれない。

 フィリックスのことを尋ねたときだ。なんと耳聡い男だ、と感心するしかない。シェリルにちらりと視線をやれば、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「黙れ、チャールズ」


 尊大な声をあげたのは、ヴィオレット。むっつりと不機嫌な様子を見せており、どうやら居直る手段に打って出たらしい。


「他人の従者を詮索するなど無作法に過ぎる。確かにそいつは訳ありだが、たとえおばさま相手でも、すべてを包み隠さず話す道理はない」

「ふーん、そうかい」


 チャールズは口を尖らせ、不貞腐れたように答えた。詮索は無作法、などと言われてしまったら、返す言葉がないのだろう。


「まぁ、これからお近づきになろうじゃないか」


 と、再度ラスティへすり寄ってきたから、思いきり嫌そうな顔をしてやった。どうやら対応としては正解だったらしく、渋々元の位置へ帰っていく。ヴィオレットも愉快そうにくちびるを吊り上げていた。


「どうしても協力せよというなら、おじさまのところへ行って、『どうかお願いです、アルバスへ戻ってください』と猫なで声で甘えるくらいならしてやる」

「似たようなことは試したよ。だが、さしもの君なら、父上を動かすことができるかもしれないね。ぜひ挑戦してみて欲しい」


 やや棘のある口ぶりに、ヴィオレットは眉根を寄せる。だが、激昂することはなかった。


「チャールズ……私は別に、冗談で言ったわけではない。私にできることがあれば、協力してもいい」

「おや、どういう風の吹き回しだ?」


 ヴィオレットの態度には、ラスティも驚きを隠せない。シェリルも目を丸くしている。


「血を使った殺人など、許されることではない。ましてやその目的が超越者の量産だなんて、常軌(じょうき)(いっ)している……」


 独り言のような物言いの奥に潜む感情は、彼女らしくもない『義憤』なのだろうか。


「被害がアルバス国内で済んでいる内に、手を打つべきだろう……」

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