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種族の根幹に関わる大罪

 ヴィオレットは数分も経たないうちに戻って来た。顔色は悪く、表情も険しい。

 

「シェリル、しばらくの間、外出は必要最低限にしてちょうだい。特に、伯爵の周辺にはもう近付いてはダメ」

「は、はい、承知致しました。……ええと、事情をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 遠慮がちに尋ねたシェリルに、ヴィオレットは黙って頷く。だが、すぐには口を開かず、疲れ切ったように寝台へ腰を下ろした。

 シェリルを手招きして隣に座らせると、ぎゅっと抱き締める。まるで、不安に駆られた幼子がぬいぐるみに(すが)るように。ラスティはその傍らに立って、ヴィオレットが沈黙を破るのを待った。


「伯爵は、『急に倒れて、そのまま眠るように亡くなった』と言ったわね」

「はい、外出中のことだったらしく、大勢の人が現場を目撃していたそうです」

「そう……」


 ヴィオレットはますます深刻そうに沈み込んだあと、腹を据えたようにはっきりと言う。


「人間がカルミラの民の血を摂取したときに、そういう死に方をするの」


 すぐに意味が掴めなかったラスティは、『え?』と間抜けた声を発してしまった。

 そういえば――と記憶を呼び起こす。カルミラの民の血は人間にとって猛毒だと言っていたっけ。瀕死のラスティは、それでトドメを刺されるはずだった。


「では伯爵は、カルミラの民の血を『毒』として飲まされたというのですか?」

「もしくは、血で育てた野菜や果物を食事に混ぜたのでしょう」


 ヴィオレットの説明を聞いて、ラスティはまた違う記憶を思い出した。

 カルミラの民の血を肥料にして育った植物が実を結ぶとき、血と同様に人間を殺す猛毒を帯びるのだと。だから、まかり間違っても人界に流出せぬよう、実の()らない植物しか育ててはいけないのだと。

 それらの禁を破って、人間に直接手を下したカルミラの民がいるということか。


「まさか、ヴィオレット様に不利益を与えるため、同胞のどなたかがギルマン伯爵を殺害したと?」


 シェリルは(おのの)きながら推測をぶつける。ヴィオレットは硬い顔つきをしてうなずいた。


「その可能性は大いにあるわ。だから、念のために結界を強化したの。でも、同じ死に方をした人間が他にもいるとなると、違うのかもしれない。――もっとも考えられる理由は、『金』かしら」

「お金、ですか」

「カルミラの民の血は、『毒物』として検出されないのよ。人間にとっては、とても都合の良い毒薬だわ。それを提供する代わりに、莫大な金銭、もしくはそれに準ずるものを得る……」


 淡々とした説明ののち、ヴィオレットは忌まわしそうに眉を歪めた。


「不愉快極まりないけれど、カルミラの民の血が暗殺に使われた例は、歴史上それなりにあったの。カルミラの民の有史以来、ごく一部の人間は我々の存在を認識し、互恵関係(ごけいかんけい)にあった……」


 ヴィオレットの口ぶりは、伝承を語っているというより、実際に見聞きしたことを話しているようだった。話の内容に関しては、ラスティはもちろん、シェリルも初耳だったようで、何度も目をまたたかせている。

 カルミラの民たちは、決して人間に実存を知られないようにしているのだとばかり思っていたが、まさか相互に関係を持っていたとは。


 しかし、カルミラの民の有史以来……というと、一体何年くらいなのだろう。やはり数千年規模だろうか。


 余計な思考は、ヴィオレットの放った大きな嘆息で中断された。


「もしくは、単なる愉快犯という可能性もあるわ。人間を殺害することに喜悦を覚える(やから)も、決して少なくないの……」

「俺からしたら、そっちの方が怖いな」

「そうですわね……」


 ラスティが漏らしたつぶやきにシェリルが同意する。金目当ての暗殺犯より、人殺しを楽しむ愉快犯の方が絶対に厄介だろう。前者はまだ理解できるが、後者の気持ちはまったく理解できない、したくない。

 果たして、今回の殺人犯は一体どちらなのだろうか。首を捻っていると、ヴィオレットが静かに言葉を発する。


「殺された人間たちの共通点や関係性を調査すれば、私に不利益を与えるためか、金銭目的か、愉快犯かが判明するでしょう。でも、私たちがそんな危険を冒す必要はない。そうでしょう?」


 と、ラスティとシェリルを交互に見つめた。絶対に関わるなと、黒い瞳の奥でしかと念押ししてきている。いや、懇願と言ってもいいだろう。決して危ないことをするな、頼む、と。


「ああ、ヴィーの言うの通りだ」

「ええ、わたくしたちではどうにもできません」


 ヴィオレットの胸裏を察し、強い口調で首肯(しゅこう)する。シェリルもあとに続いた。ヴィオレットはほとんど表情を変えなかったが、わずかに細められた目元には、安堵の色がありありと現われていた。

 話を終えたヴィオレットは、抱いていたシェリルを解放すると、いよいよ疲労も限界だと言わんばかりに寝台へ倒れ込む。けれど、目は大きく剥かれていた。


「ああ、本当に不愉快だ。きな臭くて仕方ない」


 ヴィオレットを包みつつあるのは、まごうことなき怒りの炎。


「自らの血で人間を殺す。それは、自らの手で食糧庫に火を放つも同然だ。我々にとって、種族の根幹に関わるこの上ない大罪。どれだけ頭がイカれていても、それだけは決してしてはいけない」


 その物言いは力強く、まるで大衆に向けて熱弁をふるうかのようだった。次いで、目をぎょろりと動かし、ラスティを鋭く()めつける。


「ラス、超越者の血に同様の作用があるかはわからないが、街ではくれぐれも己の血の扱いには気を付けろ。使い方によっては、国中の人間が滅びる。街という街の井戸に血を混ぜれば、あっという間だ」


 ラスティの背筋を冷たいものが這っていった。血の扱いには細心の注意を払えと何度も言われていたが、まさかここまで身の毛もよだつような理由があったとは。


「わかった、絶対に気を付ける」


 ラスティが強くうなずくと、ヴィオレットはようやく表情を緩め、心労をあらわにした。深く深呼吸したあと、ゆっくり瞼を下ろす。


「少女が連続して殺されているという事件といい、今回の事件といい、まったく嫌になる。火の粉が降りかかってはたまらないから、当分は屋敷でじっとしていましょう」


 以降、くちびるは硬く閉ざされ、一言も語ることはなかった。話はおしまい、ということだろう。

 ラスティはシェリルと目を見合わせたあと、どちらからともなく歩を進め、同時に部屋を出た。


 そのあとも二人で語り合うことはなく、ただいつもの雑事に戻っただけだった。

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