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来客

 引きこもり生活が始まったが、今までとなにも変わらない。ラスティはヴィオレットと寄り添って本を読み、それをシェリルが見守る。

 代わり映えしない、平穏な日々が続いていくだけ。


 いや、一つだけ大きく変わったことがある。ラスティは、シェリルに教えを乞うことにした。ヴィオレットに見合う男へ、少しでも近付くために。


 下町の(なま)りを直し、ちょっとした挙動を正し、流行について習った。最後の項目が一番の難関だった。衣服や靴、紅茶や香水の銘柄なんて覚えられない。

 だがシェリルいわく、こういうことを知っておけば日常会話に困らない、とのこと。プレゼント選びにも役立つそうだ。


 無用の外出を控えるようになったシェリルは手持ち無沙汰になっており、ラスティへの『教育』が良い暇潰しになっているようだ。上手く出来なければ厳しくなり、上手く出来ればたっぷり褒める。その飴と鞭の使い方は、見事というよりほかない。


 また、人間のような食事を必要としないカルミラの民と従者の身体は、籠居(ろうきょ)するのにとても都合が良かった。(こと)に、マクファーレン邸では、ヴィオレットがシェリルの血を吸い、ラスティがヴィオレットの血を吸うという食物連鎖が完成している。


 しかし、外界の情報を入れることもせず、いつまで閉じこもっていればいいのか……。

 ふとした瞬間、言い知れぬ不安が胸をよぎる。

 ヴィオレットもシェリルも、同様の思いを抱いているようだった。会話が途切れたときなどに、深い愁いを帯びた瞳で、虚空を見つめている。


 マクファーレン邸に来客があったのは、ギルマン伯爵の死を知ってからさらに半月後のこと。小雨の降る肌寒い日だった。

 その日、ラスティとヴィオレットは昼近くまで眠っていた。実際のところ、ラスティはとうに覚醒していたのだが、ヴィオレットが解放してくれなかったのだ。

 独り寝が寂しいからではなく、単純に寒いからだろう。ラスティの身体に手足を絡め、わずかでも体温を奪おうとしている。

 その動きが(なま)めかしいから、まぁいいか、とラスティもぼんやりと寝台にこもっていた。

 しかし突然、ヴィオレットが跳ね起きた。


「……誰か来た。結界に触れている」


 緊張をみなぎらせ、つぶやく。ラスティも身体を硬くしながら、思い浮かんだことを口にした。


「エドマンドか?」

「いいや、エドの気配ではない。……シェリルが領域内に招き入れている」


 ヴィオレットは怪訝そうに眉を歪めた。厳戒体制下において、門番の役目も果たす少女がやすやすと通したということは、信頼のおける顔見知りなのだろう。

 ヴィオレットは釈然としない様子で床に足をつき、鏡台へ向かって行った。


「私は客を迎える準備をする。お前は衣装部屋でじっとしていろ」


 言われた通り、ヴィオレットの母親の部屋に移動したのだが、数分もしないうちにシェリルが呼びに来た。


「ラスティ様も同席するようにとのことです。準備なさってください」


 言い終えるやいなや衣装棚へ向かい、ごそごそ漁り始める。ラスティの着るものを選んでくれているようだ。


「またいきなり、なんで?」


 目を丸くして尋ねると、シェリルは手を動かしながら困ったように答える。


「ラスティ様の存在は、とっくに周知のものになっていたようです」

「ええ? 一体また、なんで……」


 驚きと不可解さに顔をしかめたが、にわかにぴんと(ひらめ)いた。


「ああ、もしかして、あの厳めしい(つら)の……たしかグレナデンと言ったっけ、あの人か」


 一度しか顔を合わせていないが、『グレナデン(ざくろ)』という名前が印象的だったし、とても世話になったからよく覚えている。いや、世話になったどころか、大恩というべきだろう。超常の力を用いて、シェリルの大怪我を癒してくれた。


 あの厳格を絵に描いたような男が、ラスティのことをカルミラの民中に吹聴したのだろう。ヴィオレットが大変失礼な態度を取ったから、その報復としてか。もしくは、悪気なく広めてしまっただけかもしれない。


 しかし、シェリルは首を横に振った。


「その可能性もありますが……決定打になったのは仕立て屋巡りです。お店のお得意様に、わたくしの顔を知る同胞の方がいらしたようですね。『宵闇の女王の従者が、赤毛の男の服を(あつら)えているぞ』と。カルミラの民が新しい従者を得たとき、最初にするのは衣装選びです」

「あー、そっか……」

「ちょっと迂闊に過ぎましたわね」


 シェリルは自省するように肩を落とした。まぁ、(しん)に迂闊なのは、命令を下したヴィオレットの方だろう。


「で、誰が来ているんだ?」

「エドマンド様の兄君(あにぎみ)、オルドリッジ家四男、チャールズ様です」


 答えを聞いて、ラスティは思いきり目を剥いた。


「四男?! エドマンドは何男(なんなん)なんだ?」

「六男です。()御家(おいえ)には、六人の御子息と五人の御息女がいらっしゃいます」

「はえ~、十一人かぁ……」


 素直に感心していると、シェリルに衣服を押し付けられた。


「チャールズ様は礼儀にうるさい(かた)ではありませんが、だからといって気を緩めないようになさってくださいね。質問されても不用意にお返事なさらないよう。あくまでもヴィオレット様の新米従者として振る舞ってください。では、のちほど」


 最後の方は早口で言い捨てて、シェリルはせわしなさそうに退室していった。来客へのもてなしのためか、はたまたヴィオレットの支度を手伝うためか。


 シェリルが指定した衣服――新品かつ上等のものだが、普段着ているものとさして変わらないものだった――に着替え、顔を清拭(せいしき)し――これも、ヴィオレットに拾われてから身についた習慣だった――、応接室へ向かった。


 途中でシェリルに引き止められ、ヴィオレットの準備が整うまで待つように言われる。仕方なしに衣装部屋へ引き返して、母親の肖像画を眺めた。もうさすがに見飽きた。


 迎えに来たシェリルに導かれ、再び応接室へ足を運ぶ。

 さて、エドマンドの兄という人は、一体どのような御仁なのだろう。

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